第144話 クラリス先生にお任せ

「あ、あのな?セアラ、俺はその人に会ったことないぞ?」


「どうでしょうか?アルさんは知らないうちに女性を誑かしていたりするので」


 アルの弁明にも取りつく島もなしというように、口を尖らせてツーンとそっぽを向くセアラ。


「た、たぶ……」


「セアラさん、ご安心ください。アルさんは会われたことは無いですよ。それに娘はまだ十歳でして、結婚なんてまだまだ考える時期ではありません。なのに……勝手なことを……」


 セアラを安心させようと明るく努めるマルティンだったが、話の途中で再びダークサイドへと引きずり込まれていく。


「十歳って……シルと同じじゃないか……」


 娘と同い歳の少女との婚約など考えられるはずもなく、アルがかぶりを振って呆れ返る。


「ちなみにご本人……娘さんはその話はご存知なのですか?」


「ええ、知っておりますし、娘自身も嫌だとは言っていないのです。その事もあって代表は乗り気になってしまって……ただ、まだまだ恋に恋をしているとでも言ったらよいのでしょうか……それにご存知の通り、私共は別に貴族でも何でも有りませんからね。大人の思惑に振り回されずに、相手を見つけて欲しいというのが正直な思いです」


「あ、あのう……それで何か取引再開に向けていい方法でもあるんでしょうか?聞けば今回の会談、わざわざ私共をご指名だったと」


 しみじみと語るマルティンに対し、すっかりあらぬ方向に論点がズレてしまったことを危惧して、おずおずとブリジットが尋ねる。そもそも彼女たちはこうした外交は専門ではなく、どちらかというと荒事担当。

 つまりわざわざブリジットたちを指名してきたということは、現状で彼女たちにしか出来ないことがあり、それを為すことが事態の突破口になるのだろうと推測していた。


「おっと、これは失礼いたしました。実はひと月ほど前からミスリルの鉱山で、メタルアントが発生しておりまして、現在私共でも討伐を進めてはいるのですが、なかなか上手くいっておりませんで……」


「メタルアント?……それは……初めて聞くモンスターですね」


 解体業に携わるセアラが目を閉じて記憶を探るが、引き出しの中からは出てこずにギブアップする。


「普通はお目にかかるようなことは無いでしょうね。メタルアントとはこういった鉱山にしか生息しないモンスターなのですが、その名の通り金属を餌にする大型の蟻なのです。その生態として、餌となった金属の特徴が体に発現します。アルさんは以前討伐していただいたので、ご存知ですよね?」


「ええ、その時はアダマンタイトを餌にしていたメタルアントでしたから、通常であればもう閉山は免れないと聞きました」


「確かに……アダマンタイトの硬度を持つモンスターなんて、厄介極まりないでしょうね」


「はい、本当にタイミングが良かったです。それに……」


「それに?」


「メタルアントの大量発生は確かに厄介ではありますが、吉兆でもあるんです。前回のようにアダマンタイトを餌にしたメタルアントが大量発生したということ。それはすなわち、その鉱山にはそれだけ大量のアダマンタイトが眠っているということですからね」


「それでは実際に?」


「ええ、メタルアントの発生源を辿って行ったところ、それはもう今までに見た事のない量が採掘出来ました。おかげでアルデランドは一気に潤い、アルさんは我が国の大恩人となった、という訳です」


 そこまで言うとマルティンが憮然とした表情で、背もたれにその身を預ける。

 アルデランドは決して独裁では無いので、例え代表のヴィンデルが主張したところで、無理やり意見を通すことなど出来ない。しかしこうした経緯もあり、マルティンの娘の輿入れの是非はともかくとして、上層部でも結構な数の者たちがアルを迎え入れることに前向きとなっていた。


「こほん、それでは話を戻しますが、私共でミスリル鉱山のメタルアントの討伐を行えばよろしいので?」


 放っておくとまたしても脱線しそうなところを、ブリジットが咳払いを一つして軌道修正を図る。


「ええ、それで全て解決するかと言うと難しいかもしれませんが、少なくとも話くらいは聞こうという風向きにはなるかと」


「……分かりました、今は藁にもすがる思いです。引き受けさせていただきます」


 方針が決まり具体的な話へと入る前に、クラリスがハッと思いついた言葉をそのまま口にする。


「でもさぁ、ミスリル鉱山ってことは魔法耐性が高いんじゃないの?ブリジット、役に立たなくない?」


「クラリス、確かに事実だけどな、もうちょっとオブラートに包んで言ってやれよ」


 内容にはまるっと同意し、一ミリもフォローをしないマイルズ。セアラは『ええっ?』という表情を浮かべ、アルは変わらないなと苦笑する。


「……ええそうね?私が行ってもぜ〜んぜん意味無いわよねぇ?ていう事で二人だけで行ってらっしゃい」


 青筋を立てながらブリジットがニッコリと微笑んで手を振る。


「……え〜っと、行ってらっしゃい、マイルズ、アル!頑張って、二人なら大丈夫だよ!!」


 いつもマイペースを崩さないクラリスでも、これはさすがにまずいと空気を読み、慌ててマイルズとアルにぶん投げる。


「俺が行くのかよ!?」


「だって私は物理攻撃なんて持って無いしさ、回復だってアルが居れば十分じゃん。適材適所ってことで」


「だからってなぁ、ただでさえ俺は巻き込まれてる立場なんだから、そこまでしないといけない理由はないぞ?」


「ふふ〜ん、そんなことを言っていいのかなぁ?私がアルの為に一肌脱いであげようと言うのにさ。言ってみればこれは交換条件ってわけなのだよ」


 クラリスが人差し指をアルに向けてぐるぐる回し、鼻を鳴らして得意げな表情を作る。


「一肌脱ぐって……何をするんだ?」


「マルティンさんの娘ちゃんの説得をしないとでしょ?こういうのはやっぱり私みたいな、頼りがいのある経験豊富なお姉さまが適任だからね」


 自信たっぷりに胸を叩いてはいるが、それがどこから来ているのかは甚だ疑問。少なくともアルはクラリスの浮いた話など聞いたことがない。一抹どころではない不安が胸をよぎると、横からブリジットがニヤつきながら口を挟む。


「ちょっとクラリス、アンタにそんなこと出来るのかしら?昔っから妄想専門で恋愛経験ゼロのくせにさ」


「うるさいなぁ。恋愛小説をたくさん読んでるから大丈夫。要は恋がしたいって思わせればいいんだから、私が適任だよ」


 何が大丈夫で何処が適任なのかと冷めた視線が集まるが、当のクラリスは余裕の表情。


「あぁ、確かにそうね。最近では恋愛小説を読むだけに飽き足らず、副業で執筆してるんだっけ?」


「え?クラリス、お前、そんなことしてたのか?」


 ブリジットの暴露にマイルズが驚いて視線を送ると、珍しいことにクラリスの顔が、みるみるうちに耳まで真っ赤に染っていく。


「ちょ、ちょっと!!なんで知ってるのよ〜?」


「ふふん、私に知らないことがあるとでも?ちなみにペンネームは……」


「うわぁぁ〜、止めろ〜!!」


 とても他国の要人の前とは思えない三人に、いたたまれなくなったアルがマルティンに頭を下げる。


「私が言うのもおかしいのですが……すみません」


「ふふ、私は構いませんし、今更ですよ。かくいう私も随分と醜態を見せてしまいましたしね。しかし……御三方は仲がよろしいのですね?」


「ええ、幼馴染みたいなものらしいですから……そうですね……いつもあんな感じでした……」


「アルさん……」


 少しの寂しさと懐かしさにアルが目を細めると、セアラがそっと手を重ねる。


「なぁアル!!聞いたか?クラリスの書いた小説が売ってるらしいぞ?ちょっ、痛えって!今度持って行ってやるからな!!」


 しがみつくクラリスを振りほどきながら、嬉しげに話しかけてくるマイルズに、アルは少しだけ驚くと、朗らかに笑う。


「ああ、楽しみにしておくよ、クラリス先生」


「ふふっ、良かったですね、アルさん」


「全然良くないわぁ!絶対見ちゃダメぇぇぇ!!」


 アルとセアラがクラリスの猛抗議の理由を知ったのは、五月に入ってからのこと。それは単に恥ずかしいからでは無く、小説のモデルが完全に二人だったからであった。

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