新たな来訪者

Side・プリム


 大和やサユリ様の予想通り、ソレムネが用意していたのは30近い数の大砲っていう兵器を積んでいた鉄の船だった。

 戦列艦だっけ?

 普通なら脅威なんだけど、一度懐に入ってしまえばその攻撃力も味方に向くことになる。

 だから船の間を飛び回るあたしに対して、数える程しか砲撃っていうのは飛んできていない。

 もっとも思ってたより威力はなかったから、あの程度なら一斉に砲撃されても、全部溶かせる自信があるけど。

 以前大和から、大砲は狙いを付けるのが難しいから、素早く動けば的になりにくいとか、構造上の問題で上を向かせることができないから、上空から攻撃すれば何もできないとか言われたけど、本当にその通りだったわ。

 あたしや大和以外じゃ、弱点にはなり得ないとも言ってたけどね。


 既にあたしはフレア・ペネトレイターで船に穴を空け、上空からフレア・ニードルを放つことで、20隻以上を沈めている。

 大和は船を回収しなきゃいけないからまだ15隻程度だけど、それでもニブルヘイムやアイスエッジ・ジャベリンを使って次々と沈めているわ。


「ば、馬鹿な!我が国が秘密裏に開発した蒸気戦列艦が、こうも容易く沈められるだと!?」

「やっぱり蒸気船か。煙が出てたからそうだろうとは思ってたが、よくこれだけの船を動かす燃料を調達できたな」


 大和が呆れてるわね。

 蒸気船とやらの燃料が何かは分からないけど、火を使った動力船ってことだから、考えられるのは木材かしら?

 だけどソレムネの国土は砂漠だから、木材は手に入りにくい。

 だからこそ鉄を使った船を開発したんじゃないかって、サユリ様も予想してたぐらいよ。


「じょ、蒸気船を知ってるだと!?秘中の秘だぞ!レオナスにすら知らせていないというのに、何故貴様ごときが知っている!?」


 ちょっと待って、今聞き捨てならない名前が聞こえたわよ?

 レオナスって、まさかバリエンテの元第二王子レオナス・フォレスト・バリエンテじゃないでしょうね?


「なるほど、燃料の出所はバリエンテか。プリム、あいつは生け捕るぞ」

「お願い。あたしじゃ加減できないわ」

「は、放せ!無礼者め!俺を誰だと思っている!?」

「知るか。ただの侵略者だろうが」

「ぎゃああああっ!!」


 大和のライトニング・バンドとアレスティングで、吠えた男は意識を失い、その後で大和はアルフヘイムとヴィーナスっていう刻印術を使って、船員を窒息死させてから船をストレージに収納した。


「粗方片付いたな」

「ええ。何隻かは逃げ出してるけど、どうする?」

「沈めるさ。容赦なんてしてたら、トラレンシアが危ない」

「大和には縁のない国なのに?」

「縁はあるだろ。トラレンシアはプリムやマナと親交の厚いヒルデガルド陛下の母国だし、何より建国には客人まれびとが関わってるんだからな。同郷の人が建国を手伝い、死ぬまで守ってたんだから、俺にとってはそれで十分だ」


 カズシ様とユカリ様のことね。

 大和にとって同郷の人は、サユリ様だけしかいない。

 だからトラレンシアを建国したカズシ様やユカリ様、ガイア様を含む5人のドラゴニアンと結婚したソウヤ様、バシオン教国の建国に携わったシンイチ様のことを、大和は尊敬している。

 同時に彼らを貶める者を、絶対に許さない。

 だからカズシ様とユカリ様が建国に関わったトラレンシアを攻めるソレムネに対しても、大和はかなり怒っていた。

 その大和を敵に回したソレムネには気の毒だけど、ここは素直に諦めてもらいましょうか。


「これで最後だ。生存者はいるかもしれんが、この際無視でいいよな?」

「ええ。どれだけいるかも分からないし、助けた所でまたトラレンシアの侵攻に使われるだけだろうから」


 そもそもソレムネは、リベルターの街を占拠した際、その街の人を皆殺しにしているから、助ける理由も見当たらないわよ。


「で、そいつはどうするの?」

「トラレンシアに引き渡すしかないだろう。だけどレオナスがどうとかって言ってたのは間違いないから、反獣王組織との関係性は聞き出す必要がある。そこはヒルデガルド陛下がいるから、情報を渡してもらえるんじゃないか?」

「そうね」


 本当にソレムネとレオナスに繋がりがあるなら、バリエンテの滅亡も目前だわ。

 この事はすぐにでもライ兄様に知らせないといけないし、場合によっては獣王と手を組むことも考える必要がある。

 あたしとしては御免だけど、それでもバリエンテがソレムネに蹂躙される様は見たくないから、選択肢がないのよ……。


「ん?」

「どうしたの……って、何あれは!?」

「空が……割れる?いや、穴が空いた!?」


 そう思っていたら、突然空の一部が渦を巻き、その中から人が現れた。

 髪が短いけど、体格からして女性、よね?


「マジか!」

「大和!?」


 その女性を、大和は海に叩きつけられる前に念動魔法で受け止め、横抱きで抱え直し、安堵の溜息を吐いた。


「やっぱり……」

「もしかして、大和の知り合いなの?」


 根拠もなく、直感的にあたしはそう思った。


「いや、会ったこともない。だけどこの服装は、俺の世界の物だ」

「ってことは、客人まれびと?」

「ああ。ただこの服のデザインは見たことないからサユリ様にも確認を取るが、ほぼ間違いないと思う」


 それが良いわね。

 それにしても、このタイミングで客人まれびとが現れるなんてね……。

 あたし達がこの時間にここを通りがかったのは偶然だけど、そうじゃなかったらこの女性は、最悪の場合はソレムネの手に落ちていたことになる。

 それを考えるとゾッとするし、この人の辿る運命を考えると女として同情するしかないけど、大和の目の前に現れてくれたことは、素直に運が良かったと言えるわ。

 この女性が何者かは気になるけど、まずは獣車に戻らないと。

 フライ・ウインドは連続して長時間使用すると、体に取り返しのつかないダメージが溜まり、最悪の場合は死に至るってことだから、こういう時には使いにくい。

 空を飛べるだけでも十分ありがたいんだけど、いつまでも刻印術に頼るわけにはいかないから、あたしも魔法の奏上をしてみるべきね。


Side・大和


「こんなデザインの服、見たことないわよ。まあ全てのデザインを知ってるわけじゃないし、勝手に持ち物を調べるわけにもいかないから断定はできないけど、多分私のいた時代じゃないと思うわ。大和君は?」

「俺も見たことないですね。でも気になるところはあります」


 女性を抱えて獣車に戻った俺とプリムは、急いで空いてる貴賓室に女性を寝かせることにした。

 そしてサユリ様にこの人の服装とかに見覚えがないか聞いてみたんだが、残念ながら知らないと言われてしまった。

 あ、生け捕りにしたソレムネの軍人は、とりあえず獣車に括り付けて吊るしてあるぞ。


「気になるところって?」

「この服なんですけど、この胸元のメーカーデザインって、刻印具を販売してる有名メーカーの物なんですよ」

「そうなの?確か刻印具って、大和君から見ると50年以上前に一般化したんだっけ?」

「ええ。ただ昔は普通の家電メーカーだったそうですから、ちょっと判断が難しいです」


 刻印具が一般にも出回りだしたのは、だいたい100年ぐらい前らしい。


「100年って、また微妙ね。ということは戦後に立ち上がったメーカーか」

「でしょうね」


 それ以外考えられないからな。

 つまりこの人は戦後の生まれは確定で、だけど俺と同じぐらいの時代に生きてたってことになるんだが、転移の際に時間がズレることは確認されているそうだから、西暦何年の生まれなのかは全く予想がつかない。


「彼女については、目が覚めてから考えましょう。ああ、でも目が覚めたら混乱するのは間違いないから、できればヒューマンが側に付いていた方が良いわね」

「いや、ヒューマンって言われても、俺とサユリ様、後はミーナしかいないんですが?」

「ヒューマンの人口は多いんだけどね。仕方ないわ。ミーナ、悪いんだけど、少しの間見ていてもらってもいいかしら?」

「分かりました」

「あとマリサ、あなたもミーナを手伝ってあげて」

「かしこまりました」


 それしかないよな。

 マリサさんはハイヴァンパイアだが、耳は髪で隠れてるから、八重歯が目立つ色白の女性ってことで通せるだろう。


「おばあ様、バトラーに任せるわけにはいかないんですか?」

「今回ばかりはダメね。ほら、私達の世界には、ヒューマンしかいないから」

「あ、そっか。いきなりあたし達みたいなドラゴニュートやプリムみたいな獣族なんて見たら、パニックを起こすってことですね?」

「そういうこと。いえ、獣族なら別の意味でパニックになるかしら?」

「それこそ人によりけりでしょう」


 ケモナーってのもいるらしいが、実際に見たらどうなるかは分からんな。


「ともかく、続きはリビングに行きましょう」

「ええ。ミーナ、マリサさん、悪いけど頼む」

「任せてください」


 胸を叩くミーナには申し訳ないが、今回ばかりは他に頼める人がいないからな。


「彼女のことは起きてくるまで待つしかないから、先にソレムネの話を進めるわよ。大和君、プリム、どうだった?」

「間違いなく戦列艦ですね。それも蒸気駆動で間違いありません」

「蒸気戦列艦か。さすがに時代が進み過ぎだわ」


 全く同感だ。

 そもそも戦列艦だって、最初は木造だったんだ。

 なのにいきなり鉄船、しかも蒸気駆動でのご登場となると、産業革命がどうとかっていうレベルじゃないぞ。


「同感です。あと正確に数えたわけじゃないですけど、どうやら大砲は30門で、多い艦で40門ってとこでしょうか」

「そっちは思ったより少ないのね」

「見た限りだと、積み込もうと思えば50門はいける大きさでしたが、弾薬や燃料のスペースに場所を取られたってことでしょうね」


 他にも、大砲の開発が間に合ってないっていう理由もあるかもしれないな。


「それで?捕虜を1人連れてきたみたいだけど?」

「あいつの口から、レオナスっていう名前が出たんです」

「レオナス?もしかして、レオナス・フォレスト・バリエンテのこと?」


 さすがにサユリ様だけじゃなく、全員の顔色が変わったな。

 俺としても、ここでそんな名前が出てくるとは思わなかったから、当然っちゃ当然なんだが。


「それは分からないですけど、あの船の燃料はバリエンテから調達してたんじゃないかと思ったから、大和に頼んで生け捕りにしてもらったんです」

「なるほどね。それで正解よ。ヒルデ、悪いけど、尋問はそちらに任せてもいいかしら?」

「はい、お任せください。もしバリエンテの反獣王組織がソレムネに手を貸しているとなれば、我が国だけではなくアミスターにとっても一大事ですから」


 これは本当にそう思う。

 なにせレオナスは、ソレムネの戦力を充てにしてるってことになるんだからな。

 レオナスは王位には興味はないが、現在は父王と兄王子の敵討ちを掲げ、反獣王組織の旗頭になっている。

 だから獣王を打倒する大義名分はあるんだが、獣王を打倒した後はどうするのかっていう問題視されている。。

 普通ならレオナスが王位に就くことになるんだが、興味がないと公言しているレオナスが王位に就くかは疑問だったし、ラインハルト陛下もそう言っていた。

 だけどソレムネが絡んでいるとなると話は別だ。

 レオナスは獣王打倒の協力を得る代わりに、バリエンテをソレムネに明け渡すっていう選択肢が急浮上してくる。

 そんなことになったら、アミスターは北のレティセンシアに西のソレムネと、敵国に挟まれることになるぞ。


「さすがにこれは、アミスターとしても黙ってはいられないわね。もし本当にレオナスがそんなことを考えていたら、すぐにオーダーズギルドを動かすことも考えないといけないわ」

「ですね。もちろんその男の尋問結果次第ではありますが、この事はすぐにでもお兄様に知らせる必要があります」

「アルカを使うことが出来て、助かりますね」

「本当にね。ユーリ、話が纏まったら、先にライに知らせてもらえる?」

「分かりました」


 冬が差し迫っている時期ではあるが、アミスターとしてはすぐにでもバリエンテ側の警戒態勢を上げないといけない話だからな。


「こうなってくると、大和とプリムが戦列艦っていうのを沈めてくれたことは、アミスターとしても大きいわね」

「トラレンシアとしては、心から感謝を致します。上から見ていましたが、あれだけの砲弾を一度に放てるなんて、いくらセイバーズギルドが精鋭揃いだとしても、海の上からでは対処のしようがありませんから……」


 魔法を使わない面制圧攻撃っていう意味じゃ、今のヘリオスオーブ随一だろうからな。

 しかも見たことも聞いたこともない兵器でもあるんだから、対処法が確率されるまでに時間も掛かるだろうし、その時間でトラレンシアが落ちる可能性だって否定できない。

 アバリシアがもたらした技術ってのはこれで間違いないと思うが、マジであの国はロクなことしないな。


「そのことですが、ソレムネはそのことを知っているのでしょうか?」

「そのことって、蒸気戦列艦がアバリシア由来の技術ってことか?」

「はい。ソレムネがフィリアス大陸統一を目指している理由の1つに、アバリシアに対抗するためというものがあります。ですからソレムネにとっても、アバリシアは敵国です。なのにその国由来の技術を、恥じる事なく使うなんて……」


 ああ、リディアの疑問ってそういうことか。

 そこは不思議でも何でもないし、むしろ当然のことだな。


「情報を得た経緯にもよるけど、別におかしなことじゃないぞ」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。敵国の情報は常に集めるが、その中には新技術なんかの情報が混ざってることだってある。既に他国で完成された技術であっても、それを盗用しものにすることができれば、国力は上がる。特にソレムネは、勝つためには何をやってもいいって考えてる国なんだろ?それぐらいのことを恥じる神経は持ってないと思うぞ」


 むしろ蒸気戦列艦の情報を得た状況によっては、アバリシアを出し抜いたと歓喜している可能性すらある。

 だけど俺から言わせれば、アバリシアにとっては蒸気戦列艦すら時代遅れの可能性があって、ソレムネに情報を渡したのは故意じゃないかとさえ思えてしまう。


「私も同感よ。大和君とプリムは簡単に制圧していたけど、海を渡る方法さえあれば、ハイクラスでも似たようなことはできるでしょうからね」


 それは俺も思った。

 ハイクラスの攻撃だって、普通の鉄ぐらいは難なく斬り裂くし、砕くことができる。

 なのに蒸気戦列艦相手じゃ分が悪いのは、蒸気戦列艦が海に浮かんでいるからだ。

 対抗するためにはこちらも船を出すしかないが、艦隊戦じゃ30門を超える大砲の一斉砲撃の的になるだけだから、いくらハイクラスでも全ての砲弾を防ぐことはできない。

 だけどそれさえ何とかなれば、ハイクラスの攻撃力と機動力なら、十分に蒸気戦列艦を沈めることは可能だと思う。

 そのための方法として、最も効果的なのは空を飛ぶことだが、ヘリオスオーブじゃ翼族でも空を飛ぶことはできないから、翼もない普通の人間には無理難題だ。

 かといってフライ・ウインドを広めるつもりはないから、今のところは手詰まりになった感がある。

 50隻超の蒸気戦列艦は沈める、もしくは鹵獲したことで全滅してるから、ソレムネにとっても大ダメージだとは思うが、代わりを作れないわけじゃない。

 さすがに時間は掛かるだろうが、建造中の船もあるだろうから、あまり楽観もできないしな。

 なるべく早く、そこんとこの対策を何とかしないとだな。

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