領代からの依頼

Side・プリム


「こ、これがブラック・フェンリル……!」

「闇色の巨体に漆黒の牙と爪……。こんな化け物が、フィールの近郊にいたというのか……」

「しかもグリーン・ファングを2匹も従えて……。フィールはもちろん、エモシオンやプラダ村もよく無事で……」


 レックスさんの話を聞いた3人の領代が、取るものとりあえずとばかりに、慌ててハンターズギルドに駆けつけたということで、あたし達は鑑定室に移動した。


 あたし達の姿を見るなり、領代はものすごい剣幕で詰め寄ってきたけど、大和がストレージからブラック・フェンリルとグリーン・ファング、ウインド・ウルフ、グリーン・ウルフ、そしてグラス・ウルフの死体を取り出すと、その顔は恐怖で塗りつぶされた。

 災害種なんて滅多に見られないんだから、死体でもこの反応はおかしくはないわね。


 名前は上から、綺麗な銀髪を、ショートで切り揃えている、ダークエルフのフレデリカ・アマティスタ侯爵。

 20歳前後ぐらいかしらね。


 線が細い体系をしている、ヒューマンのアーキライト・ディアマンテ子爵。

 この人は30代っぽい。


 茶色いロングヘアーをしている、アルディリーのソフィア・トゥルマリナ伯爵。

 この人が一番年長で、多分40歳は超えてるわね。

 だけど尻尾はフカフカしてて、触ったら気持ちよさそうだわ。


 あ、フレデリカ侯爵とソフィア伯爵は女性よ。

 領代は三人の貴族が指名されるけど、侯爵、伯爵、子爵から1人ずつってことになってるみたい。


「ウインド・ウルフの死体も9匹もあるし、グリーン・ウルフにグラス・ウルフも合わせると100匹を超えてやがる……。こんなとんでもない数の群れを、たった2人で殲滅するとはな……」

「ええ……。これほどの群れとなれば、我々オーダーズギルドが決死の覚悟で挑んでも、勝てるかどうか……」


 ライナスさんに同意するように呟いた女性オーダーがオーダーズギルドのサブ・オーダーズマスターで、ハイオーガのローズマリー・トライハイトさん。

 オーガにしては背が低くて、多分ミーナより少し高い程度なんだけど、オーダーズマスターのレックスさんの恋人でもあるそうよ。


 グラス・ウルフは一度に倒した数じゃないけど、エモシオンからフィールまでの間に、何度も襲ってきたから、結果的にこんな数になっただけなのよね。


「確かにオーダーズマスターの言う通り、これは緊急事態だわ。大至急、王都にも連絡をいれないと」

「ですがフレデリカ侯爵、私が所有していたワイバーンは殺されてしまい、ハンターズギルドが所有しているワイバーンは、現在ハンターズマスターが使用しています。そうなると、陸路で行くしかありませんが?」


 アーキライト子爵って、ワイバーン持ってたのね。

 だけど殺されたってことは、使われたら困るっていうことになる。

 十中八九、犯人はハンターズマスターでしょうけど、それぐらいは子爵も気が付いているでしょうし、捜査もしてるでしょうね。


「そうするしかないでしょう。そもそもハンターズギルドのワイバーンだって、理由をつけて私達に使わせなかったんですから、アーキライト子爵のワイバーンがいなくなってしまった今、誰かがワイバーンでフィールに来るのを待つか、陸路で報告に向かうかしか方法がありません。鳥では不安が残りますから」

「とすると護衛は、オーダーズギルドから派遣してもらうことになりますね」


 ソフィア伯爵が、遠回しにハンターが信用できないって言ってるけど、フィールのハンターって今まで何してたのよ?

 ここまで嫌われるなんて、相当よ?


「それについては、本当に申し訳ない」

「ライナス殿の責任ではありませんよ。この状況を誘発したのはハンターズマスターですから、責任は全てハンターズマスターにあると思っています。とは言っても、陛下からアレグリアのハンターズギルド総本部に、抗議の書簡を送られることにはなるでしょうが」

「それは当然です。何しろ、信頼関係を壊すようなことをしでかしていたんですから」


 やっぱり領代もライナスさんも、アーキライト子爵のワイバーンを殺したのがハンターズマスターだって疑ってるわね。

 まあ、当然か。

 フィールどころか、エモシオンやプラダ村まで滅びかねない状況だったのに、意図的にその状況を作り出したと言っても過言じゃないんだから、普通に国家騒乱罪が適用されるわ。


「それから申し訳ないついでにもう1つ。この2人は先程ハンター登録をしたんだが、査察官付きにさせてもらいました。フィールの状況はわかっているし、この2人なら護衛としても申し分ないことはわかっているんだが、俺としてもこのことを総本部に伝えなけりゃならないし、何よりあの男を排除しなけりゃ、またこんな事態が引き起こされる可能性がありますのでね」

「それも仕方ないでしょうね。今ライナス殿の身に何かあれば、ハンターズマスターの身柄を拘束できなくなる可能性がある。Sランクハンターであるライナス殿ならば滅多なことはないだろうが、それを言うならハンターズマスターもSランクなのだから」

「しかもハンターズマスターはもちろん、護衛のハンターも、何人かハイクラスに進化していたはずです。私達に手を出せばアミスターそのものが敵になりますが、アレグリア本部から派遣されているライナス殿はその限りではありません」


 あー、そっか。

 ライナスさんはアレグリア公国出身みたいだから、アミスターとは直接関係がないわね。

 ということは下手に追い詰めると、ライナスさんを狙ってくる可能性があるかもしれないわ。


「だけど、彼らに依頼を出すのは構わないんでしょう?」

「それは当然ですが、泊りがけの依頼を出す場合は、こちらのアプリコット夫人の身の安全を保障しなければなりません。そうだな?」

「ええ。元々大和を雇ったのは、母様の護衛をお願いするためですし、それは今も継続中です。本来はそこまでお願いするつもりはなかったのですが、フィールの状況が予想外に悪すぎるので、あたし達としても依頼を受けたら、オーダーズギルドに母様のことを頼む必要があるんじゃないかと思っていました」


 大和にお願いした護衛は、フィールに到着して、ハンター登録をした時点で終了になる。


 だけど、フィールがこんなことになってたなんて思ってもいなかったから、大和が自分から依頼の延長を申し出てくれたの。

 正確には依頼じゃなくて好意になるんだけど、あたしとしても母様としても、すごくありがたかったわ。


「なるほど、理由はわかりました。そういうことなら、アマティスタ侯爵家の客人としてお迎えさせていただきます」

「よろしいのですか?」

「ええ。Gランクハンターと縁ができるという下心もありますけど、フィールを救ってくれた英雄のお母様なのですから、私達にとっても重要人物です。そうですよね、ソフィア伯爵、アーキライト子爵?」

「無論です。我がディアマンテ子爵家も、アプリコット夫人の安全については、アマティスタ侯爵家に協力いたします」

「トゥルマリナ伯爵家も同様です。それにアプリコット様に何かあれば、今回の件以上の悲劇が訪れる可能性もありますからね」


 領代の申し出は、私にとっても母様にとってもすごくありがたい。

 だけど簡単に受け入れてしまえば、下手をすればバリエンテとの間で戦争が始まってしまう。

 だからこそ、受けるわけにはいかない。


「お申し出はとてもありがたいのですが、私達は……」

「事情があるのは存じていますよ、ハイドランシア公爵夫人」

「ご、ご存知だったのですか?」

「私だけではなく、ソフィア伯爵もアーキライト子爵も知っています」


 心臓が止まるかと思ったわ。

 まさか領代が、ハイドランシア公爵家のことを知ってたなんて。


「バリエンテの現状は、我々にとっても看過できませんからな。ですからワイバーンを有する我がディアマンテ子爵家が、幾度かバリエンテの情勢を調査していたのです。そして先日、ハイドランシア公爵が処刑され、奥方と御令嬢が行方不明になられたという情報を得ました。どこに向かわれているのかまではわかりませんでしたが、御令嬢が我が国の第二王女殿下と親しい間柄という話は有名です。ですからお2人は、アミスターに来られると思っておりました」

「ってことは皆さん、プリムがフォクシーの翼族ってことだけで、2人がハイドランシア公爵家の人間だって見抜いたんですか?」


 大和も驚いてるけど、あたしとしてはいつか見破られるんじゃないかって思ってたわ。

 フォクシーの翼族はあたしを含めて2人いるけど、もう1人の毛色は黄色だから、どっちがどっちかはすぐにわかる。

 だけどこんなに早く見抜かれるなんて、ちょっと想定外だったわね。


「それだけではありませんけどね。もっとも私達としては、お2人は王都に向かわれると思っていました。しかも今のフィールはこのような状況ですから、こちらに向かわれる可能性はほとんどないと思っていたのですよ」


 それはそうでしょうね。

 ブラック・フェンリルは情報がなかったけど、グリーン・ファングは噂があったし、何よりオーダーズマスター自らが確認している。

 なのにその話はハンターズマスターが握りつぶしてたわけだから、そんな噂があれば、普通ならフィールに行こうなんて考えない。


 だけどあたし達は、絶対ってわけじゃないけど倒せると思ってたし、追っ手を撒くのにも都合がよかったから、フィール以外の選択肢は考えられなかった。

 実際はハンターズマスターが情報を握りつぶしてたばかりか、ブラック・フェンリルまでいたわけだけど。


「ですが私達を受け入れてしまえば、バリエンテとの国際問題になってしまいます。ですからしばらくはフィールでひっそりと過ごそうと思っていたのですが……」

「お気持ちはわかりますが、あなたはこちらのプリムローズ嬢の母君でもあられる。そのプリムローズ嬢がフォクシーの翼族でありGランクハンターである以上、今のフィールの状況では、何かしらの問題に巻き込まれてしまう可能性が高い。そしてその問題は、フィールどころかアミスターの存続を左右する可能性すらあるのです」

「それにバリエンテの圧政は、アミスターにまで聞こえてきています。状況次第では、陛下はオーダーズギルドを動かされるでしょうね」

「つまりアミスターとしても、2人を受け入れることで情報が手に入るし、俺達っていうGランクハンターと縁ができることになるから、メリットとしては十分ってことですか?」

「そうなるわね。それに王女殿下のこともあるから、悪いようにはしないつもりよ」


 好意だけだったら、多分信じられなかったでしょう。

 だけど確かに情報はメリットになるし、2人のGランクハンターと縁ができると考えれば悪い話でもない、ということね。


「わかりました。そういうことでしたら御厄介になります、フレデリカ侯爵、ソフィア伯爵、アーキライト子爵」

「お任せください」


 領代の3人が、話の分かる人で助かったわね。


「ライナス殿、大和殿とプリムローズ嬢だが、今のランクはどうなっているのですか?」

「カミナ、頼む」

「はい。グリーン・ウルフとグラス・ウルフは討伐依頼があり、達成条件は3匹の討伐です。お2人が狩られたグラス・ウルフは113匹、グリーン・ウルフは26匹ですが、条件は同一種を3匹になりますので、達成回数は合計で65回といった扱いになります。また、ブラック・フェンリル、グリーン・ファング、ウインド・ウルフに関してですが、こちらは討伐依頼はありませんが、過去の事例と照らし合わせると、緊急依頼達成と同じ扱いになります。これだけの数の依頼を達成し、異常種、災害種までも倒されたわけですから、実力、経験共に不足しているとは考えられません。ですからハンターズギルドとしては、十分にGランクの資格ありと判断できます」

「ということですので、サブ・ハンターズマスターとしての権限で、2人のランクはただ今をもって、G-TランクからGランクへ昇格となりますな」


 いいの?

 あたしとしては、上がるとしてもG-BかG-Sランクぐらいだと思ってたんだけど?

 なんか大和も驚いてるわね。

 気持ちはわかるわよ。


「ちょ、ちょっと待て、おっさん!」

「誰がおっさんだ!俺はまだ35だぞ!」

「十分おっさんだろ!そうじゃなくてだな!」


 大和に同意するわ。

 35って思ったより若いけど、それでもあたし達からしたら、十分におじさんよ。


「俺達、さっき登録したばかりだぞ!ランクは必ずTランクからスタートして、魔物を狩ったり依頼をこなしたりすれば、レベルに応じたランクに上がることになってるが、一気に上がるんじゃなくて段階的に上がることになってるだろ!なのにそんな、特例みたいなことしていいのかよ!?」

「いいんだよ。これだって前例はあるんだからな」

「い、いや……確かハンターの人格とかそっち方面も調べてからでないと、Gランク以上には上がれないって話があっただろ!?俺達はたった今登録したばかりなのに、なんで上がってるんだよ!?」


 そういえばそうだったわ。

 バカどもが高ランクにならないための規定なんだけど、それでも今までの素行とかで判断されることが多いし、何よりそんなバカどもは頑張ってもSランクがせいぜいだから、完全に忘れてたわ。


「俺が問題ないと判断したから問題ない。これも査察官権限だな」

「……」


 大和が黙らされたわ。

 あたしとしては嬉しいけど、簡単に査察官権限を使わないでほしいわね。


「そういうことなら、こちらとしても助かる。安心して指名依頼を出せるからな」


 アーキライト子爵が心底安心したって顔してるけど、どういうことなの?

 というか、他の領代2人も納得顔してるじゃない。

 こっちとしては、すっごく不安になるんですけど?


「指名依頼ですか?もちろん依頼を出すのは自由ですから構いませんが、何かありましたか?」

「ええ。これは私も先程報告を受けたので、まだライナス殿もご存知ではないでしょうが、部下がグリーン・ファングとは別の異常種を確認しました」

「なっ!?」

「なんですって!?」


 ちょっと待ってよ!

 別の異常種!?

 この短期間で複数種の異常種が確認されるなんて、聞いたことないわよ!


「……それで、種族は?」

「エビル・ドレイクです。場所はマイライト山脈の北部。ここからは距離がありますが、部下の報告ではかなりの巨体だったと」

「エビル……ドレイクですって?」


 あたしも絶句した。

 なんてもんが生まれてるのよ!

 これなら、グリーン・ファングの方が可愛いじゃないの!


「なあプリム、エビル・ドレイクって何なんだ?」


 一瞬イラッときたけど、客人まれびとの大和は知らなくても無理ないか。


「マイライト山脈には、フェザー・ドレイクっていう亜竜が生息してるんだけど、エビル・ドレイクは、そのフェザー・ドレイクの異常種になるの。ランクはブラック・フェンリルと同じだけど、亜種とはいえドラゴンだから、ブラック・フェンリルより厄介かもしれないわ」

「ドラゴンの亜種?そりゃ確かに厄介だな。となると、相応の準備が必要か」

「そうなるわね。少なくとも魔銀ミスリルの武器を買わないと、傷1つつけられない可能性が高いわ」


 あたしの持ってる槍は、ザックで買ったアイアンスピア。

 大和は同じく、ザックで買ったアイアンソードだけ。

 大和はマルチ・エッジを生成することができるから何とかなるだろうけど、あたしは多分無理。

 マナリングやフレイム・アームズ、極炎の翼を使えばいけるかもしれないけど、多分武器が持たない。

 だから魔銀ミスリルの武器は、絶対に必要だわ。


 ロングスピア?

 極炎の翼を使ってグリーン・ファングを倒した後で、穂先がボロボロに崩れ落ちちゃったのよ。


「確かに、武器は必要だな。だが幸いと言うべきか、場所がマイライト北部ってことなら、フィールからでもそれなりの距離がある」

「ええ。詳細な調査は必要ですが、喫緊というわけではない」


 話を聞く限りだと、目撃地点まではベール湖を迂回する必要があるわね。

 それにあたし達がいれば、万が一フィールを襲ってきたとしても、迎撃できるって考えてるみたいだわ。

 もちろんあたしとしてもそのつもりだけど、なるべく早く倒すに越したことはないか。


「確かにそうでしょうけど、この2人が長期間フィールを空けることになる可能性もあるわけですから、早めに討伐するに越したことはないはずでは?」

「はい、それは確かにフレデリカ侯爵のおっしゃる通りです。ですが現状を鑑みるに、しばらくは難しいでしょう。そうですね、ライナス殿?」

「面目次第もないですが、その通りです。ハンターズギルドの依頼が滞りまくってるし、ブラック・フェンリルにグリーン・ファングが討伐された以上、トレーダーも動き出すでしょうな」


 アーキライト子爵とライナスさんの説明に、その場の全員が納得していた。


「いや、おっさん。依頼が滞ってるってどういうことだよ?」


 大和が口を開くけど、納得できてないわけじゃなくて、確認のためにって感じね。


「さっきも説明したが、今フィールにいるハンターどもは全く狩りにいかねえからな。ここ半月程で達成された依頼は……何件だった?」

「8件です。それもゴブリンやグラス・ウルフの討伐だけで、しかも偶発的な遭遇戦だったようですから、全体的に見れば、ほとんど意味はありません」


 半月で達成された依頼がたったの8件って、いくらなんでもひどすぎるわ。

 いくらハンターズマスターが容認したからって、限度ってものがあるでしょうに。


「それ、滞ってるっていうレベルなのか?言っちゃなんだが、ハンターズギルドの根幹に関わる問題な気がするんだが?」

「んなこたぁわかってんだよ。だから俺やカミナはもちろん、他にもそれなりのレベルの職員が依頼をこなしてんだからな」

「ハンター登録をされているオーダーの方にも、優先度の高い依頼をお願いして、何とか場を凌いでいるところでもあります」


 大和のツッコミに、ライナスさんとカミナさんが申し訳なさそうに答えた。


 確かにアミスターは、王家もどこかのギルドに登録することを義務付けられているから、ハンター登録してるオーダーがいても不思議じゃないけど、オーダーはアミスター騎士団だから公職ってことになるし、だからこそ動きにくいところはあるでしょう。


 話を聞く限りじゃ、オーダーズギルドが一番被害を被ってる感じね。

 もちろん領代やフィールの人はもちろん、ハンターズギルドの職員も、多くが迷惑してるんでしょうけど。


「ってことは、俺とプリムにエビル・ドレイクの討伐を依頼したいけど、前提問題として細々とした依頼が多すぎるから、そっちを優先的に片してもらいたい、と?」

「そういうことになるわね。幸いにもウルフ種は、あなた達が大量に討伐してくれたから大丈夫だと思うけど、ゴブリンやオークもそれなりの数がいるから、少しでも数を減らしたいところなのよ」

「特に、採掘場に巣食っているゴブリンね。鉱夫の安全のためにも調査はしなきゃいけないし、再開させるためにも一掃しなきゃいけないから、優先度は高いわ」


 採掘場にゴブリンって、けっこうヤバめじゃない。


 マイライト山脈の採掘場はフィールの南にあるんだけど、半月ぐらい前にゴブリン達に襲われたそうで、その際に鉱夫として働いていた犯罪奴隷のほとんどが犠牲になり、監督官も重傷を負ったらしいわ。

 だから当然ハンターズギルドには、採掘場に巣食うゴブリンの討伐依頼を出している。

 だけど依頼を受けたのはフィール出身のハンターだけで、1人として生きて帰ってこなかったそうなの。


「1人も帰ってこなかったって、もしかしてゴブリンにも、異常種が生まれてたりするとか?」

「否定はできないが、その依頼の日以降、ハンターの態度が露骨なまでに変化したから、我々としてはハンターズマスターの関与を疑っている」

「どういうこと?」


 ちょっと待って、フィール出身のハンターが全員死んで、それからハンターの態度が変わったってことは、まさかフィールのハンター達って、今いるチンピラ達に殺されたかもしれないってことなの?


「あくまでも可能性だけどね。だけどハンターズマスターがハンターの問題行動を容認したのもそれからだから、全くの無関係ということはないと思う」


 でしょうね。

 というか、普通に考えれば関係してるに決まってる。

 もちろんゴブリンの希少種なり異常種なりが生まれてて、そのせいでフィールのハンターが全滅したっていう可能性もないわけじゃない。

 まあ、結果がどうであったとしても、ハンターズマスターの責任は問われるし、だからこそライナスさんが査察官として派遣されてきてるんだろうけど。


「じゃああたし達には、採掘場のゴブリン討伐、マイライトのエビル・ドレイクの調査、及び討伐を依頼したいってこと?」

「他にも、食材になる魔物の調達ね。そちらはオーダーズギルドも動いてくれているけど、治安の問題もあるから、早めにお願いしたいのよ」


 食材ね。

 グラス・ウルフにグリーン・ウルフは大量にあるけど、ウルフの肉はあんまり美味しくない。

 グリーン・ファングやブラック・フェンリルともなればすごく美味しいんだろうけど、そっちはいかんせん、数が足りないのよね。

 この辺りだと、どんな魔物が無難なのかしら?


「フィールでよく食べられるのはグラス・ボアにホーン・ラビット、ブルーレイク・ブルってとこだな。もっとも、グラス・ボアとホーン・ラビットがどうなってるかはわからんが」


 でしょうね。

 普通にウルフ種達のご飯じゃないの。

 いくら魔物が繁殖力に優れていて、すぐに数が増えるっていったって、さすがに今回は微妙だわ。

 となると残るのはブルーレイク・ブルだけど、確か湖に住んでる魔物で、水中でも自在に活動できる、んだったっけ?


「また面倒な。となると優先順位は食材確保、採掘場解放、エビル・ドレイク討伐ってことになるか」


 大和の言う通り、面倒よね。

 食材確保ってだけじゃなく、街道の安全確保にもつながるから、魔物を狩るのは構わないんだけど、街道と湖は近いようでいて遠いから、移動するだけでもけっこう手間。

 それに加えて、採掘場も1時間ほどかかる距離があるし、エビル・ドレイクの調査に至っては何日かかるかわかったものじゃない。


 それをたった2人でやれなんて、普通なら無茶もいいところだわ。


「ごめんなさいね。でもその分、報酬ははずませてもらうわ」


 フレデリカ侯爵が申し訳なさそうな顔をしてくるけど、侯爵達も今まで大変だったわけだし、報酬もしっかり出してくれるわけだし、ここはやるしかないか。


「食材確保はハンターズギルドの常設依頼のようなものだけど、今は緊急性も高いから……そうね、一月ほどは買取価格の2割ほどを報酬に加算させてもらうって感じかしら?」

「それが無難でしょうね。マイライト採掘場の解放については、どれ程の数のゴブリンがいるかはわかりませんが、わかっている限りでは30匹以上です。また2人の武器も、おそらくブラック・フェンリルやグリーン・ファングとの戦闘で使い物にならなくなっているでしょうから、予備も含めて武器を3本ずつ、それも先に渡しておくべきでしょう」


 フレデリカ侯爵とソフィア伯爵が、報酬を提案してくれるけど、食材についてはあたしも異存はない。

 マイライト採掘場の解放についても、先に武器を用意してもらえるのはありがたいし、すごく助かるわ。

 実際あたしのロングスピアはグリーン・ファングとの戦闘後に穂先から崩れ落ちたし、大和のアイアンソードも刃毀れがすごすぎて使い物にならなくなってるのよ。


「ではエビル・ドレイク討伐の報酬は、このフィールでも一番と言われている鍛冶師が作る、オーダーメイドの武器ではどうだろうか?」


 だけど一番嬉しいのは、アーキライト子爵の提案した報酬ね。


 指名依頼の報酬については、ランクによって最低限の金額が提示されているから、今提案されてる報酬は追加報酬になるの。

 Gランクの報酬は最低でも10万エルだから、さすがにそれだけじゃ足りないし、こっちとしても安易に受けちゃったりしたら問題になるのよ。

 まあ、あたしもこれがハンターとしての初依頼だから、そこまで詳しくはないんだけど、以前父様がそんなことを言ってたわ。


 アーキライト子爵の提案が一番嬉しい理由は、ハイクラスに進化すると魔力が増大するんだけど、その分、武器や防具への負担も大きくなってしまうからなの。


 魔物にも、モンスターズランクっていうランクがある。

 ギルドと同じ鉱物名のランクなんだけど、魔物は種類も多いし、上位種や異常種なんかもいるから、その分細分化もされているわ。

 通常種がノーマル(N)、上位種がアッパー(U)、希少種がレア(R)、異常種がイレギュラー(I)、災害種がカタストロフ(C)、そして終焉種がアポカリプス(A)。

 グリーン・ファングやブラック・フェンリルなんかを例に出すと、グラス・ウルフはI-N、グリーン・ウルフはC-U、ウインド・ウルフはB-R、グリーン・ファングはS-I、ブラック・フェンリルはG-Cランクになるわね。

 上位種は通常種より若干手強い、希少種はかなり手強いっていう認識だけど、異常種ともなると最低でも1ランク上、災害種は2ランク上相当っていう扱いになってるから、グリーン・ファングはGランク、ブラック・フェンリルなんてMランク以上ってことになる。

 あ、終焉種は例外で、全てOランクだから除外してるわよ。


 1ランク以上も上位の存在として扱われる異常種や災害種は、当然だけど魔力量も多い。

 だから魔石も大きくて綺麗な物が多いんだけど、その魔力は魔物の体内にも流れているから、直接魔物に触れることの多い武器なんかはその魔力に蝕まれて、早ければ戦闘終了を待たずに朽ち落ちることも珍しくない。

 そうでなくても魔力による疲労で、戦闘後には使い物にならなくなるわ。

 だからハンターやオーダーは、必ず予備の武器を、いくつも持ち歩いているの。

 自分の魔力で、武器が駄目になることもあるからね。


 オーダーメイドの武器は、使い手の魔力に合わせた鍛え方や調整をしてくれるから、普通の店売り品よりも使い勝手がよく、魔力疲労なんかもある程度は緩和できるの。

 だからハイクラスに進化すると、大抵のハンターやオーダーは、鍛冶師と専属で契約することも珍しくはないって聞いてるわ。


 そのオーダーメイドの武器をフィール1の鍛冶師が打ってくれるってことなら、その武器は店売りの数打ち品より一段も二段も、いえ、それ以上の性能って言っても過言じゃない。

 ある意味じゃ、一番嬉しい報酬だわ。


「そりゃありがたいですね。元々フィールに来たら、俺達好みの武器を作ってくれる鍛冶師を探すつもりだったんですよ。それがフィールで一番っていう鍛冶師なら、俺としては言うことはないです」

「あたしも同意見だわ」

「助かる。今日はもう店を閉めているだろうから、明日その鍛冶師を紹介しよう」


 確かにもう夕食の時間だし、ハンターどもが仕事をしてないんなら、お店を開けてる意味もないでしょうからね。


「アーキライト子爵、よろしいでしょうか?」


 レックスさんが割り込んできた。

 レックスさん、ローズマリーさん、ミーナの3人はオーダーという立場だから、あまり口を挟まなかったの。

 オーダーも魔物を狩ることはあるから、一緒に来た部下がブラック・フェンリルとグリーン・ファングの死体を徹底的に調査してるし、そっちの確認もしてたんだけどね。


「どうかしたのか?」

「はい。その鍛冶師ですが、アルベルト師で間違いはありませんか?」

「無論だ。アルベルト師は間違いなく、アミスター1の鍛冶師だからな」

「でしたらこの後、私が案内させていただきます。アルベルト工房とは個人的に親しく付き合っていますし、彼のお孫さんの恋人は、妹の友人でもありますから」


 そういえば、ミーナが知り合いの店を紹介してくれるって言ってたけど、その工房のことだったのね。

 工房の主の孫の恋人の友人ってことだけど、その人も工房で働いてるのかしら?


「そうなのか。では、すまないが頼む。こういうことは、早いに越したことはないからな」

「はっ」


 どうやらこの後、そのアルベルト工房ってことに行くことになったみたいだわ。

 母様はフレデリカ侯爵の所に行くことになったし、あたしと大和はどうしようかしらね?

 あたし達までフレデリカ侯爵家に厄介になる、と色々と問題が起きるのは確定だから、それだけは避けたいわ。

 後でミーナに、お勧めの宿でも聞いてみようかしらね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る