隣国への対応
イデアル連山の狩りから帰ってきてみれば、何やら面白い事態になってるな。
「ドナート伯爵の奥方の1人が妊娠か。いや、それは確かに目出度いんだが、話を聞く限りじゃ現在の後嗣であるキャロル嬢が、ラウス君についていくことになっていないか?」
そう、先日ラウスが助けたドナート・ベルンシュタイン伯爵のご令嬢キャロル・ベルンシュタイン嬢がラウスに惚れて、条件を満たせばついてくることになっていた。
その条件は父親のドナート伯爵の許可、Sランクヒーラーへの昇格なんだが、ドナート伯爵とは式典後の立食パーティーで少しだけ話をしている。
歴戦の猛者といった雰囲気のSランクオーダーだったが、意外とユーモアのある人だったな。
レティセンシアごとき自分達だけで十分だが、領民に被害が及ぶ可能性は否めないから、場合によっては俺にも協力してほしいってことだ。
それだけで話は終わってしまったんだが、どんな手段を使っても俺と縁を結びたいって意思は感じなかったし、ましてや娘を押し付けようなんて素振りは一切なかったな。
1人娘でとても可愛がってるって話だから、今じゃそれも納得だが。
レティセンシアとの国境にあるベルンシュタイン伯爵領は、現在の状勢ではいつ攻め込まれてもおかしくはない。
そのためオーダーズギルドは臨戦態勢を整えているし、
だからドナート伯爵も、本来ならすぐにでも領地に帰らなければならないんだが、そこで奥方の1人の妊娠が発覚し、直後にキャロル嬢が誘拐されてしまったため、そんな事態ではなくなってしまった。
幸いにも俺達が無事に助け出すことができたんだが、どうやらキャロル嬢は、ラウスに励まされたことがきっかけで惚れてしまったようだ。
ドナート伯爵もすごく感謝してくれてたし、妊娠した奥さんも大事なかったんだが、そんなことがあった以上、妊婦や娘を領地に連れて帰るわけにはいかなくなったし、何よりレティセンシアが狙っていることが発覚したんだから、王家としても黙っているわけにはいかず、その妊婦メリッサ・ベルンシュタイン夫人とキャロル嬢は、明日ぐらいから天樹城に滞在することになっている。
「普通の貴族なら、ハイクラス間近のラウス君とエンシェントヒューマンの大和君両方と一気に縁を結べるわけだから、喜んで娘の同行を認めると思うんだけど、ドナート伯爵だとどう判断するか読めないんだよなぁ」
「そうよね。娘自慢もそうだけど、目の中に入れても痛くないってぐらいに可愛がってるから、いくらメリッサ夫人が妊娠したからといって、それでキャロル嬢をラウス君に同行させることを許すかどうかは……」
と、マルカ様とエリス様は仰ってらっしゃる。
俺もそんな印象を受けたから、ドナート伯爵が首を縦に振るかは判断が難しいな。
「もう1つはSランクヒーラーへの昇格だが、サユリ曾祖母殿が手ほどきをするとのことだから、こちらは問題ないだろう」
天樹城に戻った俺達を出迎えてくれたユーリも、そんなこと言ってたな。
先日ユーリもGランクヒーラーに昇格できて、ノーブル・ヒーリングを使えるようになってたから、余程の事がない限りキャロル嬢はSランクヒーラーになれると思う。
「娘に甘いドナート伯爵のことだから、最終的には根負けしそうな気もするがな。話は分かった。ラウス君の将来にも関わることだから、貴族の娘が近くにいることは私としては望ましいが、最終的にどうするかは本人達の問題だから、君達が良いと言うなら構わない」
「そうなりますか。まあレベッカは良いって思ってるみたいだし、本人達が良いんなら俺も構わないんですけど」
ラインハルト陛下の仰る通り、最終的には本人同士の問題だからな。
「確かにそうだし、大和が良いんならあたし達も構わないけどね」
プリム達もそう答えるか。
フラムだけは何て言っていいのやらって顔してるけど、弟の将来に関わることなんだからってことで、本人同士の意思を尊重してる感じでもあるが。
「それでライ、あなた、ここまでされて、レティセンシアのことはどうするつもり?」
黙って話を聞いていたサユリ様が、ひと段落ついたと判断して話を切り出してきた。
それは俺も気になるな。
「無論、国境は完全に封鎖します。今後レティセンシアから来る者は、レティセンシア所属の者以外は通しますが、レティセンシアの民は誰1人として通しません。現在アミスターにいるレティセンシアの民は、捕縛した後取り調べを行い、罪を犯していなければ国外追放、罪が発覚した場合は罪状に応じた処罰を課します。そして今後一切、レティセンシアとの取引は停止。国交断絶も辞しません」
おお、言い切った。
レティセンシアは雨が多く、農作物は育ちにくい。
だから多くをアミスターから輸入していたんだが、それも停止ってことは、レティセンシア国内は荒れるな。
逆隣のリベルターからの輸入で凌ぐかもしれないが、ソレムネとも国境を接してるリベルターは強く出れないかもしれないから、こっちはどうなるかはわからない。
だけどリベルターには、トレーダーズギルド総本部がある。
トレーダーズギルドは農場も経営しているが、トレーダーもレティセンシアからは常々見下されていて、もっとも多くの被害を被っている。
なにせトレーダーは、用がなければレティセンシアに立ち入ることはしないぐらいだからな。
今回はグランド・ハンターズマスターの働きかけもあったが、いい機会だと判断したグランド・トレーダーズマスターがレティセンシアでの規模縮小に踏み切り、多くの農場が放棄されたって話もある。
それにレティセンシアはアミスターにケンカを売り、アミスターはそのケンカを買った形になってるから、レティセンシアとしてはアミスターに警戒を多く裂かなきゃならないこともあって、リベルターにまで手は回らない気もする。
「国交断絶も辞さないか。その判断は支持するけど、攻め滅ぼしはしないの?」
「いずれはそれも考えなければなりませんが、アバリシアがどう関与しているのかが分かっていません。もちろんアバリシアがどう出ようと、アミスターの出方を変えるつもりはありませんが、レティセンシアがいつからアバリシアの属国に成り下がっていたのか、フィリアス大陸のどこまでアバリシアの手が及んでいるのか、それぐらいは調べてからでなければ、レティセンシアを滅ぼすだけでは済まないと思っています」
情報か。
確かにそれはわかるけど、早めにアバリシアを追い出さないと、そっちの方が大変なことになる気がするんだけどな。
「その懸念はもっともだし、本当なら私もそうしたいんだが、今はオーダーズギルドの装備を一新している最中だし、バリエンテの動きも気になる。先程バリエンテ大使から、獣王の書状を受け取ったからね」
獣王からの書状?
思ってたより早い……ああ、ワイバーン辺りを使ったのか。
式典から数日経ってるし、往復する時間ぐらいはあるよな。
「獣王から?」
「ああ。既に私は目を通したが、春に行われる私の戴冠式には、獣王自ら参列してくれるそうだ」
獣王が自らラインハルト陛下の戴冠式に来るのかよ。
ラインハルト陛下は、その獣王からの書状を俺に手渡してきた。
「読んでも?」
「君達にも関係しているが、どう判断するかは任せる」
そりゃプリムの生存と俺との結婚も報告してるんだから、無関係ってことはないんだが、それでも王が王に宛てた書状を見てもいいんだろうか?
いや、気になるから読むけどさ。
「大和、なんて書いてあるの?」
「待てって。何々……」
マナに急かされて書状に目を通すと、驚いたことに獣王はプリムの生存を認めたばかりか、俺との結婚を祝福すらしていた。
そしてマナとユーリにも、事実確認を怠ったことを詫びてるな。
「『プリムローズ・ハイドランシアの死は、部下からの報告で聞かされていた。だが要領を得ない内容も含んでいたため、一部は伏せてマナリース姫、ユーリアナ姫にお伝えすることになったことを、ここに謝罪する』か。それが事実かどうかはわからないけど、内容がチグハグな印象はあったから、一応納得はできるわね」
「そうですね。ですがそのプリムお姉様の生存を認めたばかりか、大和様との結婚まで祝福されています。これはどういうことなんでしょうか?」
そう、そこがわからない。
獣王は無実の罪を着せて、ハイドランジア公爵を処刑している。
罪状は国家反逆罪だから、当然責は家族にも及び、アプリコットさんとプリムも処刑の対象だ。
なのにその2人の亡命を認めたばかりか、俺との結婚を祝福するなんて、まるで意味が解からない。
「お2人の身柄引き渡しの要求もないですし、ハイフォクシーに進化したことも祝福されてますけど、これってなんでですか?」
リディアの疑問ももっともだが、そんなことは俺も聞きたい。
当事者のプリムだって、凄く困惑してるしな。
「私にもわからないが、獣王は春になればアミスターに来ることになっている。その時に聞くことができるかもしれないな。プリム、思うところはあるだろうが、それまでは」
「わかってる。あたしだって気になるもの。父様に無実の罪を着せて処刑したのに、なんであたしや母様の亡命をこんな簡単に認め、さらに大和との結婚まで祝うのか、直接聞きたいことは山ほどあるわ」
エンシェントヒューマンの俺と敵対しないためって線が一番強いんだろうが、どうもそれだけじゃない気もするんだよな。
なにせ文面には、プリムのことを心配してたって感じの描写もあったんだから。
「後はレオナスに注意しろって書いてあったみたいだけど、プリムがアミスターのOランクオーダーと結婚したことはバリエンテでも公表してるみたいだから、レオナスだってどうにもできない気がするのに、何を注意しろってことなんだろ?」
それはわからんでもない。
女好きで女癖の悪い元第二王子レオナスは、プリムを執拗に狙ってたって聞いてる。
もちろんプリムは、その都度返り討ちにしてたし、レオナスがドラゴニュートハーフ・ハイタイガリーに進化した後でも結果は変わらなかった。
だからレオナスがプリムの生存を知ったら、強引に自分との婚約を発表し、獣王に対する大義名分とプリムの両方を一度に手に入れたかったはずだ。
だけどそのプリムは、アミスターのOランクオーダーとなった俺との結婚が公表されてるし、獣王の言葉を信じるならバリエンテでも広められている。
Oランクオーダーがエンシェントクラスに進化してることは、国の上層部ともなれば知ってるそうだから、仮にレオナスが憤慨して対抗しようとしても、周囲の人間が必ず止めるだろう。
もっとも、それでレオナスが諦めるとは思えない。
なにせ反獣王組織の旗頭になってるとはいえ、大した活動はしてないって話も聞いてるからな。
それどころか反獣王組織が活動した場所は、少なくない女が消えるって噂まであるぐらいだ。
「よく分からないんですが、獣王は大和さんを警戒していて、その大和さんと結婚したからプリムさんの身柄を要求してこないってことなんですか?」
「それもあるだろうが、それだけとは思えないな。そもそもハイドランシア公爵が無実であれ、現状では国家の反逆者として処刑までされているんだ。プリムの結婚相手がエンシェントヒューマンであっても、最初は身柄の引き渡しを要求してくるのが普通とも言える」
フラムの疑問に、半ば困惑しながら答えるラインハルト陛下。
陛下としても、獣王がプリムとアプリコットさんの亡命をあっさり認めるとは、さすがに思ってなかったか。
俺もそれぐらいは覚悟してたし、国としては当然だとも思っていた。
それを理由にバリエンテが挙兵したら話は別だが、それぐらいでバリエンテ中央府セントロに乗り込んで獣王の首を、なんて考えはさすがにないぞ。
「つまり現状では、何も分かってないってことね。だけどプリムの生存と結婚を知ったレオナスが何をしてくるかは分からないし、警戒しておく必要は間違いなくある。獣王もだけど、この書状を信じる限りじゃ、レオナス程警戒する必要はなさそうね」
プリムとしては面白くない話だが、俺もマナに賛成だ。
「どっちも面倒ですね。滅ぼせば良いだけ、レティセンシアの方が楽な気がする」
「否定はしないし、君を単身皇都に乗り込ませるだけで、レティセンシアは滅びるだろうからね。さすがにそんなことはしないが、皇都への使者として派遣する可能性がないわけじゃない」
いや、いくらなんでも、単身でレティセンシア皇都コバルディアへ行けって、それは無茶過ぎじゃね?
そもそも使者って、初耳なんですけど?
「それはそうでしょ。今皇都に使者を送ったって、処刑されるのオチよ。だったら絶対に処刑されない、それどころか単身で皇都を壊滅させることができる大和を使者にする、あるいは護衛に付けることは、国を預かる者としては当然の考えじゃないかしら?」
あー、そういうことですか。
確かにレティセンシアの使者は捕らえたし、大使も処刑してるんだから、レティセンシアからしたら意趣返しにもなるな。
もっともアミスターが使者を捕らえたのは、キャロル嬢の誘拐が明らかになったからだから、そうじゃなかったら普通に使者としての任を果たして、国に帰ってたんだろうが。
「その使者だが、数人は国元に返すことにした。皇王へも国交断絶を伝え、国境を封鎖したことを伝える必要があるからね。だけどこちらから使者を派遣すれば、必ず処刑されてしまう。レティセンシアごときのために命を失う必要はないし、その方がこちらの意思も伝わるだろう」
国交断絶も辞さないって言ってたはずだが、陛下の中じゃ既に国交断絶は確定なのか。
まあ俺としてもあんな国に行きたいとは思わないし、そもそも交易だって恩恵どころか損害の方がデカかったって話だから、アミスターとしては望むところなんだろうな。
「それは構わないんだけど、私達、バレンティアに行っても大丈夫なの?」
マナが首を傾げるが、それは俺も気になってたな。
「
レティセンシアが挙兵した場合、最大の懸念事項となるのは、魔化結晶によって進化されられた異常種を、従魔や召喚獣として使役してくることだ。
特に召喚魔法を使える奴がいたら、けっこうな大事になる。
なにせ1体の魔物としか契約できない従魔魔法と違って、召喚魔法には数の上限はないんだからな。
「ドラグニアまではワイバーンなら2日で着けるから、もしレティセンシアが挙兵したら教えてくれるんでしょう?」
「そのつもりだが、王都からドラグニア、そしてベルンシュタイン伯爵領となると、最短でも5日はかかる。それでも間に合うとは思うが、構わないのか?」
マナの問いに答えるラインハルト陛下だが、俺としては全然構いませんな。
「大使には俺がいの一番に迎え撃つってタンカを切ったし、実際に俺がアミスター所属だってことはバリエンテにも伝わるだろうから、レオナスを牽制できるかもって目算もあるんですよ」
Oランクオーダーになったとはいえ、俺は基本的にハンターのつもりだからな。
ちゃんとアミスターに所属してるって、行動で示しておくことも必要だと思う。
「私もそう考えなかったと言えば嘘になるが、本当にいいのかい?」
「勿論ですよ」
みんなも大きく頷く。
レティセンシアに憤慨してるのは俺だけじゃないからな。
「わかった。ではレティセンシアが挙兵した場合は、ウイング・クレストの足となるワイバーンを含めて、伝令を飛ばす。竜王にも書状を認めておくから、謁見の際に渡してくれ」
俺にはジェイド、プリムにはフロライト、マナにはシリウスがいるが、ユニオン全員は運べないから、ワイバーンを回してくれるのは助かる。
その際、非戦闘員のユーリ、リカさん、エド、マリーナ、フィーナは王都で待機か、先にフィールに帰ってもらうかするべきか。
とはいえ、ユーリはGランクヒーラーだから、回復要員として考えると連れて行った方が良いかもしれない。
リカさんはCランクのアウトサイド・オーダーだが、俺やミーナもアウトサイド・オーダーだから、それを理由についてくる可能性がある。
エド達は大丈夫だと思うが、
できれば、みんなを戦場に連れ出したくはないんだけどな。
まあそれは、レティセンシアが挙兵した場合の話だし、今考えなくてもいいか。
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