国王の決断

Side・ユーリ


 私は侍女のタイガリー ヴィオラと共に、獣車からサユリおばあ様の屋敷に転移し、急いでお兄様の元に向かっています。

 幸いお兄様は執務室にいらっしゃるそうですから、私は先程のお話を報告するため、急いで執務室に駆け込みました。


「お兄様!」

「ユーリ?どうしたんだ、こんな所に?トラレンシアに向かっていたはずじゃなかったか?」

「そのことで、重大なお話があります!」

「重大な話?分かった、聞こう」


 執務中に申し訳ないと思いますが、このお話はそれ程までに重大です。

 手を止めたお兄様は、私の報告する内容に耳を傾けられました。


「ソレムネの軍船を沈めた?相応の理由があるんだろうが、何故そんなことになったんだ?」

「その軍船ですが、ソレムネが開発した新兵器だったのです。サユリおばあ様や大和様が言うには、蒸気戦列艦という名称だとか」

「蒸気、戦列艦?聞いたことないな」


 それはそうだと思います。

 ヘリオスオーブで開発されたのは、間違いなく初のことなのですから。


「大砲という兵器を、何十門も積んでいる?しかも火を利用して、魔物に引かせなくても進むだと?」

「はい。客人まれびとの世界では何百年も前の兵器だそうですが、それでも数百年は使い続けられたそうです」

「さらに鉄で出来た船か。その上で大砲を何十門も積んでいるなど、厄介極まりない。確かに重大事だな……」


 お兄様も大砲のお話は聞いていますから、戦列艦の脅威を理解されたようです。

 ですが、問題はそこではありません。


「それも問題ですが、真に問題なのは、捕虜にした軍人が口走ったセリフです」

「捕虜がいるのか?」

「はい。ソレムネの公爵ですが、統括指令という立場にあるようですから、軍事に関しては相当の情報が引き出せるでしょう。ですがその者は、驚いたことにレオナス・フォレスト・バリエンテの名を口にしたそうなのです」

「なんだと!?」


 さすがのお兄様も、この情報には驚かざるを得ませんでしたか。

 ですが当然です。

 レオナス・フォレスト・バリエンテはバリエンテの元第二王子ですが、現在は反獣王組織のトップとなっています。

 プリムお姉様のこともありますからアミスターとしても警戒していたのですが、ここでソレムネと繋がっている可能性が浮上してきたのですから、驚くなという方が無理です。


「それはむしろ、よくやってくれたと言うべきだな。本当にソレムネとレオナスが繋がっているとしたら、アミスターとしても無視することはできない」


 そう言ってお兄様は人を呼び、すぐに宰相とグランド・オーダーズマスター、アソシエイト・オーダーズマスターを呼ぶように指示しました。

 オーダーズギルド、特にバリエンテ方面の支部の警戒態勢を上げなければなりませんからね。


「失礼致します。お呼びですか、陛下?」


 しばらくして、宰相ラライナ、グランド・オーダーズマスター トールマン、アソシエイト・オーダーズマスター ディアノスがやってきました。


「ああ。ユーリから聞いたんだが、トラレンシアで緊急事態が起きた。ユーリ、説明を頼む」

「分かりました」


 私はラライナ、トールマン、ディアノスにも、お兄様にした説明を繰り返しました。

 私が話を進めるにつれて3人の顔が険しくなっていきますが、事の重大さを理解してくれたということでしょう。


「さすがにこれは、我々も黙っているわけには参りませんね」

「ええ。ですがまずは、バリエンテ方面の支部に警戒態勢を促し、戦力も増強しなければなりません」

「うむ。ディアノス、すまんが頼めるか?」

「はっ、大至急準備を整え、クリスタロス伯爵領に向かいます」


 さすがにオーダーズギルドのトップ2です、話が早いですね。


「クリスタロス伯爵領に関してはそれで良いが、バシオンにも警戒を促す必要がある。なにせソレムネは、国内にいたプリスターを惨殺しているからな」

「仰る通りですね。大至急、伝令を飛ばします」


 バシオン教国もバリエンテに隣接していますから、確かにこちらにも伝えなければなりませんね。

 国土はアミスターの一地方程度の広さですが、バシオンを守っているホーリナーズギルドはオーダーズギルドに劣らない精鋭揃いです。

 ですがアミスターとは異なり、装備は魔銀ミスリル製のままですから、あまり楽観することはできません。


「クラフターズギルドに依頼し、ホーリナー用の剣を用意してもらうべきだろうな」

「どうなるかは分かりませんが、その方が良いでしょう。あの国が落ちでもすれば、アレグリアやバレンティアも黙ってはいないでしょうが、それをソレムネが躊躇するとも思えません」

「それだけの兵器を開発しているからな。幸い大和君とプリムが全て沈めてくれたようだが、他にもないとは言えないし、建造中の船がない訳がない」

「さすがにこのタイミングで全滅するとは、ソレムネ帝王も思ってもいないでしょうがな」


 それが救いでしょうか。

 ソレムネが開発した蒸気戦列艦は、単艦でも高い制圧力を発揮するでしょう。

 砲弾や燃料の補給という問題はありますが、大和様のお話では、最低でも1,000発単位で砲弾が積み込まれているだろうとのことですから、早々に弾切れになることもないと予想されます。

 もしソレムネが天与魔法オラクルマジックを使えていたら、さらに厄介なことになっていたでしょう。


「そしてその戦列艦には、アバリシアが関与している可能性がある、か」

「アリアの神託ですから、ほぼ間違いないかと」

「神託の巫女か。私も初耳だが、別段問題というわけでもない。だが大和君に関わる問題でもあるから、後程教皇に問い合わせの書状を送ろう」


 そうするべきでしょうね。

 アリアの派遣自体が神託によるものですから、いかにお兄様でも拒否はできません。

 いずれ連絡は来るのではないかと思いますが、知ってしまった以上は問い合わせるべきだと思います。


「それとだ、私もトラレンシアに向かうことにする」

「トラレンシアに、ですか?」

「そうだ。ソレムネが開発した蒸気戦列艦にレオナスの関与が疑われる今、アミスターとしても座視するわけにはいかない。レティセンシアの問題はあるが、ある意味ではこちらの方が重要度は高い」

「確かにそうですな。戦列艦は海の上から砲撃してくる以上、ハイクラスでも対処は容易ではありません。それが何十隻も用意されており、トラレンシアを攻める寸前だったのですから、下手をすればトラレンシアは落ち、リベルターも無力化されていたでしょう」


 それは私達も思っていましたし、そのままの勢いでレティセンシアになだれ込むことも考えられます。

 さらにレオナスの関与が事実ならば、反獣王組織の戦況如何ではバリエンテは属国になってしまうかもしれませんから、アミスターの周囲は敵だらけになってしまいます。


「そうだ。だからヒルデに協力し、早期にソレムネを討つ。主力はセイバーズギルドになるが、大和君とプリム、そしてウイング・クレストもいる以上、こちらから派遣するオーダーは最小限に留めることも可能だろう」


 それも仰る通りですね。

 蒸気戦列艦も、大和様とプリムお姉様の前では役に立っていませんでしたから。

 ですがお兄様は、ここでソレムネを討つことを決意なさいました。

 当然オーダーズギルドからもオーダーを派遣することになりますが、ウイング・クレストにはGランクハンターも多く、小規模アライアンス並の戦力を有しています。

 ですから派遣するオーダーも、本当に最小限で済むでしょう。


「分かりました。では派遣するオーダーも含めて、早急に調整を行いましょう」

「頼む」


 そしてトールマンとディアノスは、急いで執務室を後にしました。


「ラライナ、なるべく戻ってくるようにする。だが状況次第では、それも難しいだろう」

「心得ています。このような事態ですから、アイヴァー様にも快く協力してくださるでしょう」

「ああ。後程私からも、父上に伝えておく」

「お願い致します」


 ラライナに事後を託している最中に、トールマンやディアノスと入れ替わる形でエリス義姉様とマルカ義姉様が入って来られましたが、不安そうな顔をされています。

 まだ話は聞いていないはずですが、トールマンとディアノスから、ただならぬ雰囲気を感じ取られたということなのでしょう。


「ライ、何があったの?」

「詳しい事は後で説明するが、今からトラレンシアに行く」

「トラレンシアへ?」


 お兄様の宣言にお義姉様達も目を丸くして驚いています。


「な、何があったの?」

「詳しくは後だが、ソレムネを討つ」

「ソレムネを!?」

「ああ。今というタイミングでなければ、アミスターにも多大な被害がもたらされる恐れがあると判明したからな」


 ソレムネの蒸気戦列艦だけでも危険ですが、それにバリエンテの反獣王組織が関与している可能性まで浮上してきましたからね。

 下手をすれば、アミスターが滅ぼされてしまう可能性も否定できません。

 幸いにも大和様が献上したドラグーンの革を使用した装備は完成していますから、少々のことがあってもお兄様達が大事に至ることはないでしょう。


「わかった。急いで準備してくるよ」

「そうね。移動はアルカ経由で?」

「そうなる。大和君の許可が必要になるが、こんな事態だから大丈夫だろう」


 それは間違いありませんが、さすがにお兄様が来ると仰るとは想定していませんでしたから、驚かれるとは思いますよ。


「それとお兄様、それに関係しているかは分かりませんが、もう1つお伝えしなければならないことがあります」

「もう1つ?まだ何かあるのか?」


 眉を顰めるお兄様ですが、こちらは本当に、私では分からないのです。

 いえ、危ない所ではありましたが、直接ソレムネが関与しているわけではありませんよ。


「はい。戦闘後なのですが、客人まれびとが現れました」

客人まれびとだと?大和君やサユリ曾祖母殿以外のか?」

「はい。年齢は20歳なのですが、お話を聞く限りでは大和様のご両親と同じ年の生まれだとか」


 盛大に首を傾げるお兄様方ですが、これは当然です。

 大和様は現在17歳ですが、その客人まれびと 真子さんは20歳ですから、大和様のご両親と同じ年の生まれなどと言われても、まるで意味が通じません。


「ごめん、ユーリ様。言ってる意味が分からないんだけど?」

「そうですね。いくらなんでも、計算が合わなさすぎますよ?」

「その疑問はもっともなのですが、事実なのです。大和様やサユリおばあ様は、転移する際に時間がズレたのではないかと推測されていましたが……」


 そう説明する私ですが、正直意味は理解できていません。

 時間がズレるなど、そんなことが起こり得るとは思えないという理由もありますが、どのような事態になればそんなことが起こり得るのか、全く想像がつかないのです。


「言わんとすることは分からなくもないが、そういうものだと受け入れるしかないだろう。それでその客人まれびとは、大和君達と一緒にいるんだな?」

「はい。トラレンシアまでも同行を希望されています」


 さらに私は真子さんが大和様と同じ刻印術師であること、レベル66のハイヒューマンであること、大和様の世界ではその名を轟かす方であることを告げました。


「それはまた……とんでもない人が転移してきたものね」

「本当にね。しかもレベル66って、ヘリオスオーブに来た直後の大和君より高いじゃない」

「スピリチュア・ヴァルキリー、ヴァルキュリアという称号をお持ちですが、大和様の世界では、その名を聞けば大抵の人は震えあがるとか」

「それはヘリオスオーブでも同じだな。だがその客人まれびと、真子と言ったか?戦うかどうかは分からないんだろう?」


 それはさすがに聞けていません。

 転移した直後ということもありますし、真子さんも混乱されているようでしたから。


「それは当然でしょうね。いきなり異世界に転移したと言われて、混乱するなという方が無理だわ」

「仰る通りですね。本音を言えば手を貸して頂きたいですが、まずは落ち着いて頂くことが肝要でしょう」

「そうだな。私も無理に、彼女に戦ってもらおうとは思わない。本人が望めば別だが、そうでなければ無理矢理戦わせるようなことはしないと断言しておく」


 私もそれが良いと思います。

 無理に戦わせようとしても戦力になるかは分かりませんし、何より大和様とサユリおばあ様が許さないでしょう。

 せっかくお会いできた同郷の方、しかも大和様にとってはご両親の親友、サユリおばあ様にとっては同じ医学の道に携わっている同胞なのですから。


 ソレムネや真子さんの話を纏めた後、お兄様達はすぐにお父様に話を通し、準備を整えてから王連街へ向かいました。

 私も同行していますが、さすがに獣車に転移することはできませんから、サユリおばあ様の屋敷で迎えが来るのを待つことになります。

 私が転移した直後に屋敷を管理しているバトラーにも話を通していますから、ゴタゴタすることもありません。


 そして1時間後、アウラ島に上陸してすぐにエオスに着陸してもらい、大和様が迎えに来てくださいました。

 予想通り、お兄様達が同行されることに難色を示しておられましたが、事の重大さも理解されていますから、一言二言告げてから、アルカを経由してアウラ島に転移します。

 ハンターがどうとか言っていたようですが、大和様には考えがあるのでしょうか?

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