第153話 見守られて、愛されて

「呼び止めて悪かったな、アル。時間も無えし、早速本題に入らせてもらおうか」


「まあ別に構わないが……改まってどうしたんだ?何か厄介事でもあったのか?」


 アルがいつものようにギルドに顔を出すと、ギルドマスターのギデオンから呼び止められ、二階の執務室へと連れてこられていた。

 こういった場合、並の者では達成が難しい依頼、訳アリの依頼を振られることが多いのだが、いつもよりも神妙なその面持ちに、アルも思わず身構える。


「明後日はシルちゃんの誕生日パーティーなんだろ?ここでやれよ」


 唐突な提案、というよりも命令に固まるアル。


「おい、聞いてんのか?」


「……何が悲しくて娘の誕生日パーティーを、こんなむさ苦しいとこでやらなくちゃいけないんだ」


「つれねえこと言うんじゃねぇよ、お前だってうちの連中がシルちゃんを可愛がってるのは知ってるだろ?一緒に祝ってやりたいと思うのは当然だと思わねえか?シルちゃんだって喜ぶだろうよ」


 解体場で働きつつ、ギルドでは治療院まで開設しているシル。聖女だけあって治療の腕は申し分無く、冒険者たちからも慕われているので、ギデオンの提案もあながち突拍子も無いこととは言えない。


「だからってなぁ……」


「よし、じゃあシルちゃんに了解を取れば文句ねぇだろ?」


「なんでそんなに必死なんだよ……」


 アルの怪訝な目を受けたギデオンが、意味有りげに懐に手を伸ばす。


「実はな……最近ファンクラブっつうか、『シルちゃんを見守る会』が出来てな?」


「は?セアラに続いてシルもかよ……ってまさか」


「おおよ、俺も会員で、しかも会員ナンバーは一桁だぜ?つうことで俺が栄えある交渉役を任されたって訳だ」


 シルの銀髪にちなんだのか、銀色の立派な会員証を見せびらかすギデオンに、アルは頭を抱えて嘆息する。


「ご丁寧にこんなモノまで作りやがって……」


「おっと、羨ましくてもお前は会員になれねぇぞ?」


「ならねぇよ……しかしそうか……シルはそんなに人気があるんだな……」


 複雑な表情で会員証を裏返したりしながら、まじまじと眺めるアル。


「まあセアラとは違う意味でだけどな。あっちのファンクラブはお前がいることもあって、遠目から見守ることがメイン。対してうちは俺を含めて娘みたいに可愛がってるって感じだな。治療院が終わった後は、よくここで茶を飲んで行くんだぜ?」


「ちょっと待て、まさか二人きりってことはないだろうな?」


「違ぇよ、ったくお前は心配性だな。決まって受付のアンかナディアのどっちかが同席してる。菓子をあげると可愛いんだぜ?まだ仕事が有るからって口一杯に頬張ってな、猫妖精ケット・シーなのにリスみたいでよ」


「……アンタからシルのそんな話を聞くことになるとはな……」


 想像すれば確かに可愛らしい姿が容易に思い浮かぶ。しかしアルはいかつい熊獣人のオッサンからシルの可愛さを熱弁され、そこはかとない犯罪臭と気持ち悪さを感じるが、そこには言及せずに何度目かのため息をつく。


「でもよ、シルちゃんは変わったよな。解体場で働き出した時は、いつもアルとセアラの後ろに隠れておっかなびっくりって感じで俺らも話し掛けづらかったんだが、今じゃ荒くれの前だろうが堂々としたもんだ。アイツら子供に懐かれることなんてねぇからな、あっという間に骨抜きにされちまったって訳だ」


 ソファに身を預け、感慨深げにギデオンが語ると、アルはうつむき加減で乾いた笑いを返す。


「……仕方が無かったとはいえ、ソルエールでは文字通り最前線に引っ張り出してしまったからな……それに比べれば怖いものなんて何も無いってことだろ」


「確かにそうかもしれねぇ。だけどな、それだけじゃねぇと思うぜ?俺が思うによ、シルちゃんはお前らの娘として恥ずかしくないようにって頑張ってるんじゃねぇか?」


「それを言うなら聖女だろ?」


「シルちゃんにとっちゃ、自分が聖女なんてのは大したことじゃねぇんだ。お前らの娘って方が遥かに自慢出来ることなんだよ。その証拠に、いつもここでお前らの話を披露してくれるぜ?」


 ギデオンのニヤニヤとした表情で全てを察したアルが眉間をつまむ。


「まぁ俺としては誰にも話すつもりはねぇんだが……ちょっと酒でも飲んで舌が滑らかになっちまったら、ついポロッと言っちまうかもしれねぇなぁ」


 手札をチラつかせるギデオンだが、アルはシルの前では一応節度を守っているという自信はある。恐らくは両親が仲睦まじいところを自慢しているだけだとは推測出来る。

 とは言え、二人の自宅での様子を言いふらされるのが面白くないのもまた事実。


「はぁ……分かったよ。シルとセアラには俺の方から話をしておく」


「おっしゃ、そうこなくっちゃな!!おいてめえら、聞いてたなっ!早速準備に取り掛かりやがれっ!!」


 部屋の扉がバァンと開かれ、ギデオンに負けず劣らずいかつい冒険者たちがなだれ込んでくる。


「よく言ったぞ、アル!」


「俺らが最高の誕生日パーティーにしてやるからな!楽しみにしておけよ」


「大船に乗ったつもりでいろよっ!!」


「お前ら酒飲んで騒ぐだけだろ、不安しかないんだが……」


 もはや聞き耳を立てていたことに突っ込む余力も無く、アルが冷めた目で見返すと、ふんと鼻を鳴らす冒険者たち。


「おいおい、あんまり俺らを甘く見んじゃねえよ。今回の主役はシルちゃんなんだ、主役を蔑ろにするわけねえだろ?『シルちゃんを見守る会』の会員は冒険者だけじゃねえし、女も多い。そいつらの言うことを聞けば間違いねぇって寸法だ」


「正直俺らにゃ分からんからな、言われるがままに準備するだけよ。って事で早速取り掛かるぜ」


「……情けないことを自信満々に言いやがって……結局、頼りになるんだかならないんだか、どっちなんだ……」


 ゾロゾロと出ていく冒険者たちを見送りながらアルがボソリと呟くと、ギデオンはガハハと豪快に笑う。


「まあ適材適所ってやつだな。アルも協力してくれよ?」


「ああ、分かってるよ。シルの初めての誕生日パーティーだ、手を抜くつもりは無い……無いんだが……」


 そもそもメリッサとレイチェルによるセアラを利用したあこぎな商売の一件から、ファンクラブというものに対して、あまりいい印象を持っていないアル。

 シルのファンクラブが全面的に関わるとあって、嫌な予感が拭いきれないのだった。

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