第110話 ゆうべはお楽しみでしたね

※(それほどでもないとは思いますが一応)R15推奨です


 日の高いうちから始まった宴会は、時間が経つにつれて参加者がどんどん増え、ついにはギルドから人が溢れ出す始末。もはや誰が参加しているのかも定かではなかった。

 そんな大宴会は日が落ちてからも変わらず続いていたが、とうとう日付が変わる頃に酒が切れると、参加者たちは床や道端で泥のように眠りについていた。


「……?……みんなもう寝たのか……しかしよくもまあ、あんなに飲めるもんだな……」


 壁に体を寄りかからせ、シルを膝枕しながら船を漕いでいたアルが、伸びをしながらギルドを見渡し、呆れた様子で呟く。


「ふふ、それだけみなさん嬉しかったんですよ。アルさんが帰ってきてくれたことが」


 恐らくは誰よりも多い酒量を飲んだセアラが、しっかりとした足取りで、アルの右隣に寄り添うように腰をかける。それでもアルコールの影響が無いわけではなく、頬には朱が差しているうえに、目尻はとろんと下がっており、漂う色香にアルは思わず息を飲む。夫としてはあまり他人に見せたくない姿ではあるものの、起きているのは自分とセアラだけなので、取り敢えずその心配は必要なかった。


「どちらかと言うと、セアラとシルの方が歓迎されてないか?」


「そんなことありませんよ。だって私、今日はず〜っとアルさんのことばっかり聞かれていましたから」


「そうか……何だってセアラに聞くんだろうな?ここに本人がいるんだから、俺に聞けばいいのに」


 心底不満げな声を漏らすアルに、セアラはクスクスと笑う。


「みなさんもよくご存知なんですよ。あまりアルさんが、ご自分の話をされるのを好まないということを。だから私が標的になったんですよ?」


 わざとらしく頬をぷくっと膨らませるセアラであったが、アルからすれば、そこに怒りの感情は全く感じられず、可愛らしいという感想しか出てこない。


「まあ、それもそうか。それはすまなかったな」


「ふふっ、いいんですよ。私も嬉しかったですから」


「嬉しい?どうしてだ?」


 アルの問いを受けたセアラは、笑みを浮かべながら、だらしない格好で眠っている参加者たちを見渡す。


「だってここにいる方たちは、アルさんの出自や私の出自を知っても怖がらず、むしろもっと知ろうとしてくれました。お義父様や、お義母様のことも聞かれましたよ?それってアルさんのことが、本当に好きだからだと思うんです」


「確かにな……きっと今までの信用があるからだろうけれど、嬉しいものだな」


「はい、もし私たちのことをよく知らないうちにこの話をしていたら、結果は違ったとは思います。でもそれって当たり前の話だと思うんです。同じ人間であっても、誰かをいきなり信頼するということは出来ません。その方が積み重ねた実績が信用を作り、そうして徐々にその方を信頼するようになるはずです。それはきっと順序を踏んでいけば、種族という壁を乗り越えることが出来る証明でもあると思うんです」


 多少酔いが回っているせいか、拳を握って、珍しく熱く語るセアラ。アルはそんな彼女の肩を抱いて、自身に寄りかからせる。愛する人が、同じ方向を見据えてくれていることが嬉しく、頼もしかった。


「そうだな、だからこそ、こればかりは一足飛びには出来ない。焦らず少しづつ変えていければいい」


「はい、そうですね」


 少しの気まずさも感じない、優しい沈黙が二人の間に流れる。セアラが気持ちよさそうにアルに体を預けると、アルはその心地よい重みをしっかりと受け止める。

 やがて二人は指を、そして熱っぽい視線を絡める。


「アルさん、今、幸せですか?」


「ああ、幸せだよ。セアラは?」


「はい、幸せですよ。とっても、と〜っても幸せです」


 セアラがアルの首に両腕を回すと、二人はゆっくりと唇を重ねる。どちらからともなく差し出した舌を絡め、互いの口内を蹂躙すると、ギルド内に淫靡な音が響く。幸い、男連中のいびきがうるさいため、それほど気になるものでは無かった。


「ん……く……はふぅ……アルさん……続き、したくなっちゃいました……ダメですか……?」


 アルコールの混じったセアラの甘い吐息と、まるで魅了の力を持つかのような、潤んだ瑠璃色の瞳。堪らずアルの理性が飛びそうになるが、なんとかして踏み止まる。


「ああ、でもさすがにここじゃあな……これからもずっと一緒にいるんだ、今日は我慢……んぅ?」


 アルの言葉をキスで遮るセアラ。再び舌をアルの口内に差し込むと、前歯裏を丹念に舐めあげ、唾液を交換する。永遠とも思えるほど長く淫らなそれは、二人の劣情を昂らせていく。


「……いやです……だって、ずっとお預けだったんですよ……?今日は我慢したくないんです……だから……二人で抜け出しませんか?」


 セアラはアルの耳をぺろっと舐めると、誰が聞いているというわけでもないのだが、敢えてアルの耳元で囁く。セアラの艶のある声がアルの鼓膜を振動させると、それに呼応するように、アルの鼓動が大きく、速くなっていく。


「セアラ、もちろん俺だってそうしたいのは山々だが……シルもこうして寝ているし、置いていく訳には行かないだろ……?」


「いいえ、こうすれば大丈夫ですよ」


 セアラはシルを抱き上げると、同じように壁に寄りかかって寝息を立てるリタの太ももに寝かせる。


「……他の連中もそうだが、全く起きる気配が無いな?」


「ふふ、実はみなさんには、魔法で深く寝てもらっていますから」


「そ、そうか……」


 それはつまり、アルの答えを聞く前から、そのつもりで準備を進めていましたという自白。セアラもそれに気付いて顔を赤くする。


「あ、あ、あ、あの、これは、その……」


「じゃあ行こうか、転移魔法を使うんだろう?」


 アルはしどろもどろになっているセアラを抱き寄せると、ふわりと抱えあげて横抱きにする。


「はい……じゃあ」


 アルの足元に魔法陣が描かれると、金色の光を放つ。



「久しぶり、という感じはしないな」


「アルさんは二ヶ月眠っておられましたからね。私は久しぶりな気がしますよ」


 二人が立つのは、仮の結婚生活を送った森の家の寝室。そして恐らくは、これからずっと二人が住むであろう場所。

 セアラが魔法を習得する際、町中での実技練習はさすがに都合が悪かったので、専らこの場所を活用していた。


「シルとリタさんも住むならもっと広くしないとな」


「ええ、そうですね……それに……ん」


 今度はアルが、セアラの言葉をやや強引なキスで遮る。


「もっと増える、だろ?」


「はい、そうですね」


 月明かりを頼りに、アルはセアラの手を引き、並んでベッドに腰かけると、再び甘く濃厚な口づけを交わす。やがて唇を離した二人は、互いの顔をじっと見つめながら頬を優しく撫で、抱き合い、火照った体から互いの体温を感じる。早鐘を打つ鼓動、アルコールの香りがする吐息、舌が絡まり合う淫猥な音、全てが二人の五感を刺激し、気分を徐々に高揚させていく。


「脱がせていただいてもいいですか?」


「ああ」


 アルはセアラのワンピースをするすると脱がせ、首筋に舌を這わせながら下着に手を掛ける。


「あ……お風呂……入った方が良かったですね……」


「いいよ、そのままで」


 一糸纏わぬ姿になったセアラの胸元にある形の良い膨らみ、くびれた腰回りが、窓から差し込む月明かりによって浮かび上がる。無論、アルは初めて見るわけでは無い。それにも関わらず、その肢体はどこか神秘的な様相を帯びており、思わず見惚れてしまっていた。


「あの……アルさん?私だけ脱ぐのは恥ずかしいです……」


「……あ……すまん。つい……」


 アルが背を向けて手早く服を脱ぐと、セアラがその広い背中を抱きしめて頬を寄せる。


「……アルさん、こうしていると、思い出しませんか?」


「ああ、思い出すよ、ディオネの町のことだろ?結婚してから、初めて一緒のベッドで寝たんだよな」


 アルの言葉にむくれたセアラが、抱き締めた腕にギュッと力を込める。


「むぅ、間違ってはいませんが、もっともっと大事な事です!初めてアルさんに抱いていただいた日の事です!」


「はは、分かってるよ……あの日、セアラは俺の背中を見て泣いてくれてたよな」


「はい……あの時から比べると、少し傷が薄くなりましたね」


「恐らくシルのおかげなんだろうな。何度か治療してもらえば、消えるのかもしれないが……」


 アルが言い淀むが、セアラはその体勢のまま次の言葉を待つ。


「消す必要は無いと思うんだ……その……上手くは言えないんだが、今までのこと、全てが今日につながっていると思うと……」


「はい、分かりますよ……忘れたいと思っていたはずの辛い経験でも、それがあったからアルさんと一緒になれた。そんなふうに思うと……なんだかそれすらも、大切な思い出みたいに思えてしまいます」


 二人は再び向き直ると、軽く口付け、強い意志のこもった熱い視線を交わす。


「セアラ、俺は君を必ず幸せにする、必ずだ。きっと他の男なら、もっと気の利いた言葉を言えるんだろう。だけど俺にはそんなことは出来ないし、今までのように苦労をかけるかもしれない。それでもずっと君のそばにいる、君だけを生涯、愛し抜くと誓うよ」


「いいんです……飾り立てた言葉なんて、なんの意味も持たないんです。私はアルさんに愛してもらっている、それを心から感じています。それだけで十分なんです。それだけで私の心は満たされているんです。だから……だからもう一度言わせてください。私がアルさんを幸せにします。私の一生をかけて、あなたを世界で一番幸せにします。長い人生になると思いますが、私はアルさんと一緒なら、どんなことだって乗り越えられます。これからもよろしくお願いしますね」


「ああ、よろしくな。セアラ、愛してるよ」


「はい。私も愛してます、アルさん」


 体を重ね、眠りこけてしまった二人がギルドに戻ったのは、完全に日が昇ってから。シルだけは頬をふくらませて拗ねていたが、リタを始めとした大人たちからは、お楽しみでしたねというように笑われるのであった。

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