第165話 結婚式の意味と受け継がれる意志

 女神アフロディーテが祀られているディオネでは、一週間にも及ぶ女神降臨祭は既に始まっており、世界各国から集まった多くの人で賑わいを見せている。中には貴族らしき人達の姿もチラホラと見える。

 結婚式の前日となるこの日、アルたちはディオネへとやって来ていた。当日ともなれば、主役の二人はあまり身動きが取れないため、今日のうちに見物をしておこうと町を練り歩く。


「すごい賑わいですね。さすがは女神お義母様です」


「……ちょっと理解が追い付かない点が有るんだが……」


 アルが一際繁盛している二つの屋台を見て頭を抱える。


「ええっと、女神様の人形焼……ああ、なるほど。お姿を可愛らしくデフォルメしてあるんですねぇ。あちらは女神様の写真三枚一セット……どちらもすごい人気みたいですね」


「……っていうか人形焼って食べるんだろ?それってどうなんだ?」


「お義母様はそんなこと気にされないんじゃないんでしょうか。楽しければいいみたいな……アルさんは嫌なんですか?」


「……人形焼はともかくとして、自分の母親の写真を他人が買っていくのを見るのはキツイ……しかも買ってみないと中身が分からないって、何種類撮ったんだよ……」


「ディオネは女神信仰の盛んな町ですからね。それに外から来られている方も、少なからず信仰をお持ちのはずですし、みなさんが買われるのは当然だと思いますよ?それこそお守りのようなものかもしれませんね」


 セアラから出たお守りという言葉に、アルは俯いていた顔を上げる。その黒い瞳には、ハイエルフの特徴である瑠璃色の瞳が映り込む。


「お守り、か……作るの大変だったな……」


「はい、さすがに疲れちゃいましたね。我ながら無謀でした」


 アルに同意したセアラが、苦笑しながら頬をポリポリと掻く。

 ラピスラズリとオニキスを使ったお返しに決めた二人は、前日までひたすらその作成に追われていた。

 結局、お返しはブレスレット状のアミュレット。魔法を使って丸く成型した二つの石を二人に見立て、紐を通しただけの簡単なものだった。

 時間が無かったことと、手が込んだものでなくて良いので、自分たちで作りたいというセアラたっての希望を叶えた結果だった。

 とはいえ二人がしっかりと魔力を流し込んで保護しているため、よほどのことがない限り、壊れるようなことはない代物となった。


「いや、お世話になった人たちに渡すものだからな、大変でも気持ちがこもった物が出来て良かったと思うよ」


「はい、喜んでいただけるといいですね」


 振り返り、リタの横で人形焼を頬張るシルを見て微笑むアル。そんな夫にセアラがそっと寄り添い、体重を預ける。


「アルさん、今更ですけど、結婚式、ありがとうございます。絶対にという訳ではなかったんですが、ウエディングドレスを着てアルさんの隣に立つのは夢でしたので」


「俺だってセアラのウエディングドレス姿を見たかったんだ。その口実みたいなもんだよ」


「ふふふっ、そうですか。じゃあ明日は楽しみにしていてくださいね?」


「ああ、期待しとくよ。本当は一緒に選びたかったんだが、メリッサなら悪いようにはしないだろうしな」


「あらら?随分メリッサを信頼してるんですねぇ?」


 珍しく意地悪な含みを持ったセアラの質問に、アルは口を尖らせる。


「……信頼っていうか客観的な事実だろ?」


 セアラは素直に信頼していると言えないアルを見てクスクスと笑う。

 ここでアルが指している事実。それはメリッサが手がけたセアラとシルのコーディネートで、アルが首を傾げたことは一度もないということ。要するに客観的どころか完全に主観。

 とは言え、アルは知らないが、メリッサに意見をもらいたいが為に店を訪れる客は後を絶たない。つまり客観的に見て、彼女が優秀なスタイリストであることは確かな事実。


「……あとはきちんと感謝を伝える場が欲しかった、ってところかな」


 唐突に告げられるアルの本心に、はっと顔を上げるセアラ。それでもその表情に戸惑いが表れることはなく、やがて穏やかな笑みだけが浮かぶ。


「はい、そうですよね……私たちは恵まれてます。ここまで本当に多くの人たちに助けていただきました」


「ああ、だから明日はしっかりと見てもらおう。集まってくれた人達のおかげで、こうして幸せになることができたっていうところを」


「はい」


(ふふっ、ホントに似たもの同士よねぇ。この世界を救った二人が、感謝を伝えたいだなんて……でも、それがあの子たちの偽らざる思いなのよね。だからあの子たちの周りには人が集まる)


 困っている人を助けるのは当たり前、自分たちが助けられたのなら感謝を忘れない。そんなアルとセアラの会話に聞き耳を立てていたリタが、思わずくすりと笑う。


「おばあちゃん、どうしたの?」


「ん〜?シルちゃんもパパとママみたいになるのかなぁって思ってね」


「うん、なるよ!」


 即答するシル。その迷いのない力強い言葉と、揺るぎない意志を感じさせる瞳。そこにアルとセアラによく似たものを感じ取るリタ。


(シルちゃん、あなたが思い描く未来はどんなカタチをしているのかしら?パパとママみたいになるっていうのはどういう意味?)


 その問いを飲み込んだリタは柔らかく微笑むと、シルの少しクセのある銀髪を優しく撫でる。


「そっか……じゃあたくさん頑張らないとね?私も応援するから」


「うん!!」

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