第156話 友人は選びましょう
「シル、もう来てたのか」
「あ!!パパっ!!」
アルの姿を見つけると、ぱあっと笑顔の花を咲かせ、とととっと小走りで駆け寄るシル。そのまま抱きつくかと思いきや、三歩手前で急制動をかけてくるりと回ってみせる。
「どうかなぁ、こういう服はあんまり着ないから変じゃないかな?」
口ではそう言いながらも、よほど気に入っているのであろうことはシルの態度から一目瞭然だった。
「ああ、よく似合ってるよ。シルには黒が似合うって思いこんでいたけれど、そういう服も可愛くていいな。今度また一緒に服を見に行こうか」
「うん!!えへへっ、ありがとう!」
「ん……?もしかして……化粧をしているのか?」
「うんっ!!今日はねっ、メリッサさんにちょっとだけお化粧してもらったんだよっ」
化粧と言っても軽くチークを入れて、リップを塗ったくらい。その僅かな変化に気付いてもらえたシルは、尻尾を忙しなく動かしながらアルの右腕にぎゅっとしがみつく。
「道理で少し大人っぽくなったと思ったよ」
やや誇張気味に褒めるアルの言葉に、シルは満足そうに『んふふ』と笑う。
「アルさん、ほら、褒めるのはもちろん大切ですけど、折角ですからアレを使わないと!」
「ん?ああ、そうだったな」
アルがカメラを取り出すと、レンズに当たる部分を不思議そうにシルが覗き込む。
「パパ、それなぁに?」
「ああ、これはカメラっていう魔道具でな……説明するより見せた方が早いか」
アルがシルに向かってシャッターを切ると、すぐさま小首を傾げるシルの写真が印刷されて出てくる。
「ほら、こうして残したい場面を写真って言う物にすることが出来るんだよ」
「へぇ〜!!すごいねぇ!!」
シルが出来上がった写真を見て耳をぴょこぴょこと動かす。
「これで毎年写真を撮れば、シルがどんな風に成長していったかの記録を残せるだろ?」
「うん、そうだね!!でも私だけじゃなくてパパもママも毎年一緒に撮ろうよ!」
「ああ、ところでセアラはどうしたんだ?」
「ママならお着替えしてるよ」
「着替え?なんで?」
「パパがママに着て欲しいって言ったんでしょ?これ」
シルが嬉しげに自分のなりきりセットを指差すと、アルは全てを察して腕組みをしているレイチェルに抗議の意味を込めた目を向ける。
「……おい」
「まあまあ、せっかくのシルちゃんの誕生日なんですから、そんなふうに怒ったらダメですよ?それにアルさんだってちょっとは見てみたいって思ってるんじゃないですか?」
お見通しですよとばかりに悪戯っぽく笑うレイチェル。
「まあ少しは……」
「あ、ママだ!」
ギルドから出てきたセアラを見て、シルは目を輝かせる。
「ア、アルさん……これ……すごく恥ずかしいんですけど……」
シルのアイコンとも言える、少しクセのあるショートカットの銀髪に猫耳、目には赤のカラコン。服装は上が白シャツに黒のパーカーを重ね着し、下は尻尾の付いた黒いショートパンツ。シルが着れば可愛らしく見えるが、普段のセアラからすると露出が多く、白い頬が上気していた。
「……ああ、だろうな」
両手で必死に隠そうとしているものの、セアラの白く健康的な太ももが視界に飛び込んでくると、アルは直視できずに思わず目をそらす。
どう考えても、着てほしいと言った割にはあまりにもアルの反応が薄い。疑惑を確信へと変えたセアラがばっと振り返ると、笑いを堪えているメリッサが目に入る。
「あ〜もう!やっぱりっ!!騙したのねぇ!」
「あはは!ホントにセアラってアルさんの為にっていうのに弱いわねぇ?でもよく似合ってるわよ、アルさんだってそう思いますよね?」
「……似合っているもなにも……ここまでやったらほぼ別人だろ……と言うかこれ……」
「ひゃあっ!」
アルがセアラが付けている猫耳と尻尾をむんずと掴むと、ただでさえ赤い頬がいっそう上気する。
「あ、すまん……もしかして魔道具なのか?」
「さっすがアルさんですね!装着した者が魔力を流すことにより、自在に動かすことができますし、触れられた感覚も得られるんですよ!!もはや大ヒット間違いなしの自信作です!」
「こんなものメリッサとレイチェルに作れる代物じゃないだろ……」
「ふふふ、私たちはあくまでアイデア出しがメイン、それだけ我が組織には人材が豊富ということなのですよ」
謎の強キャラ感を醸し出すメリッサを黙殺し、アルがまじまじとセアラとシルの顔を見比べると、セアラの頬がいっそう赤く染る。
「……でもこうして改めて見ると、セアラとシルの顔立ちはよく似てるし……案外シルが大きくなったらこんな感じなのかもな」
「そ、そうでしょうか……?」
「じゃあさっ!私がおっきくなって、ママみたいな格好すれば……」
「ああ、きっとセアラのようになれるんじゃないか?たくさん食べて寝て大きくならないとな」
本音を言ってしまえば、ケット・シーは種族特性で小柄な者が多く、シルの実の両親からしても残念ながら体型は似ないと思われる。それでもアルは期待を込めて、笑いながらシルの頭をポンポンと叩く。
「そっかぁ〜、早く大きくなって、ママみたいになりたいなぁ」
自分のようになりたいと純粋な眼差しを向けてくれる娘に、セアラは恥ずかしさも忘れて赤くなった頬を緩め、シルの銀髪をさらりと撫でる。
「ありがとう。でも私はもうちょっとシルには子供でいて欲しいかなぁ。シルが子供のうちに、もっともっと家族の思い出を増やしておきたいもの」
「え〜、おっきくなっても私はパパとママと一緒にいるよ?」
口をとがらせ、不満気にぷくっと頬を膨らませるシル。そしてその頬を両手で優しく包むセアラ。
「ふふ、そっか。だけどシルが子供なのは今のうちだけでしょ?大人になったら二度と子供には戻れないんだもの。だから、ね?」
「う〜ん、それもそっかぁ……あ!そうだ!シャシンとってよ!パパ」
「シャシン?シャシンってなんですか?」
アルが再びシルにしたものと同じ説明をする。
「はぁ~、こんなものがあったなんて、さすが魔族は魔道具が進んでいるんですねぇ……それでも家族そろっての写真となると、誰かに撮ってもらわないと難しくないですか?」
「はいはーい!!私!私がやる!!今日一日、専属カメラマンになる!!」
「メリッサが?カメラなんて扱えるのか?」
「アルさん、誰にものを言っているんですか!?ここにあるシルちゃんの写真、大半はメリッサさんが撮ったんですからねっ!!今では商会の誰よりも使いこなしてますよ」
「いや、それはおかしいだろ……」
「おかしくないですよ?私は仕事柄、この瞬間が一番見栄えがするって言うのが分かるんですから」
胸を張るメリッサ。そこでようやくシルが自分の写真が大量にあることに気付いて手に取る。
「ふわぁ、メリッサお姉ちゃん、こんなのいつの間に撮ってたの?私、全然気付かなかったよ?」
「うぐっ……そ、それは仕方ないのよ?自然なままの姿を撮った方がいい写真になるから」
「えぇ〜?私はもっと可愛くしてるところを撮ってもらった方がいいよ?でも……私の写真なんかどうするの?」
「そ、それはその……誕生日パーティーを盛り上げるためというか……」
「ほ、ほら、今日の主役はこの子だよ~って知ってもらうために必要なの!写真があった方が分かりやすいでしょ?」
美少女のキラキラとした純な視線に射貫かれ、罪悪感で締め付けられる胸を押さえながらメリッサとレイチェルが誤魔化すと、シルは『そうなんだ』と一応の納得を見せる。
「……セアラ、こんなことはあまり言いたくはないが、友人は選んだ方がいいぞ」
「二人にもいいところは一杯あるんですよ、と言いたいところですが……この状況では信頼性ゼロですね……」
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