7.勝負にならない負け上手 2



「氷が溶けると薄まるのがなんか好きじゃない」


「前に味はそんなに拘ってないって言ってませんでしたっけ」


「味に対する拘りはそんなにないよ。豆の名前も積極的には覚えてないし。でもそれはそれ、これはこれ」


「そういうもんですか」


「言ってる私も『なんか好きじゃない』ってだけで明確に嫌いなわけじゃないんだけど。ただ、いざ選ぶとなるとそれがふっと頭をよぎって選択肢から外してしまうんだな」


「アイスコーヒーを選べない呪いでもかけられてるのでは…」


「いやいや実際注文したこともあるよ。今日だってアイスにしようと…まあ、自分で払うのは癪だなという気持ちは…」


「あるんですね」


「うぅん…」


 決意の揺らいだ新田が腕を組んで眉根を寄せた顔で俯く。これは今日もホットコーヒーを飲みそうだな、と思いながらその様子を眺めていると、彼女は何を思い付いたのか、ぽんと手を打って顔を上げた。


「不二くん、帰りのフタバを賭けてひとつゲームをしないか」


「あ、もう行くのは確定なんですね」


「行かないのかい?」


「行きますけど。そんなに払いたくないんですか」


「うん」


 間髪入れない即答にぼそりと小さく呟く。


「素直にホットコーヒー飲めばいいのに…」


「なにか言ったかい?」


「いいえなんにも。で、勝負の方法は?」


 新田はかばんから手帳を取り出し、何かさらさらと書きつけて閉じるとふたりの目線の高さにかざした。


「今この部屋の中にある本から一冊選んでタイトルをここに書いた。それを当てたらキミの勝ち、今日は私のおごりだ」


「で、当てられなかったら僕の負け、先輩に奢ると。これあまりにも僕に不利過ぎません?」


「もちろんノーヒント一発勝負とまでは言わないよ。そうだな…」


 ちらりと時計に視線を向ける。もうすぐ下校時刻だ。


「ヒントとして質問を受け付けよう。制限時間内ならどんな質問にも答えるよ。ただしわかってると思うけど作品のタイトル、作者の名前、置いてある場所については無しだ。なお制限時間は5分。これ以上は下校時刻に引っかかるからね」


「なるほど。時間内なら何回答えてもいいんですか?」


「さすがにそれはちょっと。うーん、2回、だと少ないかな?でも3回だとなあ」


「ですよね。じゃあ2回までは僕の勝ち、3回目は引き分けでどうでしょう」


「引き分けか、その発想は無かったな。いいよ、それでいこう」


「あ、質問をはぐらかしたりわざと返事に時間をかけたりしないでくださいよ」


「わかってるよ。時間制限を設けたのはこっちだからね、牛歩戦術なんてしないさ。それじゃあ秒針が0から。3、2、1…スタートだ」


 手帳を指先に摘まんで弄びながら彼女は笑った。不敵に、冷笑的に。

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