第164話 好きだから

「レイチェル、他のお客様もいるんだから」


 遠巻きに様子を見ていたトムが心配そうに駆け寄ってくると、レイチェルはむくれてフンと顔を背ける。

 本来はアルとセアラほどベッタリではないにしろ、決して夫婦仲が悪い訳では無い二人。むしろ幼なじみであるが故に、アルとセアラよりもお互いを知り尽くしていると言ってもいい。

 そんな二人のただならぬ様子に、セアラはオロオロと二人を見比べ、アルは予想通り過ぎる展開に嘆息する。


「アルさん、セアラさん、すみません。ここからは私もご一緒させていただきますので」


「それは構わないが……一体どうしたんだ?」


 アルがレイチェルに視線をやりながらトムに尋ねると、セアラも心配そうにコクコクと頷く。巻き込まれたくはないが、さすがにこの状況を見て見ぬふりなどできるはずもない。


「実は……」


 トムの話では、まずオールディス商会で天然石を使った新しい商品を作ろうという話になったとのこと。

 当初はトムとレイチェルの二人で新商品の開発を進めていたのだが、意見の相違が生まれ、挙句の果てにはレイチェルが自分の意見を押し通そうと、独断で素材を買い付けてきてしまったということだった。


「それでケンカになったということか……しかしなぁレイチェル……普通に考えてそれはさすがに不味いんじゃないのか……?」


「うぐぐ……」


「レイチェルさん、そんなに作りたいものがあったんですか?」


「……セアラさんのペンダントがどうしても作りたくて……」


「私の?これの事ですか?」


 セアラが胸元のペンダントを手のひらに乗せる。

 そのトップには、かつてアルがトムとレイチェルの護衛依頼の際に購入したラピスラズリが存在感を放つ。


「ふぅん、トムはなんでそれに反対したんだ?」


「まず今回の商品開発のコンセプトは、新たな顧客を獲得出来るものなんです。こういった天然石を使ったアクセサリーはそこまで高価では無いのですが、それでも購入される方は富裕層に限定されております」


「そうだろうな」


「要するにそれをつけていただく機会というものが無いんです。ですから、もっと多くの方に購入していただけるものとなりますと、普段使いしやすいものが理想です。ここで問題になるのが、ラピスラズリの硬度です」


「ああ、ラピスラズリは割れやすいんだったな」


「で、でも!セアラさんはいつもつけておられるじゃないですか」


 納得のいかないレイチェルが食い下がると、アルがふるふるとかぶりを振る。


「セアラの分には俺が硬化と状態保存の魔法をかけているからな。参考にはならないと思うぞ」


「だから言ったろ?多分そうだって。うちにはそんな強力な魔法をかけられる人なんて居ないんだぞ?」


「あうう……」


「あのう……レイチェルさん、そのラピスラズリってたくさんあるんですか?」


「はい……どうしましょう……向こう何十年分くらいの量を仕入れてしまいました……」


 完全にアテが外れたレイチェルが青い顔で頷くと、セアラは『大丈夫ですよ』と背中をさする。


「アルさん、それ、全部買いましょう!」


 突拍子も無い提案に、一同は目を見開いてセアラを見る。


「全部だって?そんなに買ってどうするんだ?」


「セアラさん、助けていただけるのはありがたいですが、本人の為になりませんのでお気持ちだけ……」


「そういったものではないですよ、結婚式のお返しに使いたいんです。ラピスラズリは私の瞳の色と同じですから、アルさんを思わせる石と組み合わせて何か作りましょう」


「……なるほど…………そういうことでしたら……アルさんの黒い瞳に合わせて、オニキスはどうでしょうか?どちらも悪いものを祓ってくれる力を持つ石ですから、ラピスラズリと組み合わせても相性は良いですし、十分お二人にちなんだものとも言えるかと」


「……いいな、ついでに俺とセアラで硬化と状態保存魔法を重ねがけをしようか」


「いいですね!それなら世界中で私たちしか用意できないものですから、きっと皆さんに喜んで頂けますよ!」


「うう……ありがどうございまずぅ……」


 レイチェルは絶望から一転して安堵したせいか、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらアルとセアラに頭を下げる。


「レイチェルさん、私たちはただ欲しいものが見つかって購入しただけですから、お礼なんて言わなくてもいいんです。それより、ほら」


 レイチェルはセアラに肩を抱かれて、トムに向き直る。


「あ、あの……ごめんなさい、もっとあなたの話をきちんと聞くべきでした……」


 深々と頭を下げるレイチェル。


「……行動力があるのは、昔から変わらないレイチェルのいい所だと思う。だけど今回のように、商会に損失を与えかねない行動はダメだからな?」


「はい、ごめんなさい。気をつけます……」


 しおらしく項垂れるレイチェルに、トムは溜飲を下げて柔らかい口調で続ける。


「とは言え、レイチェルの意見をもっと尊重するべきだったよ。セアラさんに絡めた商品っていうのは着眼点としては抜群にいい。なにせこの町の女性たちの憧れの存在だから、売れ行きも期待出来ると思うしね」


「あ、ありがとうっ!」


「ただしセアラさんの許可は必要だぞ?」


「う、うん。そうだよね」


 ひとまず二人の喧嘩が収束すると、レイチェルはトムに向かって何か言おうとしては、口ごもるといったことを何度か繰り返す。アルはそれを見ると、やれやれと頭を掻いて助け舟を出す。


「レイチェル、言わないといけないことがあるんだろ?」


 アルに背中を押され、レイチェルは再びトムに頭を下げ、一昨日の説明と謝罪をするのだった。



「♪~」


 オールディス商会からの帰路、セアラはアルに腕をからませ、ぴったりと寄り添って鼻歌交じりに道を進む。


「えらく上機嫌じゃないか、お返しが決まって肩の荷がおりたって感じか?」


「それもありますけど、私の旦那さんはやっぱり優しい人なんだなぁって」


 セアラが少し前に出てアルの顔を覗き込む。


「……そんな事ないだろ?」


 照れた表情を見られぬよう、アルがフイっと横を向く。


「ふふっ、そんな事ありますよ。だってあんなに渋っていたのに、しっかりお二人のフォローをされていたじゃないですか。私たちがいない場でしたら、こじれていたかもしれませんよ?」


「まぁ……なんとなくこうなるって予感はあったからな。リタさんに予め当日の様子を聞いておいてよかったよ。でもさ……レイチェルが素直に謝りたいって思うのも、トムが嫌そうな顔をするのも、許すのも、結局は好きだからなんだよな……なんて言うのかな……ああやって、そばにいるのが当たり前になるほど一緒に過ごして、それでも互いを好きでいられるっていうのはいいな」


「はい、お二人は小さい頃から今まで、それこそ四六時中一緒にいる間柄ですもんね。でも私だってアルさんのこと、ずっと好きでいられる自信がありますよ?」


 言葉通り、自信に満ち溢れた瑠璃色の瞳。不思議な力でも持っているかのように、アルの視線を惹き付ける。


「……ははっ、そうか。じゃあ俺もそれに甘えることがないように、頑張らないといけないな」


 照れ隠しの笑いとともに強引に視線を逸らすアル。セアラは柔らかく微笑んで、アルの頬に手を当て、もう一度視線を合わさせる。


「きっと私が甘えてくださいねと言っても、アルさんはそうやって言うんでしょうね。だからこの先もアルさんは私にとって、ずっとずっと世界で一番素敵な人です」


「セアラ……」


「そんなアルさんだから好きなんですけど……もっと気楽にのんびりしてくれていいんですよ?お金に困ってる訳でもないんですから」


「……のんびりか……」


 眉間に皺を寄せて悩むアル。セアラも一緒になってう〜んと唸る。


「そうですねぇ……手始めに週一で何もしない日、それこそソファから動かない日を作るとかどうですか?」


「それはそれで拷問のようなんだが……」


「アルさんはなんだかんだといつも動いてますもんねぇ」


「ああ、セアラに見捨てられないようにしないといけないからな」


「むぅ、信頼ないですねぇ……私はそばにいますよ?アルさんが嫌だと言っても、ずっとずっとず〜っと何百年でも」


 むくれた表情を見せるも、すぐに緩めて再びアルに寄り添うセアラ。

 そんな妻の言葉に、アルは苦笑してセアラが押し掛けてきた頃を思い出す。


「……セアラが俺のところに来てもう一年か。あの頃から変わらず、いつもそうやって真っ直ぐに気持ちを伝えてくれるよな」


「……一年前、お城から追放された時、私の心は不安で張り裂けそうでした。せめてもう一度だけでもアルさんに会いたい、この気持ちを伝えないまま死ぬなんて絶対に嫌だって思いました。だから今、こうしてアルさんに気持ちを伝えられることが嬉しいんです。好きな人に好きだって言える、好きな人にそれを真っ直ぐに受け止めてもらえる。私にとって、こんなに幸せなことはないんですよ」


「そうか……俺もセアラが好きだよ。俺にとってセアラは特別な存在で、いつも隣で笑ってくれて、支えてくれて本当に感謝してる。俺を好きになってくれて、そばにいてくれてありがとう」


「はい、どういたしまして」


 二人は少しだけ立ち止まると、顔を見合わせて微笑み合い、再び家路に着くのだった。




※おまけ


ーーーーー帰り道の会話ーーーーー


「アルさん、ちょっと変なことを聞いてもいいですか?」


「ああ、どうしたんだ?」


「え〜っと、これはあくまでも例え話なんですが……先程、アルさんにとって私が特別と言ってくださいましたが、もし、もしですよ?私と同じくらい特別な人から好きって言われたらどうします?あくまでも例え話なんですけどね?」


「セアラと同じくらい?」


「はい、同じくらい。例え話ですけど真剣に答えてくださいね」


「……?うぅん……まあ、セアラと同じくらいなら、きっと悩むんだろうなとは思うけど……多分、セアラに相談することになる……いや、それは流石に不味いよな……」


「いえ、全然大丈夫です!むしろ絶対に相談してください!!」


「お、おお……」


「絶対ですよ!?勝手に理ったらダメですからねっ!!」


「わ、分かったって……」

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