6.未知との遭遇:性癖編 2

「その手のひとって断っても結構食い下がるイメージありますけど」


「うん、結構食い下がられた」


「やっぱり…」


「正直気持ち悪いと思いつつ妥協して踏もうかとも一瞬考えたんだけど」


「頑なに拒否したんですね」


 ですよね。先輩も一応普通の女の子だったんですね。などと思っている不二の心中に反して新田は言葉を続けた。


「いや、そこはそうでもない」


「ええ…どういうことです?」


「確かにほぼ見ず知らずの後輩ひとり、よくわからないが踏んで満足するのであれば踏んであげても気持ち悪いとはいえそれだけの話だし、とは思ったよ。野良犬に噛まれたどころかちょっと追っかけられた程度の出来事さ」


「それはそれで怖いですね」


「まあ校舎裏で人目も無かったし思い返してみると結構怖かったと言えなくもない。ともあれ」


「ともあれ」


「わかってないことすらわかっていないなら仕方がないけれど、わかっていないとわかっているのにわからないまま相手の要求を飲むのが癪だった」


「なるほどもう少し簡潔にお願いします」


「すまない。自分だけその行為の意味を理解しないまま相手の要求を飲むのが癪だった」


「あっはい」


 また踏まれそうなので、そういうとこ偏屈ですよね!とは口にしなかった。


「なので私は答えを出す前にいくつか彼に質問して意見を交わしてみた。彼の求める【踏む】という行為は突き詰めればただのコミュニケーション形式のひとつに過ぎない。ならば当人の見解やそこに内在する感情をヒアリングして解析出来れば自分の感覚に落とし込めるんじゃないかと思ってね」


「ぶっちゃけ言いますけど変態相手にそこまでする必要あります?」


「全ての根源は理解と再構築だよ。訳のわからないモノでも理を識り分けて見極め己なりに組み直せれば賛否はさておき血肉にはなる。不愉快なものを盲目的に拒否するのは確かに楽だが私の趣味ではないかな」


 理解した結果新田がうっかり新しい趣味に目覚めるのではないかと、そちらのほうがよほど心配な不二である。


「なるほど…で、収穫はあったんですか?」


「私の理解が正しいかどうかはわからないけれど、とにかくハグやキスのような性的意味合いを含む行為のだなということがわかった」


「それはまあ、そうでしょうね」


「土下座や卑屈な態度は本人たちにしてみれば真剣に愛を囁いているようなものだということもわかった」


「なるほど気持ち悪い」


 忌憚ない意見だった。新田は肩を竦めて続ける。


「私もまったくもってその通りの感想なのだけれど、かといって蔑みも嘲りも彼らにしてみれば貴重な賜り物でこちらが期待するような効果は見込めない。むしろ不用意な発言は無意味どころか一方的に満足されて、私としては気に入らないことこの上ないわけだよ」


 ずいぶん力説する彼女を見ていてふと疑問が口を衝いて出る。


「もしかしていつもそんなことばっかり考えて生きてるんですか」


「そうだよ」


 即答だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る