5.父の日に見る昨日と明日と 2
若干八つ当たり気味な指摘に、彼女の癇に障らない程度を計ったおふざけで返す。
「よろしい」
若干緊張の緩んだ新田の反応に(今のはちょっと危なかったかな)などと思いながらしっかり扉を閉めると、窓際にある新田の前の席、といっても彼女はいつも窓のある壁に背を預けて横向きに座っているので前というよりは隣の席になるのだが、そこにかばんを置いて腰を下ろした。
「また水溜りにハマったんですか?」
新田に倣って壁に背を預けるように座ると、当然新田本人より椅子の上に放り出されている生足のほうが目につく。
「ぐ…少し染みた程度だよ」
彼女は遠回しに肯定して几帳面に爪を手入れされた指先をにぎにぎと動かしながら溜息を吐く。
「先輩結構うっかりさんですからね」
「うっかりさんって言うな」
「ええ、可愛いじゃないですか」
「そういうところに可愛さを求めなくてもよろしい」
「じゃあどこならいいんですか」
僅か一瞬の長い沈黙。仏頂面と視線が合う。
「それは自分で考えたまえ」
「あっはい」
新田はわざとらしく咳払いをすると教卓の上に置かれているポットを指さす。
「そんなことより不二くん。来たばかりですまないがコーヒーを入れてくれるかい」
裸足の足先をひらひらと主張する。要するに歩きたくないらしい。
「はあ、まあいいですけど」
不二は立ち上がると言われるままに教卓に向かい、ふたりのマグカップにインスタントコーヒーを入れてポットから湯を注ぐ。
「コーヒーメーカーでもあればもうちょっと美味しいコーヒーが飲めるのだろうけどね」
「僕はインスタントでも普通に美味しいと思いますけど」
コーヒーチェーン店フタバのロゴが入ったマグカップをふたつ持って戻ってくると片方を新田に差し出して自分の席に座り直す。
「あーでも、確かに兄さんの淹れたコーヒーは美味しかったな」
「お兄さんがいるのだっけ」
「はい。カフェで働いてるからそういうの得意なんですよ。先日父の日に帰ってきて父さんにコーヒーを淹れてたのを一緒に飲みました」
「へえ、それはいいね。是非私もご相伴に預かりたいものだ」
不二は一瞬手を止めて空想を巡らせる。
「それはちょっと難しいかな…」
「ほう、どうしてまた」
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