番犬の牙
Side・プリム
何とかフロライトとジェイドをなだめたあたし達は、後ろ髪ひかれる思いで牧場を後にした。
あんな悲しそうな声をあげながら心細そうな目をされたら、こっちの心がすっごく揺さぶられるからたまったもんじゃないわ。
なるべく早く、家を何とかしないと。
「それにしても、ジェイドもですけど、フロライトがすごく甘えん坊ですね」
「あんなことがあった以上当然なのかもしれないけど、あの仔の場合、元々の性格って気もするのよねぇ」
「まあ、甘えられて悪い気はしないけどな。それじゃハンターズギルドに……ってこの場合、依頼者んとこ行って報告するんだったか?」
「普通ならそうだし、ビスマルク伯爵とクラフターズギルドに依頼されたフェザー・ドレイクはそれでいいと思うわよ。あ、そういえば、グラス・ボアは狩ってないんだったっけか」
忘れてたけどクラフターズギルドからの依頼は、フェザー・ドレイクとグラス・ボアを狩れるだけ。
フェザー・ドレイクはビスマルク伯爵が優先ってことは伝えてあるし、緊急に必要ってわけじゃないから数が少なくても問題ないんだけど、グラス・ボアは食用でもあるから、急ぐに越したことはない。
それでもすぐに餓死者が出るとかっていう状況じゃないし、クラフターズギルドもマイライトにグラス・ボアがいないことは知ってるから、まずはフェザー・ドレイクだけでも納品するべきかしらね。
「そういえば、どれぐらい狩ってきたんですか?」
ミーナの疑問で、あたし達は何をどれぐらい狩ったのかを頭の中で整理した。
えーっとね……
「レイク・ビーが14匹、キラー・ビーがクイーンを含めて53匹、ウッド・ウルフが6匹、フォレスト・ディアーが5匹、オークが19匹、グラン・オークが8匹、フェザー・ドレイクが18匹、ウインガー・ドレイクが7匹、あとはサイレント・ビーとエビル・ドレイクだな」
よく覚えてるわね。
と思ったら、クエスティングで確認してたのね。
本人の記憶と魔力で記録されているから、討伐数の水増しも、討伐地点を偽ることもできないし、ハンターズギルドでも討伐報告や買取の際に必ず確認しているわ。
クエスティングの便利な所は、個人はもちろん、レイド単位でも確認できることね。
誰が、何を、どれだけ倒したのかが一目瞭然だから、分け前で揉める可能性もほとんどないし。
それでも文句を言ってくる奴はいるんだけど。
って、サイレント・ビーがいたの?
どこで倒したっけ?
「覚えてないか?キラー・ビー・クイーンと一緒にいたぞ。クイーンより一回り小さかったから、気付かなかったのかもしれないな」
ああ、キラー・ビーの巣にいたのね。
ってことは、あたし達が倒したサイレント・ビーは、キラー・ビーから進化したってことになるのか。
たまたま進行方向にキラー・ビーの巣があったから狩ることにしたんだけど、思ったより大物が狩れてたわね。
キラー・ビーの巣からは上質の蜂蜜が取れるし、錬金術なんかでも使うことが多いから、巣はかなり高値で買い取ってもらえるのよ。
あたし達としては蜂蜜狙いだったから巣は売るけど、蜂蜜は絶対に確保するつもり。
ちなみにキラー・ビーの巣は、直径5メートルはある球体状になってるから、蜂蜜だけでも相当な量が採れるわよ。
「思ったより多くの魔物を狩ってきてたんですね……。というかサイレント・ビーって、ハンターズギルドに討伐依頼があったはずですし、オーダーズギルドにも動けないか確認があったんですけど?」
そうなの?
だけどフィールからはかなり距離があるから、あたし達が狩ったサイレント・ビーとは別の個体なんじゃないかしら?
「大和、知ってる?」
「サイレント・ビーの討伐依頼があるのは知ってるが、場所は覚えてないな。だけどあんなとこにいる希少種の討伐依頼が出るとは思えないから、多分採掘場の近くにもいるんじゃないか?」
「はい。第三坑道の近くに森があるんですけど、そこに生息しているフォレスト・ビーから進化したと思われています」
採掘場の第三坑道か。
そういえば、確かに森が近かったわね。
今日ぐらいから鉱山が再開されるって話だし、危険は少しでも排除しとくべきだから、依頼になるのも当然の話だわ。
あれ?
ということはこのサイレント・ビーって、討伐報酬は貰えないってことよね?
もしかして無駄骨だった?
「無駄ってことはないだろ。それにキラー・ビーの巣にいたんだから、どっちにしても倒さないとだったしな。それに第三坑道って、こないだの件もあるから、しばらくは封鎖するって聞いた覚えがあるぞ」
ああ、そういえばそうだったわね。
マイライト採掘場には、
第一坑道を中心に、西に第二坑道、東に第三坑道ね。
だけど第二坑道は落盤事故があったから、封鎖されていたの。
今回は犯罪奴隷の関係で、第一坑道のみが再開されることになってるけど、第三坑道はレティセンシアのスパイが盗掘をしてたから、しばらくは調査のために封鎖することになっているわ。
だけど第一坑道だけだと、
その採掘場の近くに希少種がいるとなると、鉱夫の安全が確保されないし、安定して
近いうちに、フォレスト・ビーも含めて狩りに行くべきね。
「お2人が行ってくださるなら、オーダーズギルドとしても助かります」
オーダーズギルドは街の警備や治安維持もしなきゃいけないし、今はハンターの代わりに駆り出されてる人も多いから、すごい人手不足なのよ。
それもこれも、全部ハンターズマスターのせいね。
ハンター共々フィールを荒らしてるようにしか見えないし、それどころかレティセンシアのスパイっていう可能性が出てきたんだから。
昨日ビスマルク伯爵のワイバーンを借りて、フレデリカ侯爵の部下が王都に向かったはずだけど、今頃王都は大騒ぎでしょうね。
オーダーズギルドが領代に報告に行ってくれてるから、どこで報告するかはライナスさんに聞くとして、まずはエビル・ドレイクの討伐報告、その次にビスマルク伯爵の屋敷に行ってフェザー・ドレイクの納品、最後にクラフターズギルドでフェザー・ドレイクの納品と獣車の注文が無難かな。
「大和さん、プリムさん!あれを見てください!」
なんてことを考えていると、ミーナが小さく声を上げた。
器用なことするわね。
「なんだ……ってあれは!」
大和も驚いてるけど、それはあたしも同じ。
なにしろハンターズギルドの前で絡まれてるのは、あたし達がプラダ村で出会ったウルフィーの少年とウンディーネの姉妹だったんだから。
青みがかった黒髪ショートで胸も大きい方が姉で、同じく青みがかった黒髪のセミロングで控えめなサイズの胸が妹だったわね。
「どう見ても絡まれてる、って言うか無理やり連れて行かれそうになってるな」
「普通ならどっちに非があるか考えるところなんだけど、絡んでるのはあいつらだから、その必要はないわね」
「ああ。プリムはミーナを頼む。いい加減鬱陶しいから、速攻で片付けてくるよ」
プラダ村の子達に絡んでるのは、魔銀亭で絡んできたことがあるケルベロス・ファングっていうレイドね。
フィールどころかアミスター内で見ても最大級の規模で、所属ハンターも多いんだけど、ハンターズマスターの護衛についてるレイドと協力関係にあるから、その時点でバカかクズかが確定してるわ。
実際、あの子達に絡んでる時点で救いがないし。
「仕方ないわね。絶対にあの子達にケガさせないでよ?」
「当たり前だろ」
あ、大和がミラー・リングを生成してるわ。
腕輪だから目立ちにくいし、刻印術の精度と強度が飛躍的に上昇するから、本気で潰す気満々ね。
いいことだわ。
Side・大和
「おい、俺の知り合いに何してんだ?」
「ああん?何言って……て、てめえはっ!」
「マイライトに行ってるはずじゃなかったのか!?」
俺が声をかけたら、プラダ村の子達に手を出そうとしていたクズどもが、目を見開いて驚いた。
俺とプリムがマイライトに行くことは別に秘密でもないし、ギルドや街中でも普通に話しながら歩いてたから、こいつらが知っていても別に不思議じゃない。
驚いてるのはマイライトに行ったはずの俺達が、たった1日でフィールに戻ってきていたことだ。
「おかげさんで、そっちでの用はもう全部終わったよ」
軽く皮肉を交えながら答えてやると、何人かはそれがわかったようで思いっきり嫌そうな顔をした。
「で、俺の知り合いを、どこに連れてこうってんだ?」
連中、ケルベロス・ファングのプライドを傷つけたようだが、そんなことは知ったことじゃない。
そもそもハンターとしてのプライドがあるなら、依頼を受けずとも魔物を狩る。
もちろん無償でっていうのは色々とキツいから、倒した魔物はハンターズギルドでしっかりと買い取ってもらう。
さらに依頼が出ていれば、その分の報酬もきっちり頂くぞ。
だがこいつらは狩りにも出ない、街の人に迷惑をかける、そのくせ文句だけは一人前と、救いようがない。
そんな連中のプライドを考える必要なんて、どこにもない。
「て、てめえの知り合いだと?」
「そう言ってるだろ。たった3人に、そんな大人数で取り囲んでどこかに連れて行こうってんだから、当然相応の理由があるんだろうな?」
フィジカリングとマナリングを使いながらガンを飛ばす。
何人かがビビッて腰抜かしたようだが、それでも追及を緩めるつもりはない。
「なるほど、さすがにレベル57のGランクだね。だけどね、こいつらがあたいらにケンカを売ったのは事実なのさ。見てみなよ、あれを」
リーダーの女が首を振った。
その視線の先にいるのは、右腕を抑えて蹲っている男だ。
「つまりこの3人が先にあの男にケガをさせたから、その報復ってことか?」
「遠からずってとこだね。あいつの治療費ぐらいは出させて、ついでにあたいらにケンカ売ったことを後悔しながら、奴隷にでもなってもらおうと思ってるのさ」
この時点で3人に非がないことが確定したな。
そもそもケンカでケガをした場合でも、ハンターなら自己責任の範囲でしかない。
そのたびに奴隷なんかになってたりしたら、すぐにハンターはいなくなる。
あの男がケガをしたのは予想外だったのかもしれないが、それでも合法的とはとても言えない。
「お前らの言い分はわかった。じゃあ聞くが、なんでこの3人がケンカを売ったってことになってるんだ?俺達もスネーク・バイトに絡まれた経験があるが、お前らが先に、新人ハンターをカモにしようとして返り討ちにあった、ってのが真相なんじゃないのか?」
「仮にそうだとして、なんであんたが出てくるのさ?」
「知り合いだって言っただろ。そもそもそんなことでいちいち奴隷になってたら、ハンターなんてすぐにいなくなる。度を越せば話は別だが、単なるケンカならオーダーズギルドだって関与しないし、完全に自己責任だ。今回もその範疇だろうが」
「知ったことじゃないさ。それにこの3人は納得してるんだから、あんたが手を出してきたら犯罪者になるのはそっちだよ?」
「違います!私達、奴隷になるなんて聞いてません!」
どうしようもない理屈だと思っていたら、姉妹の姉の方、フラムが声を上げた。
予想通りだったが、やっぱり不法奴隷にしようって魂胆だったか。
「だそうだが?」
「今更怖気づくんじゃないよ。それにあいつのケガ、どうしてくれるってのさ?これであいつは、しばらく狩りにもいけなくなっちまったし、街を守ることもできなくなっちまったんだよ?」
「そ、それは……」
これは禁句だ。
フラムはフィールの現状を知らないから口ごもったが、俺達からすればこの一言が何の意味もないことをよく知っている。
「笑わせるなよ?狩りにもいけないって、どの口が言ってやがるんだ?それに奴隷になるってことを了承してるわけじゃないんだから、犯罪者になるのはお前らの方だよ」
「あたいらに、そんな心配は無用さ。なにせハンターズマスターから、直々にお達しをもらってるんだからね。ほら、さっさと歩きなよ。あんたも動くんじゃないよ?この子の可愛い顔に、一生消えない傷が残ることになるんだからね」
フラムに剣を突き付けながら、話は終わりだとばかりに立ち去ろうとしているが、そんなことを許すつもりはない。
俺は無言でニブルヘイムを発動させて、ケルベロス・ファングを氷らせて意識を奪い、3人を解放した。
街の中だからこの程度で済ませたが、そうじゃなかったら粉々に砕いてたかもしれないな。
「ミーナ、聞いたよな?これってどっちが犯罪者になるんだ?」
「もちろんケルベロス・ファングです。それにおそらく、彼らに協力している奴隷商人もいるはずですから、そちらも捕らえます」
オーダーズギルドの仕事をまた増やしてしまったが、今度差し入れでも持って行って謝ろう。
さすがにハンターズギルドの前だから、オーダーズギルドも動きが早い。
事情を説明すると、すぐにケルベロス・ファングを捕縛して、隷属の魔導具を使って尋問を行い、ミーナが予想した奴隷商人を探すことになったそうだ。
後日、その奴隷商人は捕まり、フィールで手に入れた不法奴隷をレティセンシアに送っていたことがわかった。
グリーン・ファングやブラック・フェンリルがいるのにどうやってと思ったが、採掘場第三坑道よりさらに東に、魔物が寄り付かない地域があるらしい。
もちろんそこに着くまでに襲われる可能性はあるが、そこはかなり大きな広場となっていて、さらには洞窟もあるそうだから人目に付きにくい。
第三坑道で盗掘を行っていた連中からも同じ情報が得られたから、そこがレティセンシアの拠点になっているみたいだ。
レティセンシアに送られた後は、いくつかの奴隷商人が買い取り、そこから売られているそうだが、買い手は判明しているため、正式に国王の名で、レティセンシアに引き渡しを要求することになるらしい。
その奴隷商人は、厳しい取り調べを受けた後、フィールで公開処刑された。
俺としても、近場に敵の前線基地があるってのは面白くないから、近日中に潰すことは確定したな。
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