7.勝負にならない負け上手 3
「はい、行きますよー。じゃあ…まず、本のジャンルは?」
「純文学だよ」
妥当なところかな。図鑑とか辞典って言われると候補が少な過ぎるから、先輩もそんな本は選ばないだろう。
「純文学…文高連の四季報みたいな複数ジャンルにわたる本は含まないって判断でいいですか?」
「んー、そうだね、含まない。純文学として分類出来る一冊の本だ」
これは予想していた通りの返事で念押しでしかない。まあもし予想を外して四季報を含むって言われたらかなりお手上げだったけど。
「その本は最近読みました?」
「少なくとも新学期に入ってから君の前で読んでいたことがある」
先輩がどんな本を読んでいるかいつも気にしてるわけじゃないけど、新学期に入ってからなら見た覚えがあるかも知れないな。もっと具体的な日付を聞くべきだろうか。いや、例えば5月2日に読んだって具体的に言われてもどうせ僕の方が思い出せないだろうし、あんまり意味がない。
「さて、1分経ったよ」
新田がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら時間を告げる。
「わかってますから、煽らないでくださいよ」
言い捨てるように純文学の棚の前へ駆けていく。部屋の中ならどこに居ても声は届くのだし、なるべく本が目に入るところにいたほうが閃きもあるかも知れない。
「ええと、そうだな、表紙の色とか」
「濃い目のえんじ色。カバーは掛かっていないよ」
これは大きなヒントだ。特定の色でカバーの掛かってない本なんてそんなにないだろう。これは結構絞り込めるはず。さらに新学期以降に見てる可能性もあるわけだから、現物を見れば一発で特定できるかも知れない。
そう考えた不二だったが、すぐに己の甘さに落胆することになった。その書棚の一角にはカバーの掛かっていないえんじ色の本がずらりと並んでいたからだ。
「文藝集学社の純文学シリーズ…」
確か現時点で50巻か60巻か刊行されているシリーズだ。さすが先輩、見た目だけで当てさせてくれるような甘いゲームではなかった。この中にあるのは確かだろうけれど、この数では当てずっぽうで選んでもほとんど当たりの目はない。
「先輩、作者の名前は無しって言いましたよね。性別は聞いてもいいですよねっ」
焦りと興奮で少し語調が強まるが、そんなことでいちいち怯むような先輩ではない。
「男性」
「作品の舞台はっ」
「んー、この国だよ。さて、そろそろ2分だ」
「作中の年代っ」
「開国直前の数年だよ」
並んでいる本の背表紙に目を通し、ここまでの条件に合う作品を絞り込む。わかる範囲で対象は4冊。もしかすると見落としがあるかも知れないし、これ以上質問を掘り下げようにも、候補の作品の内容を大して覚えていない。
部室内の蔵書くらいもう少し真面目に目を通しておけばよかったと悔やんだところでまさに後悔先に立たずだ。
もしかするとこれも、もう少し真面目に本を読むように促そうとして前々から機会を伺われていたのかも知れない。
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