終焉の存在

 まさかキングとクイーンを従えて出てくるとは思わなかったが、魔物にも翼族みたいな存在はいるって話だから、こいつらがそうなんだろうな。


 プリムは迷わず、雌と思われる個体に向かって突っ込んでいった。

 なら、俺は雄の方だな。

 薄緑にブラッド・シェイキングを発動させ、アクセリングを使って一気に間合いを詰めたが、さすがに翼を持ったキングだけあって、肩を少し斬っただけで避けられてしまった。


「グオオッ!」

「さすがに浅いか!」


 体内の血液を振動させるブラッド・シェイキングだが、さすがに掠り傷程度では効果は薄い。

 一応の効果はあるが、致命的なダメージを与えたわけでもない。

 その証拠に青い雄オークは、一瞬体勢を崩したがすぐに立て直した。


「おっと!」


 オークはパワーファイターが多いから、まともに戦うと力負けしてしまう。

 誰がまともに受けるかよ!


 そう思っていても、腕を振るうだけで発生する炎と風の刃は厄介だ。

 頬を浅く切りつけられた程度じゃ何の問題もないが、一度仕切り直した方がよさそうだ。

 発動させたニブルヘイムで雄オークの足下を氷らせ、動きを止めると、俺は一度その場から離れた。


「危ないわね!だけど、これならどうかしら?」


 プリムの声がしたからそちらを見ると、雌オークに炎が落ちたところだった。

 最近プリムが使いだした極炎魔法フレアマジックフレア・ニードルか。


「これで終わりよ!」


 雌オークが受けたフレア・ニードルは、体中に突き刺さりながら体内を焼き焦がしている。

 さらには足にも貫通して地面に縫い付けられてるから、あれじゃ動くこともままならないな。


 そしてその隙をついて、プリムは極炎の翼を全開にして、自身を極炎で包み込んだ。

 さらにフレア・スフィアをいくつも作り出し、周囲に浮かべ、そこからフレア・ニードルを放つことで弾幕を形成する。

 プリムが作り出した、切り札にして最強固有魔法スキルマジックフレア・ペネトレイター。

 極炎を纏い、極炎の針をあらゆる角度から弾幕として放ち、アクセリングで加速し、自らを槍とする魔法だ。

 アビス・タウルスの時も思ったが、傍から見れば巨大な炎の槍のように見える。

 そのフレア・ペネトレイターが、雌オークの体に大きな風穴を開けた。

 風穴から焼き尽くして、死体すら残さないことも可能だが、証拠は持ち帰る必要があるから、あえて燃やさなかったんだろう。


「アクセリングの思考加速のおかげで思ったより制御は難しくないけど、それでも大変ね。けっこう疲れたわ」


 そればっかりはな。


 うおっとぉっ!

 プリムに見惚れてたら、怒り狂った雄オークが火の玉を飛ばしてきやがった!

 見ればニブルヘイムの氷も溶けてるし。

 プリムに見惚れてたら、自由に動ける隙を作っちまったってわけか。

 これはさすがに反省だな。


 俺はマルチ・エッジをさらに生成し、アイス・スフィアで保持させ、ブラッド・シェイキングを発動させて雄オークに撃ち出した。

 半分ぐらいは弾かれたが、それでも残り半分は突き刺さったから、体中の血管という血管が悲鳴を上げてることだろう。

 だけどこれだけで倒せるとも思ってないから、俺は切り札の無性S級対象干渉系術式ミスト・ソリューションを薄緑に発動させ、雄オークを一息に斬りつけた。

 体中の血管が破裂する寸前な雄オークは、既に意識が怪しいようで、剣を持っていない左手で防御してきたが、俺は構わず、その左手を切り落とす。


 S級刻印術は刻印法具を生成していなければ使うことができないが、生成者せいせいしゃが自分で開発し、切り札としている刻印術だ。

 俺も父さんや伯父さんのS級術式を参考にしてミスト・ソリューションを開発したが、本気で大変だったな。


 そのミスト・ソリューションはブラッド・シェイキングとは違い、液体を溶かす術式だ。

 正確には液体の分子構造に干渉して、H2O、つまり水を分離させるんだが、一度分離させると二度と混ざらないし、そもそも水だからこそ有害になることもあるわけなので、対生物に限らず、対機械にも高い有用性を持っている。

 俺はその状態のことを溶けたって表現しているが、実際に溶けてるかまでは気にしていない。


 当然、血液も例外じゃない。

 溶けた血液は、血管内に多量の水が存在することになるから、出血を止めることもできないからな。


 ましてや雄オークは腕1本失っているんだから、その失血量たるや最初の掠り傷の比ではない。

 その上で血液を振動させられれば、血管も破れるし、出血量を増やすことにもなる。

 オークにどこまで通用するかはわからなかったが、ヘリオスオーブの魔物にも効果があることは連日の狩りで確認していたし、実際に何度かミスト・ソリューションを使ったこともある。

 さすがに切り札を、ぶっつけ本番で使うようなことはしないぞ。


 既に雄オークは、腕を上げるどころか、今にも倒れそうなほど弱っているが、油断はできない。

 俺はもう一度アクセリングを使い、すれ違いざまに雄オークの首を斬り落とした。


「これで終わりか?」

「多分ね。この2匹がなんだったのかはわからないけど、翼もあったし、キングやクイーンを従えてたんだから、多分災害種のウイングランクだったってことじゃないかしら?」


 魔力の翼を持つのは、人間だけじゃない。

 魔物にも存在している。

 人間の場合は翼族だが、魔物の場合はウイングランクって呼ばれていて、通常種でも1ランク上相当の強さを持っている。

 実際あの青いオークどもは、ドラゴンみたいな翼を持ってたからP-Wランクになるが、その意見には俺も賛成だな。


「キングとクイーンのWランクってことか。さすがに魔化結晶で進化した個体が、どっちもそうなったってことはないんだろうが」

「でしょうね。だけどクイーンもプリンセスもけっこうな数がいたから、どれがそうなのかはわからないし、もしかしたらこいつらは無関係だったのかもしれないから、まだいるって考えておくべきなんでしょうね」


 それが面倒なとこだよな。

 っと、みんなの援護もしないとだった。


 そう思ってたんだが、どうやら無事に、オーク・クイーンは倒せたみたいだな。


Side・レックス


 果たして、これは現実なんだろうか?

 そんな思いが頭から離れないし、全員の総意でもある。


「はい?あいつら、Wランクじゃないんですか?」

「……前にも言ったよね?討伐の際は、しっかりと確認してからするもんだって」


 大和君の疑問に、ホーリー・グレイブのリーダー、ファリスさんが頭を抱えている。

 気持ちはよく分かる。

 というか、本当に討伐できる者がいるとは、思いもしなかった。


「クエスティングで見ればわかるけど、大和君が倒した方がオーク・エンペラー、プリムちゃんが倒した方がオーク・エンプレスだ。キングやクイーンの上位個体で、終焉種だよ」


 終焉種。

 それは天災すら生易しい魔物のことだ。

 オーク・エンペラーとオーク・エンプレスは、それぞれがオーク・キング、オーク・クイーンの上位に当たる存在だから、普通ならばM-Aランクモンスターになるが、終焉種だけは例外で、全てOランクモンスターに分類されている。

 終焉種には必ず翼族のような翼があるため、空も飛べると言われているが、多くの種族は空を飛べないため、その話は仮説の域を出ていない。

 実際、大和君とプリムさんが戦ったオーク・エンペラー、オーク・エンプレスも、空を飛ぶような仕草は見せていなかった。


 そもそもの話として、終焉種はヘリオスオーブの歴史上、一度たりとも討伐されたことはない。

 通常のOランクモンスターでさえ人間の手には余る存在だというのに、終焉種はそのOランクモンスターさえも超えると言われていて、O-Aランクモンスターとも呼ばれているのだから。

 今も世界のどこかにいると言われているが、寿命で命を落とした個体もいるだろうから、どれぐらいの数がいるかはわかっていない。


 その終焉種を、まさか1対1で倒してしまうとは……。


「俺ら、これだけの人数で掛かって、やっとオーク・クイーンを倒せたんだぜ?それだって普通なら戦力不足だから、勝てるかわからねえんだぞ?実際、俺やミューズさんは肋骨折られたし、オーダーズマスターの盾だって砕けたし、他のみんなも傷だらけの上に魔力も使い切ってるってのに、お前らはタイマンで勝ったどころか無傷、しかも魔力に余裕があるって、どう考えてもおかしいだろ?」

「いや、別に無傷ってわけじゃないぞ?」

「そうよ。ねえ?」


 グラムに人外と断言された大和君とプリムさんが反論するが、誰もその意見に同意しない。

 確かに小さな切り傷はいくつか作っていたし、掠り傷もあったが、その程度は無傷と呼んでも差し支えないし、エンシェントクラスの2人は高い自己治癒能力を持っているから、既にその傷も塞がっている。

 それで無傷じゃないと言われても、誰も信じるわけがない。


「というか、もしかして2人とも、あれがキングとクイーンのWランクだと思ってたのか?」

「はい」

「そうよ」


 クリフさんの疑問に、間を置かずに答える2人だが、私としても頭が痛い。


「Wランクは、翼が生えた以外の変化はないぞ」


 頭を押さえて答えるクリフさんが不憫だ。


「さらに言うとだ、エンペラーがジャイアント・オークに産ませた子、あるいはエンプレスが産む子は、必ず異常種になると言われている。つまり終焉種は存在しているだけで、ほぼ無尽蔵に戦力を増やすことができるってことだ。当然、異常種が増えれば増えるほど討伐の難易度は上がるが、これも終焉種討伐隊が全滅する理由なんだよ」


 懇切丁寧に説明するクリフさんだが、終焉種の真の恐ろしさはそこにあると思う。


「ま、まあ、これでアライアンスは成功になるんですから、別にいいじゃないですか」


 話題を逸らそうとする大和君だが、こちらとしてはそういうわけにはいかない。


「いいわけがないだろう。そもそも終焉種なんて、歴史上一度も討伐されたことがないんだぞ?その終焉種を倒したなど、気軽に公表できるわけがない」


 そう、ミューズさんが嘆くように、問題はそこにある。

 終焉種がどれだけいるかはわからないが、存在が特定されている地域も少なからずある。

 そこは絶対危険領域に指定されていて、入ったら生きては帰って来られないとも言われている魔境だ。

 その地域はバリエンテのガグン大森林、トラレンシアのセリャド火山、アレグリアのエニグマ島、リベルターのテメラリオ大空壁、そしてソレムネのプライア砂漠だ。


 特にソレムネのプライア砂漠は、ほとんど全域が危険領域に指定されているため、国土の4分の1近くが封鎖されている。

 その地域には肥沃なオアシスがあるという話だが、それでも多大過ぎる危険が付きまとうため、開発はおろか偵察隊も生きて帰ってきた者は少ないとの噂もある。

 そのためプライア砂漠はアントリオンの終焉種、アントリオン・エンプレスの縄張りと化しているそうだ。

 だからソレムネが大和君とプリムさんの存在を知れば、いかなる手段を用いてでも手に入れようと躍起になるだろうことは想像に難くない。

 ある意味では、翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネの比ではなくなるだろう。

 なにせアントリオンは、オークと同じランクの亜人なのだから。


「いや、その場合はアントリオン・エンプレスも倒すけど、同時にソレムネも潰しますけど?」

「他国の恩を仇で返すような国なんだし、そもそもソレムネが滅びれば、ギルドも再進出しやすくなるでしょうしね」


 冗談のように言う大和君とプリムさんだが、この2人がその気になれば、本当にソレムネが滅びることになる可能性が高いから笑えない。

 確かに私としてもその意見には賛成したいところだが、それでも国境を接しているわけではないので、アミスターに迷惑を掛けない限りは放置しておきたい気持ちの方が強い。


「これ、また領代が頭を抱えると思うんですけど、報告するんですか?」

「しないわけにはいかないだろう」


 リアラの疑問もわからなくもないが、報告しなかったらそっちも問題になる。

 なにせ私達は、全員が3つ以上レベルが上がっているのだ。

 私も4つ上がって、レベル51になってしまった。

 フィール最強オーダーのイリスさんもレベル52に、カルディナさんとグラムはレベル46、エレナとダートはレベル47、リアラはレベル48、そしてミューズさんはレベル56になっているし、それはホーリー・グレイブも同様だ。

 せっかくアライアンスを成功させたというのに、まさかこんな問題が湧いて出てくるとは夢にも思わなかった。


 ……待つんだ、私。

 我々のレベルが上がったということは、当然あの2人のレベルも上がっているはずだ。

 異常種や災害種のほとんど全てを倒し、さらには終焉種まで倒しているのだから、レベルが上がってないわけがない。


「大和、プリム。俺はレベルが53になっちまった。ファリスもレベル57だし、バークス達もレベル49になってる」

「……おめでとうございます」

「間があったってことは、俺の言いたいことも分かってるよな?」


 クリフさんが有無を言わせぬ圧力で、2人に問いかけている。

 疑問に思っていたのは、私だけではなかったか。

 それも当然だが。


「あたしはレベル67、大和はレベル71よ」


 渋々とプリムさんが答えたが、やはり上がっていたか。

 思ったより上がってない気もするが、それでも十分過ぎる。

 特に大和君は、グランド・ハンターズマスターしかいなかったMランクハンターになってしまうな。


「確か、突撃前まではレベル67とレベル63だったはずだから、倒した質の割には上がってないんだな」


 ダートの呟きに、全員が同意を示すように頷いた。

 彼らが倒したオークの数は、私達オーダーとホーリー・グレイブを合わせた数よりも多い。

 2人で3分の2は、確実に倒しているだろう。


 これからすぐに報告書を書き、ジェイドとフロライトを送還する際に持たせることになるんだが、果たして領代は、このデタラメな戦果を信じてくれるだろうか?

 いや、フィールに帰れば、終焉種を含む死体を見せることになるから、その時には嫌でも信じることになるか。

 特にフレデリカ侯爵は大和君の子を産み、その子が家督を継いだら結婚すると聞いているんだが、その話が決まったのは昨日のことだから、もしかしたら倒れられるかもしれない。


 かといって報告書を上げないわけにはいかないから、私は剣よりも重く感じるペンを持ち、アライアンスの内容を専用の報告書に記し始めることにした。

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