4.読書に向かない雨模様 5
「ま、まあ、誰だってこのくらいはやっているだろう」
よほど予期していなかった話題なのだろうか。先輩の返事に歯切れの悪さを感じて不二が調子付く。
「そんなことないですよ。僕から見てもパサパサな髪の子とか結構いますからね。じっくり見れば詳しくなくたって手入れがされてるかどうかくらいわかりますよ」
「いやまず女子の髪をじっくり見るんじゃない」
「そうは言われてもドライヤー係に任命したのは先輩でしょ。先輩の頭を見ずにどこを見るっていうんですか」
「おのれ気の利かない正論を」
「それに先輩からこんないい匂いがするとは思いませんでした」
「匂いって、ちょ、やめるんだ嗅ぐんじゃない。キミが今女の子の匂いだと錯覚しているそれはただのシャンプーやコンディショナーの匂いでしかないぞ」
「ついでに味もみておこう」
「冗談でも私の女子力の結晶を唾液塗れにしようとしてみたまえ、ただでは済まさないよ」
狼狽気味な声をあげる先輩が面白くてつい勢いに乗ってしまったが、声のトーンがスッと下がったことを感じて肝のほうもスッと冷える。
「スミマセンチョウシニノリマシタ」
間髪入れずに両手をあげて謝ると、彼女は相変わらず振り返りもしないまま大きく溜息を吐いた。
「まったく」
「冗談ですって冗談」
「いいやあれはやる男の目だったね」
「先輩こっち見てないですよね」
振り返ることなくすいっと片手が鼻先に近づいて来たので仰け反って避ける。
「ちっ、そのよく回る舌を引っこ抜いてあげるからそこに直りたまえ」
「ちょっとやめてくださいよそんな簡単に抜けたり生えたりしないです」
新田は諦め切れず少しのあいだ宙を掻いていたが、振り向きもせずに届くのは無理だと悟ったのか、また大きなため息を吐いて手を引っ込めた。
「やれやれ。晴耕雨読という言葉もあるというのに、おちおち本も読んでいられないな」
「それどっちかというと僕の台詞だし先輩が本を読んでられないのは運が悪いっていうかほとんど先輩のうっかりが原因ですよね」
「ひとをうっかりさんみたいに言うのはやめるんだ」
「ええ。いいじゃないですか可愛いですよ」
「…」
「…」
「まったく」
新田は三度目の大きなため息を吐いて髪を結び始める。
「おちおち本も読んでいられないな」
その声は妙に小さくて。結局三つ編みを結び終わるまで彼女が振り返ることはなかった。
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