デンジャラス・フロア
Side・マナリース
大和がノーライフ・キングを倒し、アライアンスに参加していたハンター達の救助も終わった。
幸いなことに彼らとノーライフ・キングは戦闘を開始した直後だったそうだから、大怪我を負っていたり、四肢を落とされていた人すらいたけど、死者はいなかった。
だけどヒーラー登録をしているハンター2人が意識不明の重体だから、治療はヒーラーのユーリとキャロルが、四肢の接合を含めて、無理を承知で請け負ってくれている。
天賜魔法(グラントマジック)回復魔法を使えるプリムとレベッカは、ここがアンデッド階層ということもあって、補佐程度に留めてもらっているわ。
「は、早く、早く治してくれっ!」
「残念だけど、もうヒーラーの魔力切れよ。そもそもあんたの怪我が一番軽いんだから、そのぐらい我慢しなさい」
「というか、ハイクラスならその程度の怪我、1時間もしないで回復できるでしょう?」
四肢を落とされていたハンターに優先的にノーブル・ヒーリングを使って接合させたユーリとキャロルは、魔力の消耗が激しいため、部屋で休んでもらっている。
だから失った血液を補うことができるブラッド・ヒーリングは使えず、ハンター達は意識が戻っても起き上がることができないから、今は私達の試作獣車の客室で休ませてあるわ。
彼らが使っていた獣車は、ノーライフ・キングに壊されちゃったからっていう理由もあるけどね。
「ありがとうございます。まさか陛下が、こんな所に来られていたとは思いませんでした」
試作獣車の展望席で、アライアンス・リーダーを務めているグレイシャス・リンクスのリーダーでハイリクシーの女性Gランクハンター スレイが、怪我の手当てをしながらお兄様に頭を下げる。
未確認階層の調査に来てたんだから、普通は救援が来るなんて考えないわよね。
「彼らがソルプレッサ迷宮と似たような迷宮(ダンジョン)を探していて、それがここだった。だから私達も、休暇を利用して同行させてもらったんだが、こんな場面に遭遇することになるとは、さすがに思ってなかったがね」
それは私も同感。
確かに入口で、深層調査目的のアライアンスが組まれたっていう話は聞いていた。
だから途中で会うかもしれないとは思っていたけど、まさかあんなギリギリの場面に遭遇することになるなんて、さすがに思ってなかったわ。
「陛下がおられたことも驚きですが、まさか私達が手も足も出なかったノーライフ・キングを、たった1人で倒してしまうなんて……」
「噂のエンシェントヒューマンが、ここまでだったとは……」
ファルコンズ・ビーク所属の女性Gランクハンターでハイハーピーのエル、ブラック・アーミー所属のGランクハンターで男性ハイオーガのシーザーは、ノーライフ・キングを倒した大和に、戦慄の視線を向けている。
「驚く気持ちはよく分かる。だがソルプレッサ迷宮の守護者(ガーディアン)も、彼とそちらのエンシェントフォクシーの2人で倒したそうだから、相手によってはAランクモンスターでも単独で倒せるということなんだろう」
既にプリムがエンシェントフォクシーだということは公表されているけど、王家としてもハンターズギルドとしても、大体的に広めるようなことはしていない。
だけどハンターにとって情報は大切だから、既に知られていても不思議じゃない。
特にシーザーは騎爵位を持つGランクオーダーでもあるんだから、その手の話は耳にしやすいはずだわ。
「Aランクモンスターの単独討伐ですか。普通なら夢物語だと笑い飛ばすところですが、目の前で見てしまいましたからね……」
「さすがに、な……」
今回助けたアライアンスは5つのレイドから構成されていて、参加していた残り2つのレイドはワイズ・レインボーとスノー・ブロッサムというレイドよ。
比較的軽傷だったGランクハンター達が、デッキでお兄様や大和と話をしているの。
比較的軽傷っていうだけで、実際はかなりの重傷だったわよ。
特にシーザーは、左腕が焼け落とされていたもの。
焼け落とされた四肢の一部が無事だったから、キャロルのノーブル・ヒーリングで接合・再生出来たのは幸いだったわ。
「し、失礼します。陛下、この度は救援、ありがとうございました」
ワイズ・レインボーのリーダーでハイヒューマンの女性Sランクハンター フラウと、スノー・ブロッサムのリーダーでハイエルフの女性Sランクハンター プラムも来たわね。
フラウもプラムも四肢切断の重傷で、さらに血も失い過ぎていたからすぐには起き上がれない程だったんだけど、アライアンスの今後を話し合う必要もあるから、この2人にだけプリムにブラッド・ヒーリングを使ってもらって、この場に来てもらうことにしたの。
無理をさせて申し訳ないけど、こればっかりはレイドリーダーでなければいけないから。
「いや、礼はいい。それよりも無理をさせてすまないな」
「いえ、当然のことかと。それにワイズ・レインボーは、ヒーラーが2人いたことが関係しているのか、優先的に狙われてしまいましたから」
「スノー・ブロッサムに関しては、そもそもの元凶ですからね。盾代わりになってでも、失態を取り戻さないといけませんでした」
事のあらましは、スノー・ブロッサム所属のレベル41のハイヒューマン、つまり今も喚いてる男なんだけど、その男が指示を無視したことに起因していた。
さっきの戦闘地点から少し戻ったところに、どうやら宝箱が置かれていたらしいの。
迷宮(ダンジョン)に宝箱があるなんて話は私も初耳だし、アライアンスも罠と断定して無視したんだけど、そのハイヒューマンだけは最後まで開けるべきだと主張を続けていた。
あからさますぎることと調査中ということを理由にその場を宥めたんだけど、彼は諦めきれず、ここで休憩中に偵察に行くってことで1人で勝手に飛び出し、宝箱を開けてしまったそうなのよ。
だけどそれは他のみんなの予想通り罠で、中に潜んでいたのがノーライフ・キングだった。
しかもアライアンスの所に逃げ戻ったせいで、全員の命を危険に晒すという失態まで犯すというおまけ付き。
逃げ戻ってる途中で魔法による攻撃を受けてしまい、ヒーラーズギルドに登録していたワイズ・レインボーのハンターが即座に治癒魔法(ヒーラーズマジック)を使って治療を施したらしいんだけど、それがノーライフ・キングを引き付ける結果となり、固まっていたワイズ・レインボー全員が最優先で攻撃されてしまったということらしいわ。
「ハイクラスに進化したばかりってことで、調子に乗ってたのかぁ。たまにいるよね、そういうハンター」
「実際、壊滅寸前でしたからね」
「ええ。彼が割って入ってくれなければ、間違いなく全滅していました」
「1人か2人ぐらいなら、エスケーピングで逃げることはできたと思いますが」
マルカ義姉様が悲しそうな顔をして呟くけど、気持ちはよく分かる。
トライアル・ハーツも似たような理由で、危うく分裂してしまうところだったんだから。
「その件については、私からは何も言えないな。だがハンターズギルドにとっては、手痛い失態になる。なにせつい最近、ハイハンターが暴走したばかりだからな」
お兄様が言っている暴走したハイハンターとは、トライアル・ハーツを裏切り、私に隷属の魔道具を使って拉致しようとしたハイヒューマン ルクスのこと。
ルクスはレティセンシア大使から魔化結晶を受け取り、それを天樹城の謁見の間で暴露されたことで、その魔化結晶を取り込んで魔族と化した。
魔族となったルクスはエンシェントクラスに匹敵するような魔力を纏っていて、その余波だけで近くにいたバウト達トライアル・ハーツは傷を負わされ、お兄様に剣まで向けたんだから、暴走したと言われても仕方がない。
最終的には大和に手も足も出ず、首を刎ねられたんだけど、それでも厄介なことに変わりはないわ。
プリスターズギルドやトレーダーズギルドが今でも研究を続けているけど、ノーマルクラスはハイクラスに、ハイクラスはエンシェントクラス並の魔力を得ることは、ほとんど確実視されている。
代償として天与魔法(オラクルマジック)は使えなくなるようだけど、元々レティセンシアは天与魔法(オラクルマジック)を使える者が少ないから、大したデメリットにはならないと思う。
「知っています。ですがあれは、トライアル・ハーツは無関係で、彼の虚栄心と向上心を利用されただけというのが真相では?」
「確かにその側面もあるが、別の側面では彼の真実でもあった。そして同時に私やバウトにとって、決して忘れてはならない戒めにもなっている」
悲しそうな顔をするお兄様。
お兄様だけじゃなくエリス義姉様もマルカ義姉様も、自分達はトライアル・ハーツの一員だと思っている。
そう思わせるだけの時間を、共に過ごしてきたものね。
「それより、これからどうするんだ?私達は明日、ここを出る予定になっている。大和君とも話してあるが、それでもよければ付き合うが?」
「ありがたい申し出ですが、もう少し休ませていただいたら、私達は先に出ようと思います。今回のアライアンスは成功とは言えませんが、第5階層が迷路階層でアンデッドの巣窟、さらにはAランクモンスターが潜んでいた宝箱という罠があったことは、早急に知らせなければなりませんから」
スレイは今回の調査を打ち切ることを決めた。
幸いにも死者は出なかったけど、スノー・ブロッサムのハイヒューマンのミスも、今後のアライアンスの際に大きな問題になるから、報告は早い方がいい。
スノー・ブロッサムとしては失態を挽回できる功績が欲しいけど、どうやらそのハイヒューマンはこれまでの道中でも足を引っ張っていたらしいから、強くは出られないみたいね。
「そうか。ハンターズギルドがどんな処分を下すかはわからないが、それは覚悟の上なのか?」
「はい。ユーリアナ殿下やキャロル嬢のおかげで四肢は戻りましたから、少し休めば動けるようになるでしょう」
四肢を失ったハンター達は、今は客室で安静にしている。
血を失いすぎたこともあるから、すぐには起き上がれないのよ。
プリムは失った血を補うブラッド・ヒーリングを使えるけど、ヒーラーであるユーリとキャロルが魔力を使い果たしている今、アンデッドの巣窟となっている第5階層でプリムまで魔力を消耗させるわけにはいかないから、そのことはしっかりと伝えて、ブラッド・ヒーリングを使わないことを了承してもらっている。
せめて第6階層に下りることができれば、いえ、セーフ・エリアさえ見つけられれば、プリムにブラッド・ヒーリングを使ってもらうことが出来るんだけどね。
「セーフ・エリアか。スレイ、君達はこの階層でセーフ・エリアを見なかったか?」
「1つだけですが、通過しました。『ステータリング』。ええっと……ああ、これです」
そう言ってスレイは、ステータリングから第5階層の地図を呼び出した。
「失礼して。げ、初っ端から道間違ってたのかよ」
そのスレイの地図に、大和が自分のマッピングを重ねる。
狩人魔法(ハンターズマジック)マッピングはステータリングに記録できるし、そこから空中投影することも可能で、他の人のマッピングと重ね合わせて統合することもできるから、けっこう便利なのよ。
その地図を見ると、確かに大和の言う通り、最初の分かれ道で別方向に進んでいたみたいだわ。
「ここがセーフ・エリアってことは……あとあるとしたら、こっちの未調査エリアか」
「そうだな。おそらく第6階層への入口も、こちらにあると思う」
大和とスレイが重ねた地図は、それぞれが別口で記録していたということもあって、思っていたよりも完成に近づいていた。
そして南東側が一切調査されていないことも分かったから、私達はそちらに向かうことに決め、アライアンスもそれに同行する。
セーフ・エリアなら魔物が入ってくることはないから、プリムにブラッド・ヒーリングを使ってもらうことができるし、そうしないとアライアンス参加者は起き上がることもできないんだからね。
この第5階層を探索するレイドが出てくるかは分からないけど、MランクどころかAランクまで、しかも罠として出てくるような危険な階層は、早めに調査を終わらせた方が良いに決まってるもの。
「申し訳ありません、我々の仕事を手伝わせるようなことになってしまい……」
「構わない。マナも言ったが、この階層は危険すぎる。罠とはいえAランクモンスターまで出てきた以上、調査は一刻も早く終わらせるべきだ。だろ、大和君?」
「さらにここはアンデッド階層ですからね。早く調査を終えた方がいいって意見には、全面的に同意しますよ。ああ、これは俺達が好きでやってることなんで、気にしないでください」
「すまない……」
そこは気にしないでほしいわ。
スレイが見せてくれた地図のおかげでセーフ・エリア、ひいては第6階層への入口に見当が付いたんだから。
「それにしても、この階層って本当に凶悪ね。見た感じだと、セーフ・エリアは2ヶ所しかないことになるわよ?」
「迷路階層はセーフ・エリアの数が少なめだが、それでも2ヶ所というのは、確かに少ないな」
「その上でAランクが潜んでる宝箱か。この迷宮(ダンジョン)、性格悪すぎだろ」
私も大和の言う通りだと思う。
人間や魔物に個体差があるように、迷宮(ダンジョン)にも個体差があると言われている。
その理由は、迷宮(ダンジョン)が1つ1つ違った作りになっているから。
だから階層の数も魔物の質も、迷宮(ダンジョン)ごとに大きく異なっているんだけど、このイスタント迷宮の罠は、今まで聞いたこともない凶悪な物だった。
まさか宝箱を用意して、その中にAランクモンスターを潜ませていたなんて、本当に性格が悪いとしか言えないわ。
だけど地図さえできれば、迷路階層であっても攻略は難しくなくなる。
「ギャフッ!な、何しやがる!」
「それはこっちのセリフ。ふざけるのも大概にしなさいよ?」
今後の方針が決まった直後、後部デッキに1人の男が叩きだされてきた。
ちょっと、なんで下半身裸なのよ!
「リスティス!何をしているんだ!」
プラムが悲鳴を上げたけど、無理もないわ。
なにせこの男こそが、問題行動を起こしてたハイヒューマンなんだから。
「何って、昂って仕方ねえから鎮めようと思ったんだよ。別に良いだろ?」
「良いわけがあるか!助けてくれた恩人に向かって、なんてことをしているんだ!」
リスティスと呼ばれた男は当然のように答えると、プラムは声を荒げて返し、レイド・リーダー達も大きく頭を抱えた。
「助けてくれたって、たまたまノーライフ・キングを倒せただけだろ?そもそもあんな奴、俺1人でも十分だったんだ。むしろ余計なことをしたんだから、その責任を取ってもらわないとだろ?」
身勝手過ぎる言い分に、私も頭を抱えたくなる。
そもそもあなたが、勝手に宝箱を開けてしまったことが原因でしょうに。
それでアライアンスの下に逃げ帰って、被害を大きくしてしまったんだから。
同時に、激しい怒りも湧き上がってくるわ。
「これはダメだな。どうやらルクス同様、選民思想に凝り固まっているようだ」
「ですね。おい、リスティスとか言ったか?てめえ、マジでふざけんなよ?」
大和が額に青筋を浮かべているけど、これは当然。
「ガキは黙ってろ。俺はレベル41でハイヒューマンに進化してんだぜ?つまり神に選ばれた英雄ってことだ。ってことはだ、何をしても許されるってことになるんだよ!」
「……もういい。これは明確な規約違反だ。ハンターズギルドにはそう伝えておく」
「は?何言って……」
だけど大和が何かをする前に、プラムが後部デッキに飛び降りると同時に槍を構え、高速でリスティスの顔を貫き、獣車から落とした。
完全に即死だけど、死体は迷宮(ダンジョン)に吸収されるし、自業自得だし同情の余地も一切ない、愚者に相応しい末路だわ。
「申し訳ありません、陛下。お見苦しい物をお見せしました……」
お兄様に跪いて謝罪の言葉を口にするプラムだけど、随分と思い切ったことしたわね。
「確かに気分の良いものではなかったが、レイドメンバーの処断など、随分と思い切ったことをしたものだな」
「進化してからのリスティスは、それだけのことをしていましたから。そもそも私は、彼に次はないと宣告していましたし、アライアンスに参加する際も、リスティスが不法を働くようなら、いつでも斬って構わないと伝えてありますので」
「事実か、スレイ?」
「はい。実は当初の予定では、リスティスは参加させないことになっていたのです。ですがリスティスは強硬に参加を主張してきたため、プラムの提案を受け、新たに条件を設けることで参加を許可したのです。その中に、処断についての条件も盛り込まれていました」
なるほどね。
でも寝込みを襲うみたいな不法こそ働かなかったけど、リーダーであるスレイの指示を自分の判断で曲解したり、魔物に襲われているハンターを助けることもしなかったそうだから、次に同じようなことをしたら、アライアンスの総意で斬ることまで決まっていたそう。
今回はそんなギリギリの話じゃなかったんだから、遠慮なく処断したってことね。
「これで2人目か。さすがにこれは、ハンターズギルドとしても動かざるを得ないだろうな」
「ですね。というかまだ怒りが収まらないんで、次に魔物が出てきたら、ちょっと八つ当たりしてきます」
「あたしも付き合うわよ」
「ほどほどにな」
大和だけじゃなくプリムまでそんなことを言うってことは、矛先を向けられたのはプリムだったってことなのね。
これは夜は、プリムを優先的に可愛がってあげるしかないかな。
ちなみに大和とプリムの八つ当たりを受けることになった哀れな魔物は、Pランクのヘビーアーマー・デュラハンだった。
その名の通りの鉄壁の防御力を誇る重騎士なんだけど、大和が瑠璃銀刀・薄緑であっさりと鎧を斬り裂いて、プリムの極炎が魔玉諸共焼き尽くしていたわ。
それでもプリムは、まだ怒りが収まらないようだったから、Mランクのリッチも倒してたけど。
魔物に同情する日が来るとは思わなかったけど、それだけやり場のない怒りだったってことなのね。
それはいいとして、3時間程進んでいると、ようやくセーフ・エリアを発見できた。
予想通り第6階層への入口もあったから、私達は第6階層へと足を踏み入れることにした。
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