不死の王

 朝食を食い、俺達は第4階層を高速で抜けた。

 出てきた魔物はGランクが多かったが、Sランクもそれなりにいたし、少数ながらPランクとも戦った。

 残念ながらMランクモンスターとは会敵しなかったが、2つめのセーフ・エリアに第5階層への入り口があったから、俺達はすぐに第5階層に下りてみることにした訳だ。

 だが第5階層は、俺達の予想を覆す階層だった。


「迷路系の階層かよ」


 そう、迷宮(ダンジョン)の代名詞とも言える、石でできた通路と壁に仕切られた、まさに迷路と呼ぶべき階層だった。

 だがこういった階層があるって話は聞いたことがあるから、それについては特に問題じゃない。

 問題なのは、ここに現れる魔物だ。


「凄い臭いね。こんな臭いがするってことは……」

「ああ、ここでアンデッド階層とはな。しかも高ランクばかりだろうというのも、面倒事に拍車をかけている」

「全く同感ね」


 マナにラインハルト陛下、エリス殿下もイヤそうな顔をしているが、第5階層はアンデッドオンリーの可能性が高い。

 たった今倒したのはGランクのレイスだが、同じGランクのビースト・スケルトンっていう魔物も倒したしな。


 アンデッドはTランクから存在しているが、低ランクのアンデッドはハンターやオーダーならば問題なく対処できる。

 恨みを残して死んだ人間や魔石を取らずに放置された魔物がアンデッドになることがほとんどなんだが、多くのアンデッドは生前の人間や魔物と変わらないレベルやランクだからということが理由だ。

 スケルトンやゾンビがほとんどらしい。

 だがアンデッドになったのが高ランクハンターやオーダー、魔物の場合は話が変わる。

 基本アンデッドの動きは遅いが、ハイクラスの人間や高ランクモンスターの場合は、生前以上に素早い動きをすることがあるし、それがゾンビだったりすれば腐った肉片を飛び散らかしながら襲い掛かってくるから最悪だ。

 稀にSランクのゴーストが出てくるが、これもオーダーならピュリフィケイショニングという騎士魔法(オーダーズマジック)を使えば簡単に倒せる。

 もちろんハンターでも、魔力強化をしっかりと行っていれば、普通に斬れるんだとさ。


 そして迷宮(ダンジョン)のアンデッドだが、こちらは純粋に迷宮(ダンジョン)が生み出した魔物になる。

 だからなのか、スケルトンやゾンビにもバリエーションが豊富だし、ゴーストにも上位種が存在している上に、個体によってランクが違うらしいから面倒だ。

 多分イスタント迷宮の第5階層だと、最低でもGランクが出てくるだろうと予想されている。


 あとこれは地上、迷宮(ダンジョン)共通だが、アンデッドには上位種はいるが、希少種や異常種、災害種はいない。

 個体によってランクが違うから、その個体が単一種族って見なされているそうだ。

 さらにアンデッドは倒すと体が崩れる、あるいは消えてしまうから、残った魔石ぐらいしか売れる物がない。

 しかも闇属性のみっていう偏りようだ。


「普通ならこんなアンデッド階層はスルーしたいんだが、ここは地図もないし、さらに質の悪い事に完全な迷路だから、下手したら時間切れってことになりかねないな」

「同感ね。かといって壁を破壊することはできないから、地道にセーフ・エリアを探していくしかないわ。それにプリム達も心配だわ。大丈夫?」


 マナがプリムとマルカ殿下、ラウスを心配して声をかけるが、マルカ殿下とラウスは獣族のハイクラス、プリムに至ってはエンシェントフォクシーってこともあって、エンシェントヒューマンの俺より鼻が効く。

 特にプリムはエンシェントフォクシーだから、見るからに辛そうだ。


「ダメ」

「あたしも、これはキツいよ……」

「鼻が曲がりそうでふ……」


 やっぱりか。

 エンシェントヒューマンの俺だってキツいって感じるんだから、俺より鼻が効く3人が耐えられないって感じるのも仕方ないな。


「ここで無理をさせる意味もないから、3人は獣車に入っておいてもらうべきか」

「そうですね。あとは従魔だけど……ジェイド、大丈夫か?」

「クワァ……」


 獣車を引いているジェイドが、今にも泣きそうな顔をしている。

 ヒポグリフ・フィリウスっていう希少種に進化してるせいで、普通のヒポグリフより鼻が効いてるってのもあるからなぁ。


「デオドリングを使えば少しは楽になると思うけど、これだけの臭いだから、どこまで効果があるかはわからないわね」


 エリス殿下が言うデオドリングは、奏上魔法(デヴォートマジック)に分類されている消臭魔法だ。

 臭いを消すことで魔物の追撃から逃れることもできるが、一般家庭でも普通に掃除とかで使われている。

 だけど最大の利点は、アンデッドの腐臭を消せることだ。

 とは言ってもそれは地上の開けた場所で使った場合になるから、こんな閉鎖空間で使っても効果が十全に発揮されるかは疑問が残る。

 なにせこの迷路全体から、とんでもない腐臭が漂ってきてるんだからな。


「デオドリングも付与させておくべきだったわね」

「だな。とりあえずジェイドには、この魔石を装備させておこう」


 俺はデオドリングを、ストレージにあったスカイ・サーペントの魔石に付与魔法マルチリングで付与させ、念動魔法を使ってジェイドの獣具に括り付けた。

 スカイ・サーペントはGランクモンスターだから、早々に魔力が切れるようなことはないと思うが、それでもどのぐらい持つかは全く分からないのが怖い。


「どうだ、ジェイド?少しは楽になったか?」

「クワッ」


 けっこう楽になった、か。

 それは良かった。


「ともかくプリム達は獣車に戻った方がいい。ミラールームは隔離空間だから、臭いはしないからな」

「そうさせてもらうわ」


 辛そうな顔をしているプリム、ラウス、マルカ殿下は、デオドリングを使ってからミラールームに下りていった。


「大和さん、使えそうな魔石って、あと何がありますか?」

「色々あるが、獣車全体にってことなら、やっぱりドラグーン系のを使うべきだろうな」

「ですよね。ではそれを貸してもらえますか?」

「それはいいが、何かするのか?」

「はい。デオドリングと風属性魔法(ウインドマジック)を融合魔法で融合させて、インフリンティングを使ってみます」


 どうやらフラムは、デオドリングで臭いを消すだけじゃなく、風属性魔法(ウインドマジック)で臭いを流すつもりみたいだ。

 天賜魔法(グラントマジック)融合魔法は、属性魔法(グループマジック)だけじゃなく、天与魔法(オラクルマジック)も融合させることができる。

 だからデオドリングと風属性魔法(ウインドマジック)を融合させて、臭いを消すと同時に寄せ付けないように試してみるつもりか。


「よし、わかった」


 俺はガスト・ドラグーンの魔石を取り出して、フラムに手渡した。

 魔石を手渡されたフラムは、魔力を集中させて融合魔法を使い、さらに工芸魔法(クラフターズマジック)インフリンティングを使い、魔石に魔法を付与させた。

 工芸魔法(クラフターズマジック)付与魔法インフリンティングは、天賜魔法(グラントマジック)付与魔法マルチリングとは異なり、1つの魔法しか付与することができない。

 だけど融合魔法で生み出された魔法は、それで1つの魔法となっているから、インフリンティングでも付与させることができる。

 だから融合魔法も、クラフターにとっては是非とも欲しい魔法だって言われているな。


「多分成功です」


 魔法付与を終えたフラムは、魔石に魔力を流して、付与させた魔法を起動させた。

 すると獣車だけではなく俺達からも腐臭が消え、流れる空気のおかげで腐臭を感じることもなくなった。


「クワアッ!!」

「ん?どうした、ジェイド?って、そっちも臭わなくなったって?」


 ジェイドが喜びの声を上げるわけだ。

 フラムが付与させた魔法は、ガスト・ドラグーンというMランクモンスターの魔石の魔力と相まって、けっこう広範囲の臭いを消している。

 どうやらフラムは、効果範囲を半径10メートルに設定して付与させていたらしい。

 おかげでジェイドも恩恵を受けられたから、俺としても感謝しかないぞ。


「すごい魔法付与だけど、付与させた魔石がガスト・ドラグーンのだからってことを考えると、一般的とは言えないね」

「本当にね。だけど助かったわ。私達だって辛かったんだから」

「本当だよね」


 ルディア、リディア、アテナも安堵の声を漏らすが、本当にそうだよ。


「ですが効果範囲が広いこともありますから、いくらガスト・ドラグーンの魔石でも、どれぐらい持つかは……」

「それは仕方ないだろう。だが従魔が嫌がれば、徒歩で進むしかなかったんだ。それに効果時間を知ることも、今後の参考になる」


 これは陛下の言う通りだ。

 ガスト・ドラグーンの魔石を使っても短時間しか効果がないってことなら、他の魔石じゃ使い物にならない可能性が高い。

 逆に効果が続くようなら、他のランクの魔石でも使えるか試してみるべきだ。


 ともかくこれで楽になったから、俺達は第5階層の探索を再開させた。

 現れたアンデッドは予想通りGランクが多かったが、中にはPランクもいたし、Mランクのリッチまでいやがったな。

 もちろんみんな獣車から降りるのを嫌がったから、デッキや展望席から固有魔法(スキルマジック)を撃ちまくって殲滅したぞ。

 さすがにリッチは手間取ったが、ジェイドも氷の槍で援護してくれたから、無事に倒すことができている。

 あ、魔石は俺の念動魔法で回収しているぞ。


 そのまま進むこと5時間、未だにセーフ・エリアは見つけられてないから、このままだとこんな危険地帯で野営をする羽目になるかもという恐怖をみんなが抱いた頃に、前方で戦闘を行っている一団を発見した。

 多分あれが、イスタント迷宮の調査をしてるっていうアライアンスだろう。


「あれはリッチか?『クエスティング』。なっ!ノーライフ・キングだと!?」


 アライアンスが戦っている、ローブを羽織った骸骨にクエスティングを使ったラインハルト陛下が、驚きの声を上げた。

 いや、俺も驚いたけどさ。

 ノーライフ・キングって言ったら、不死者の王様だろ?

 ヘリオスオーブには死霊魔法とかはないから、単純に進化した個体ってことだと思うが、ヘリオスオーブのノーライフ・キングはAランクモンスターだから、あのままじゃアライアンスが全滅するのも時間の問題だ。


「仕方ない、行ってきます!」

「頼む!」


 相手が相手だから、遠間から魔法でっていうわけにはいかない。

 俺はミラー・リングを生成し、イークイッピングを使ってアーク・オーダーズコートを纏い、瑠璃銀刀・薄緑に騎士魔法(オーダーズマジック)ピュリフィケイショニングを纏わせ、さらにアクセリングを使って加速して、ノーライフ・キングの首を狙った。


「!!!」

「げっ!気付きやがった!」


 アクセリングまで使ったってのに、ノーライフ・キングは俺に気付きやがって、手にしていた杖で防がれてしまった。

 おいおい、薄緑で斬ったってのに、あの杖真っ二つにならないのかよ。


「だ、誰だ!?」

「話は後で。今はあいつを何とかしないとなんでね!」


 何人かは倒れているが、息があるかは分からない。

 だけど救助してる余裕もないから、俺はウイング・バーストを纏い、さらにはライト・アームズも薄緑に纏わせて、再びアクセリングで突っ込んだ。


「ノーライフ・キングらしく、魔法はお手の物ってか!」

「!!!」


 杖を手にしてるから、魔法が得意なんだろうってことは予想できていた。

 その予想に違わず、ノーライフ・キングは俺を迎撃するために、闇属性魔法(ダークマジック)で作り出した玉をいくつも放ってきた。

 そんなに広くない通路ってこともあって避けにくいし、何より避けてしまえばアライアンスはもちろん、獣車にも被害が及ぶ可能性がある。


「鬱陶しいが、これならどうだ!」


 だから俺はライト・アローを連発しまくり、さらに光性A級広域干渉系術式ウラヌスを発動させ、ノーライフ・キングの闇属性魔法(ダークマジック)を相殺することにした。


「そのまま光の渦に飲まれちまえ!」


 ノーライフ・キングに干渉させたウラヌスの光の渦に続いて、ピュリフィケイショニングを纏わせたアイスエッジ・ジャベリンを放つ。

 ノーライフ・キングはスケルトン系でもあるから刺突系の攻撃が有効か分からなかったが、アンデッドは胸の魔玉が力の源であり弱点でもある。

 それを破壊することができれば、高ランクアンデッドでも一撃で倒すことは可能だ。

 ウラノスの光の渦で動きを阻害されたノーライフ・キングだが、それでもアイスエッジ・ジャベリンを的確に迎撃している。

 だが背後からの一撃だけは防げず、背中から魔玉ごと貫かれ、ゆっくりと崩れていった。

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