第74話 魔王が望むもの
アルはドロシーを連れて、解体場の入口に立つと今日三回目の深い溜め息をつく。面倒なことになることが確定しているのだから、そうなるのも無理からぬこと。
「ここって解体場よね、ここで働いてるの?」
「ええ、本人の希望で」
「ふーん、ちゃんと働いているのは良いことね」
何か皮肉でも言われるのではないかと思っていたアルは、ドロシーの意外な反応に拍子抜けする。
「とりあえずここから中を見てもらったらいいかと」
「なんで?中に入ればいいじゃない」
「仕事の邪魔になるでしょう?」
アルは解体の依頼をするとき以外はセアラに会いに来ることはしない。もっとも家ではベッタリなのは昨日のシルの言葉通りだ。
ドロシーも仕方ないとアルの意見に賛同して、中を覗く。
「……あの娘ね?……え!?あれってハイエルっむがっ……」
大声でセアラの正体を言おうとするドロシーの口をアルが塞ぐ。しかしその声は当然中の者たちに聞こえてしまい、二人は注目を浴びてしまう。
「あれ、アルさん?どうされたんですか?解体依頼……ではないですよね、その方は?」
「パパ、その人苦しそうだよ?」
出勤したばかりで、まだ解体作業を開始していなかったセアラがシルとともに声をかけてくると、アルはドロシーの口を塞いだままであることに気付き、彼女を解放する。
「苦しいわよっ!」
「すみません、いきなり大声を出されるので。セアラ、シル、邪魔してすまん。この人はソルエールのドロシーさん。その……俺の魔法の先生だ。それで彼女が妻のセアラ、娘のシルです」
「え?それって……」
セアラの顔が曇る。旅行中にアルが言い寄られていたことを聞かされていたのだから、当然の反応だった。
「ふーん、顔はまあまあね。あなた魔法はどうなの?」
「え?ま、魔法は今日から勉強する予定で……」
値踏みするドロシーにセアラが困惑する。
「セアラ、シル。仕事に戻ってくれていいぞ。話は夜にしよう」
「あ、はい。ではまた仕事が終わってから」
「ばいばーい」
アルは強引に話を打ち切ると、モーガンに騒がせた謝罪をしてから、二人に手を振ってその場を離れる。
アルはとりあえずリタを交えて話をした方が良さそうだと思い、ドロシーを家に連れていく。その道すがら、アルはドロシーの先ほどの行動を糾弾する。
「何を考えているんですか?あんな場所で大声で言おうとするなんて」
「悪かったわよ、でもそれだけ珍しいんだから。私だって初めてお目にかかったのよ?」
「それは分かりますが……ここはソルエールじゃないんですから」
セアラがハイエルフだと気付いて驚かないものなどいない。アルもそれは十分承知しているので、それ以上は強く言わなかった。
「あら、アル君じゃないの。もうお仕事は終わり?」
アルがドロシーを連れて家に戻るとリタが出迎える。ドロシーの紹介をすると、リタがまじまじとその顔を見る。
「な、何かしら?」
「あなた……もしかしてクラウディアの娘?」
「母を知っているの?」
「ええ、あなたが産まれる前に一緒に旅をしていたわ。ドロシーちゃんは本当に彼女によく似てるわねぇ。あなたを妊娠したのが分かって、クラウディアはソルエールに定住するのを決めたのよ」
意外な接点にアルが驚いていて詳しく聞くと、やはりドロシーはハーフエルフということだった。確かに髪型こそ違うものの、その顔立ちはクラウディアによく似ていた。
アルとドロシーがダイニングのテーブルにつくと、リタはお茶の準備を始める。
「ところで今はアルって名乗っているのよね?私もそう呼んだ方がいいかしら?」
「ええ、そうですね」
「ふーん、それはなんで?」
まさか理由を聞かれるとは思わなかったアルは、少し動揺しつつも返答をする。
「セアラと出会ってからずっとそうですから。特にはっきりとした理由はないですよ」
「そうかしら?」
「……どういうことですか?」
アルはまるで自分の知らない心の内を見透かされているような気分になり、わずかな苛立ちを含んだ口調で問いかける。
「本当はユウという名前で呼ばれたくないんじゃないの?自分の過去を知っている人たちに出来れば気付かれたくないとか」
「……ですが、今の俺は勇者であったことを隠していません」
「それだってそこらじゅうで言いふらしているわけじゃないでしょ?じゃなきゃ私の所に情報が入らないわけないもの」
「それは……」
アルはドロシーのその言葉に明確な反論が出来ない自分に困惑していた。
「どこか後ろめたい気持ちがあるのよ。魔王を倒せなかった勇者だということにね」
「……何故それを」
「それくらい分かるわよ。魔王が討たれれば次期魔王の座を巡る魔族の内乱が起きる。でもそんな様子は全く無いもの」
アルが返答に窮していると、リタが何も言わずに紅茶の入ったカップを差し出して席につく。
ドロシーはリタに礼を言ったあと、それを一口飲んで話を続ける。
「もっとも、圧倒的な力を持った新しい魔王が一気にその座を射止めた、っていう可能性も無くはないけどね?でも私はそれはないと思っているの」
「何故ですか?」
「少しは自分で考えなさい?そんな生徒に育てた覚えはないわよ」
皆目見当がつかないといったアルに、リタが助け船を出す。
「ねえアル君、今の魔王が他種族に与えた被害って知ってる?」
「……いえ、知る限りではなにも……もしかしてそれが理由なんですか?」
「まあアルは知らないだろうけどね、魔王が他種族を侵略するなんて当たり前のことなのよ。歴史上ずっとそう。でも今代の魔王はそれをしていない。それは何故だと思う?」
思考を巡らせるアルの脳裏に一つの可能性が浮かぶ。
「……他種族との融和を図っている?」
有り得ないとどこかで思いつつも、アルはそれを口にする。
「あら?冴えてるじゃないの。有り得ないなんて思うのは愚の骨頂、思考がそこで止まるって教えたはずよ?」
「……リタさんも……知っていたんですか?」
握った拳を振り絞りながらアルが言葉を発する。
「ええ、もちろん。エルフなんて真っ先に狙われるような種族だもの」
「それなら……それならどうして俺はこの世界に呼ばれて魔王討伐なんてさせられたんですか!?」
珍しくアルが声を荒げる。二人から告げられた事実は、自分がこの世界に来て請われてしてきたことが、全くの無駄だったと言うのに等しい。
ドロシーとリタはそんなアルの心情を見透かすかのように、動揺することなく話を続けていく。
「一つはアルクス王国が魔王を倒したという実績が欲しがったということ。もう一つはソルエールも含めてそこまで魔王を信頼していなかったということ。今まで散々侵略してきた魔族が頭がすげ変わりましたので、これからは仲良くしましょうって言って信じられる?」
「……無理でしょうね」
「そう、無理だったんだよ。友好的に握手をしている手と反対の手でナイフを握る、今までの魔族はそういうことを平気でしてきた。だから私もアルに手を貸した。でもアルたちが討伐に行って、アル以外のパーティが無事に帰ってきたという事実。そしてそれにも関わらず一向に魔族に混乱が生じず、攻めてもこないという事実。この二つの事実から導き出される答えは簡単よ。それは魔王は今も討伐されておらず、尚且つ自分達が攻め込まれたのに、報復を行わないということ」
「だから信ずるに値すると?」
俯いたまま発せられたアルの言葉に、ドロシーは同意を示す。
「ええ、少なくともソルエールはそう見ているわ。アルたちが討伐に来たことは、他種族からの信頼を得たい魔王からすれば僥倖だったのでしょうね。それとこれは他国には知られていないけれど、ソルエールには既に魔族も出入りしているわ」
矢継ぎ早に明かされる事実に、アルは理解しようとすることで精一杯になっていた。
※あとがき
先生とは気付きを与えるもの……ということで
ドロシーは普段ちょっとあれですが、鋭い一面を持っています
この負い目こそがアル自身気付かなかった未だに心から笑えない理由です
そして現魔王の思惑が明らかに
それがアルの心境にどういう結果をもたらすのか……
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