5.父の日に見る昨日と明日と 3

「兄弟なんで顔は僕にそっくりなんですけど、凄く偏屈なんですよね。先輩とは反りが合わないと思います」


「君は偏屈ではないと」


「兄さんに比べたら僕は天使ですよ」


「それは人類とコミュニケーションが取れるタイプのポ〇モンなのかい?」


「驚くべきことに就職してますし結婚もしてますね」


「どこから驚いていいか迷うな…」


「迷うならとりあえず先に僕に謝ってくれてもいいんですよ」


「あ、うんすまない」


 正直なところ何を謝ったのかもよくわからないまま雑な謝罪の言葉を口にする。


「わかっていただければそれで。そういえば…」


 わからないまま話は流れて行った。


「先輩はお父さんになにか贈ったんですか?」


 何気ない話題繋ぎのつもりだったが、新田はまさに鳩が豆鉄砲でも食ったようなきょとんとした顔で不二の顔を見ている。


「どうしました?まさか父の日を忘れていたとか」


「いや、そういうわけではないのだけれど…ふむ。どういったものかな」


 悩む、というよりは考え込んでしまった新田のことは置いておいてコーヒーをすする。

 しばしの静寂。

 不二が黙って待ちながら、この時間は小腹も空くしお茶請けが欲しいな、などと考えていると、とくに前触れもなく新田が口を開いた。


「私に戸籍上の父親は居ない」


 今度は不二が豆鉄砲を食う番だった。


「あ、えーと…亡くなられた、とか」


 予想外のことにしどろもどろに口を開いた不二に対して、新田は俯き加減で上目遣いに表情を浮かべた。不敵で、冷笑的な。


「いや、そのままの意味だよ。聞きたいかい?」


 放課後なんとなくする話題としてはあまりにもセンシティブだ。夏休みに朝顔を植えようと思って庭を掘ったら不発弾が出てきたみたいな気軽さと重さだ。バランスが悪過ぎる。

 不二はしばし迷ったが、その顔を見て結局こくりと頷いた。彼女が、新田が喋りたそうな顔をしていたから。

 なんだかんだで一年以上ほぼ毎日顔を合わせている仲である。その辺りの機微は察しつつあった。

 それに一年以上ほぼ毎日顔を合わせている仲である、にも関わらず、新田は今まで自分の家族や家庭について一度も触れたことがなかった。女子の先輩の家庭構成を詮索するのはなんとなく憚られたこともあり不二から聞いたのもこれが初めてだったが、もしここで引いたらこんな機会は二度と来ないかも知れない。


「先輩が良いなら是非」


 彼女はその言葉に頷くとコーヒーをひと口啜って息を吐く。


「私の遺伝子上の父親はこの国の人間だが、この国には住んでいない。彼は…」

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