第146話 ジュリエッタ・アルデランド
「そう言えばマルティンさんの奥様も同様のお仕事をされているんですよね?以前、我が国にも来られたとお聞きしております」
アルとマイルズを見送った四人は、早速マルティンの娘に会うためにその私邸へと向かう。道中ブリジットが、説得のための足掛かりを探り始める。
「ええ、今は私が国内に留まり妻が外回りをするといった感じですね。ちなみにアルさんが以前来られた時には逆の役割でした。しかし貴国でとなりますと、さぞや強烈な印象を抱かれたことでしょう?」
「い、いえ、そのようなことは」
慌てて両手を振るブリジットに、マルティンは口元を手で押さえて笑う。
「ははっ、お気になさらず。彼女はそう思わせるために行ったはずですからね」
「ええ……まさか一方的に取引停止を通告されるなどとは夢にも思わなかったようで、担当は大慌てでしたよ。全く理由が分からず、取り付く島もなかったと。でも当時からアルに恩を感じていたのなら怒るのも当然でしょうね」
「貴国がアルさんを害したと聞いた時の妻の剣幕は凄かったですよ。『アナタじゃ話にならない、私が行く』と言って聞きませんでしたから」
「でも、奥様はドワーフではありませんよね。確かソレイユ王国の出身、だったでしょうか?よく許可されましたね?」
「ええ、よくご存知で。最初は女だてらに偉そうだとか、ドワーフでもないのに務まるはずがないだなんて言われていたりもしましたが、今やそんなことを言うような者は一人もおりません。彼女が積み上げた功績は、アルさんにも決して引けをとりませんからね」
妻の功績を羨むでもなく、誇らしげに語るマルティン。それは二人の間にある信頼関係の深さを十全に物語る。
「あの……奥様は娘さんとアルさんが結婚されることには、反対されていないんですか?」
静かに二人の会話に耳を傾けていたセアラが、おずおずと手を挙げながら尋ねる。
「妻はどちらでもといった感じですね。娘が望む結果になるのであればそれでいいと。なので反対するのであれば、説得は私に任せるとのことでした」
「そうですか……あの……差支えなければ、マルティンさんと奥様のことを教えていただいても?」
セアラの申し出に、マルティンは顎に手を当て少し考える仕草をした後、快諾をする。
「確かに何が役に立つか分かりませんしね。分かりました、では何からお話しましょうか……」
その後はセアラたちは話を聞くことに終始し、やがてマルティンの私邸へと到着する。要職に着いているとはいえ、ドワーフに貴族階級などは無いため、やや広いくらいで普通の住宅地にある家だった。
中に入っても華美な装飾や調度品がある訳ではなく、どちらかと言うと質素なくらい。
「ははは、驚かれましたか?」
てっきり、ずらりと並んだメイドたちが、声を揃えて出迎えてくれるのだろうと思っていたセアラたち。拍子抜けして言葉を失っていると、愉快そうに笑ってマルティンが振り返る。
「え、ええ……」
「ドワーフというのは元が職人気質の種族ですからね。中にはそういった美術品に傾倒するものも居りますが、多くはまず実用性の高さを重視します。刃物であればよく切れ、道具であれば使いやすいものが大前提。いわゆる機能美のようなものに惹かれますね。使用人に関しては本当に最低限です。私の場合、忙しくて手が回らない邸内の管理と、娘の世話だけをするように申し付けてあります。さ、娘の部屋は二階ですので、どうぞこちらへ」
二階の一室へと通された三人はそこでもう一度驚く。そこだけまるで異世界のような、いかにも貴族趣味な部屋となっていた。
そんな一室のバルコニーで侍女を従え優雅なティータイムを楽しんでいるのは、金髪のヒラヒラとしたドレスを着た少女。
「ジュリエッタ、お客さんだよ。挨拶なさい」
ジュリエッタと呼ばれた少女は、突然の来客にも狼狽えることなく、ふんわりとした笑みを浮かべて立ち上がる。
「はい、お父様。皆様、初めまして。ジュリエッタ・アルデランドと申します」
スカートの裾をちょいとつまみ、片足を引いてお辞儀をするジュリエッタ。ダメという訳では無いが、一般的にこの世界においてカーテシーは貴族の女性が行うもの。セアラたちは戸惑いながらも、それに関して問い質すこと無く、一先ず自己紹介を終える。
「まあまあ、アルクス王国からですか……お父様、せっかくの機会ですし、私は女性同士でお話がしたいですわ」
ジュリエッタの願いを受け、マルティンがちらりと三人を伺い見る。ブリジットたちは『大丈夫』と笑顔を湛えて頷き返す。
「……ジュリエッタ、大切なお客様だ、失礼のないようにな?」
「はい、もちろんです!」
十歳の少女らしい、屈託のない笑みを見せるジュリエッタに思わずマルティンの頬も綻ぶ。
「ではみなさま、娘をよろしくお願い致します」
強い希望を滲ませながら退出するマルティンに、セアラたちはぺこりと頭を下げる。
「メアリ、皆様にもお茶の用意をお願いしますね」
「かしこまりました、お嬢様」
「では皆様、どうぞお座り下さいませ」
「あ、はい。どうも……」
促された三人が着席したのを見届け、ジュリエッタも再び席に着く。
「そ、それにしても素敵なお部屋ですね?ここは奥様の?」
「はい、そうなんです!」
先程までのしっとりとした雰囲気を彼方へ追いやり、元気よく肯定したジュリエッタがそのまま続ける。
「父から聞いておられるかもしれませんが、母はとある国から嫁いできた侯爵家の令嬢だったのです。ここは父がそんな母を迎えるにあたって、あまりにも環境が変わっては大変だろうと配慮して作ったお部屋なんです。昔から私はこのお部屋が大好きで」
「あ、それじゃあカーテシーとかはお母さんに教えてもらったの?」
砕けた口調でクラリスが尋ねると、ブリジットは苦い顔をしながら小突くが、ジュリエッタはまるで意に介さずに大輪の笑顔の花を咲かせる。
「そうなんです!母は私の憧れなんです、仕事もバリバリ出来て、優しい父と結婚出来て羨ましいです」
「じゃあジュリエッタちゃんにとって、結婚ってすごく大事なんだ?」
「はい!でも祖父がとっても素敵な方を連れてきてくれると仰られていたので安心です」
「素敵な人かぁ〜」
クラリスが隣に座るセアラに視線を移す。
「えっと……ジュリエッタさん。その……お爺様が仰られている方と言うのは、実は……」
「はい?」
「わ、私の夫なんです!」
※あとがき
はい、ジュリエッタ・アルデランドの初登場です。『銀髪のケット・シー』では先んじて登場しておりますので、そちらを読んでくださっている方はもうご存知ですね?
この時点での彼女の性格をどうしようか迷いまして……そのため今話は一度書いたものを、納得出来ずに全消しして再度書き上げました。ということで先週金曜日の更新をすっ飛ばしてしまいました。すみません。
ただ今後少し色々と忙しく、二作品とも基本的に週一更新になってしまいそうです。
出来れば週二更新といった感じで頑張りますので、よろしくお願い致します。
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