第七章・天空の島

天樹城での報告

Side・ラインハルト


 私は今、天樹城にある王家の応接室でひどい頭痛を感じている。

 3週間前に王都を発ち、バレンティアに向かったはずのウイング・クレストが帰ってきた、それ自体は問題ない。

 だが、そのウイング・クレスト所属のハンター全員がハイクラスに進化し、バレンティア最難関のソルプレッサ迷宮まで攻略してきたと直接報告されているのだから、頭どころか胃も痛くて仕方がない。

 妹のマナがハイドラゴニアンのエオス嬢と竜響契約を結び、大和君が聖母竜マザー・ドラゴンガイア殿の娘アテナ嬢と婚約したことも大問題なのだが、上記の問題に比べると大したことなく思えてくるから不思議だ。


「それで、ソルプレッサ迷宮を有するニズヘーグ公爵家が改易され、ナールシュタット公爵が持っていた魔化結晶を押収。その褒賞として、ソルプレッサ迷宮の守護者ガーディアンゴールド・ドラグーンの魔石を貰ってきたと?そしてその魔石、さらにソルプレッサ迷宮で倒した魔物の魔石まで献上すると?」

「そのつもりよ。まだ解体も済んでないから、それが終わってからになるけど」

「数があるから何日掛かるかわかりませんけど、フロートのハンターズギルドにも協力してもらうつもりですから、数日あれば大丈夫かと」

「で、これがその魔物のリストなわけね……。PランクどころかMランク、更にはAランクまでいるじゃないの……」

「しかもそのAランク、ゴールド・ドラグーンとディザスト・ドラグーンはフィールで解体後、私達のためにいくつか素材まで献上してくれるなんてね……」


 マナと大和君のセリフに続いて、ソルプレッサ迷宮の魔物リストを見ていた私の妻マルカとエリスが、大きな溜息を吐いた。

 そう、ソルプレッサ迷宮の守護者ガーディアンゴールド・ドラグーンと異常種ディザスト・ドラグーンは魔石だけではなく、私達の防具を仕立てるために、革と骨を3人分の防具になる量を献上するとまで言ってきているのだ。

 もちろん非常にありがたい申し出なのだが、魔物の素材はCランクが標準で、Bランクで高級品、Sランクは希少品扱いだった。

 それより上のGランクともなると、討伐される機会が少ないため、超高級品になる。

 Oランクモンスターは討伐不可能と言われているから、Aランクモンスターの素材は最上級とも言ってもいいだろう。

 その素材を惜しみなく献上してくれるのはもちろん、自分達でも潤沢に使えるだけ狩ってきたというのだから、頭どころか胃まで痛くなるというものだ。


「そういうライ兄様達だって、フィールでホーリー・グレイブと一緒に狩りをしたんでしょ?いくつかオークの集落を潰して、さらにはアース・ウルフにグランディック・ボアまで討伐したって聞いたわよ?」

「どこで聞いたんだ?」


 プリムの言うように、私とエリス、マルカの3人は、2週間前フィールに赴いている。

 理由はフィールのオーダーズマスター レックス・フォールハイトに、完成した天騎士アーク・オーダー用のコート アーク・オーダーズコートを下賜するためだ。

 1ヶ月前に行われたフィールのアライアンスで指揮を執っていたレックスは、災害種オーク・クイーンの攻撃を正面から受け続け、壊れた盾を使うことで大きな隙を作ることにも成功し、討伐に大きな貢献を果たしている。

 その功績を称えるために天騎士アーク・オーダーの称号を授け、Aランクオーダーにも昇格している。

 大和君が考案し、エドが開発した翡翠色銀ヒスイロカネという合金を使い、オーダーズギルドの装備を一新させている最中ということもあって、レックスのアーク・オーダーズコートも父上が新たに仕立てた。

 当初はウインガー・ドレイクの革を使う予定だったのだが、大和君達がイデアル連山でグリフォンを狩ってきてしまったものだから、急遽グリフォンの革を使うことに変更されたため、予定より若干時間は掛かってしまっていたが。

 アーク・オーダーズコートだけではなく、オーダーズマスターやロイヤル・オーダー用のプラチナム・オーダーズコート、コモン・オーダー用のオーダーズコートもクラフターズギルドが仕立て、既に全員に行き渡っているのだが、オーダーからの評判は上々だ。

 フィールはアーク・オーダーズコートとプラチナム・オーダーズコートが完成したのが2週間前だったため、一番最後になってしまったことが申し訳ない。


 下賜した際、レックスは苦笑しながら受け取っていたが、さすがに大和君達との付き合いが私より長いだけあって、素材の変更程度は予想の範囲内だったらしい。

 さすがに、グリフォンなんていうMランクモンスターに変わるとは思ってなかったそうだが。


 その後、私達は1週間ほどフィールに滞在し、ホーリー・グレイブやオーダー達とともにマイライト山脈の調査を行い、いくつかのオーク集落を発見し、全て殲滅することに成功した。

 B-Rランクモンスター アース・ウルフも数匹、G-Iランクモンスター グランディック・ボアまでいたが、誰も大きな怪我を負うことなく、こちらも無事に討伐することができている。


 それが1週間ほど前の話になるから、フロートに到着したばかりのプリム達は知らないはずなんだがな。


「グランド・オーダーズマスターから聞いたの。マイライトには終焉種がいたから調査は必須だけど、それについていったって」

「その際にお兄様はもちろん、エリスお義姉様やマルカお義姉様もレベルが上がったそうですね」


 なるほど、情報源はグランド・オーダーズマスター トールマンか。

 アーク・オーダーズコートの下賜以外にも、ハンターが少ないフィールへの助っ人という名目もあったから、フィールでの狩りの様子はトールマンや宰相の耳にも入っているし、特に口止めをしてたわけでもない。

 私はレベル53、エリスはレベル40、マルカはレベル48になったが、レベルが上がったのは私達だけではなく、フィールのオーダー達やホーリー・グレイブもだ。

 念願のGランクハンターになることができたのだから、私としてもフィール行きは満足のいく結果になったと言える。


「上がりはしたけど、みんなに比べると大したことないですよ?」

「それを言われると、何も言い返せないわね」


 そうだろうな。

 なにせウイング・クレストの面々は、ミーナ、フラム、ラウス君、レベッカがハイクラスに進化しているし、プリムなんてレベル73になっているから、エンシェントフォクシーだということを隠すことが不可能になってしまった。

 遠くない内にMランクになるとは思っていたが、まさかバレンティアから帰ってきたらとは思っていなかったから、今後の対応をどうするかが悩ましい。


「かといって、プリムのランクを上げないのも問題よ?報酬に差が出ちゃうし、そもそもその場合の対策もあるんだから、時期が早まったとでも思えばいいんじゃないの?」

「それしかないんだがな。できれば年明けまでは、ランクを上げてほしくなかったというのが本音だよ」


 アミスターでは早ければ10月末、遅くても11月になると雪が降り始める。

 そのため、レティセンシアやバリエンテのレオナス元王子が組織だった動きをしようとも、雪によって阻まれてしまう。

 アミスターの積雪量は、かなり多いのだ。

 しかもそれだけではなく、雪が降ると同時に活動を開始する魔物までいるのだから始末に悪い。


 だが今は9月末だから、軍を動かすことも不可能ではない。

 もちろんそんなことをすればこちらも黙っていないが、オーダーズギルドは雪中行軍もお手の物だし、翡翠色銀ヒスイロカネで一新された新装備があるから、レティセンシアはもちろん反獣王組織でも、雪上戦では分が悪いと言っていい。

 もっとも反獣王組織はともかく、レティセンシアごときは地の利などなくとも、勝利は容易だが。


「雪か。ソルプレッサ迷宮での経験が、こんな早く活きるとは思わなかったな」

「まあね。だけどあそこほどじゃないわよ。確かにアミスターは3月ぐらいまで雪が降るし、足首まで積もることも普通ではあるけどね」


 マナの言うように、アミスターは山が多いからか、毎年11月から3月ぐらいまでは雪が降り積もる。

 ほとんどは足首が埋まるぐらいまでしか積もらないが、1月から2月はさらに積もり、膝上どころか腰まで埋まることも珍しくない。

 他国ではここまで積もることはなく、雪の国と言われているトラレンシアでさえ膝下が精々だから、いかに積雪量が多いかが分かるだろう。

 トラレンシアは一年中雪が積もっていて、降雪量はそこまでではないという事情も大きい。

 翻って、アミスターには四季がある。

 客人まれびとでもあるサユリ曾祖母殿が言うには、元の世界の四季と同じだが、降雪量や積雪量は比べ物にならないとか。


「ああ、そりゃ確かに、俺の住んでたとことは違うな。俺の住んでたとこは雪は降るが、積もることは滅多になかったからな」

「バリエンテもそんな感じね。魔物が少なくなるからトレーダーは増えるんだけど、その分盗賊も増えるのが面倒かしら」


 盗賊か。

 バリエンテは森が多く、隠れられるところも多いから、地域によっては魔物より盗賊の被害の方が多いらしい。

 プリムの生まれ育ったハイドランシア公爵領は、まさにそのような場所だったと記憶している。


「バレンティアじゃ雪は滅多に降らないから、そんなに積もるようなら戦い方も考えないといけないなぁ」

「ルディアは武闘士だし、雪だと特に大変そうよね」


 逆にバレンティアは、ほとんど雪は降らない。

 だからバレンティア出身のリディアとルディアが、雪上戦闘に不慣れなのも仕方のないことだ。



「フィールやエモシオン近くには迷宮ダンジョンはないし、仮にあっても都合よく雪原や雪山の階層があるとは限らないから、こればっかりは雪が降ってからになるわね」

「そうだよねぇ」


 溜息を吐くルディアだが、リディアも似たような表情している。

 武闘士のルディアだけではなく、双剣士のリディアだって雪に足を取られてスピードが出せなくなるから、慣れてもらうにしても雪が積もるまで待つしかない。

 迷宮ダンジョンに雪原階層があれば話は別だが、今はレティセンシアやバリエンテの問題があるから、あまり長期間入っているわけにはいかないしな。


「失礼します、陛下。ヘッド・ハンターズマスター、ヘッド・バトラーズマスター、グランド・クラフターズマスターがお越しになられました」


 宰相のラライナが、来客を知らせに来てくれた。

 ヘッド・ハンターズマスターとグランド・クラフターズマスターはソルプレッサ迷宮の魔物の買取で、ヘッド・バトラーズマスターはキャロル嬢の侍女ユリアの件で呼んでいる。

 Cランクバトラーのユリアだが、無事に大和君達のお眼鏡にかなったようで、今回正式に契約をするそうだ。

 とはいえCランクバトラーだから、正式な契約といっても期間は3ヶ月のままで、その都度契約をし直す必要がある。

 Bランクバトラーへの昇格は、早くても1年程先になるだろう。


 だが大変なのは、ヘッド・ハンターズマスターとグランド・クラフターズマスターだ。

 大和君達がソルプレッサ迷宮で倒した魔物のリストには目を通したし、売却予定の魔物も聞いている。

 しかしその多くが、フロートに持ち込まれることも稀、もしくは初の魔物ばかりであり、特にドラグーンなどは、数十年前に南方のガリア迷宮から持ち込まれたレッサー・ドラグーン以来だ。

 騒ぎになることは確定しているから、フロートの防犯体制を強化することも考えなくてはならないだろう。


 ほとんどが大型の魔物ということもあって、後程ハンターズギルドに行くことになっているが、私も興味があるし、同行させてもらうことにしている。

 Pランクはもちろん、Mランクモンスターなど早々見る機会はないから、少し楽しみだ。

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