第75話 ドロシーの想い

 アルは項垂れたままドロシーに一つの質問をする。


「先生はそこまで分かっているのなら、アルクス王国に乗り込んで、俺がセアラと結婚したことも当然調べがついているはずですよね?……今さらそんな俺に求婚するなんて、一体何が目的なんですか?」


「あら、心外ね?純粋に私はあなたに好意を寄せているわ、結婚してもいいと思うほどにね」


 おどけるような仕草を見せるドロシーに、アルが苛立ちをぶつける。


「質問の答えになっていません。俺は目的を聞いているんです!」


 軽口に答える余裕は今のアルには無かった。真剣な表情というよりも、追い詰められたような焦燥の表情を浮かべるアルに、ドロシーは嘆息しながら順序だてて答える。


「まず第一にアル以外のパーティメンバーが帰還した際に、アルクス王国は魔王討伐を成し得て、勇者は姿を消したと喧伝した。これが今のところ世界中の大多数の者の共通認識となっているわ。ここまでは大丈夫よね?」


 アルが黙って首肯する。アルクス王国は勇者は命を落としたとは明言していない。これはマイルズたちが抵抗されて止めを刺すまでには至らなかったが、致命傷を負わせたという証言をしたことに起因していた。


「今現在、魔王が生きているという事実は、ソルエールを始めとした魔族との融和を目指す国が一歩先んじて情報を得ている段階だけれども、近く反対派の各国にも知れわたるでしょうね。事実である以上、これは絶対に避けられないわ。そして姿を消したとされる、魔王を討伐できなかった勇者はどうしているのかと言えば、愛する者と結婚してのうのうと余生を過ごしています。それを知った時、今なお魔族に対する怒りや嫌悪感を抱いている人たちは、果たしてアルに対してどんな感情を抱くかしら?」


「……」


 アルは返答することが出来ない。それこそがアルが危惧していることであり、自分が幸せになることへの後ろめたさを生み出しているもの。自身が勇者であったことと向き合い、先に進むためには決して避けて通ることの出来ない問題だった。


「分かっているみたいね?人は簡単に評価を裏返すわ。あなたのことを直接知らない者たちはもちろん、この町に住む者たちもどうなるか分かったものじゃないわ」


「……そんなこと……」


 その先の言葉をアルは紡ぐことが出来ない。心の中ではカペラの人たちは違うと思いたい。それでもどこかでドロシーの言っていることが正しいと認識してしまう。そんなアルの心中を察したドロシーが、沈痛な面持ちで話を続けていく。


「理不尽な話よね……勝手に異世界から呼んで重責を背負わせて期待して、それに応えられなかったら貶めて糾弾するなんて。アルが何か悪いことをしたわけでもないのにね……でも残念ながらそれが現実なのよ。だけどソルエールに来れば私たちが守ってあげられるわ。っていうより私は初めからそのつもりだったのよ?あなたに魔法を教えているときから、アルクス王国はちょっとキナ臭い感じだったからね。送還出来るっていう話も本当かどうか怪しかったし……それでもまさか殺すつもりだったとは思わなかったけど、王国に残れば冷遇されるとは思っていたわ。だからソルエールに来るように言ったのに……」


「私も悪い話だとは思わないわ。アル君だけじゃなく、セアラとシルちゃんにとってもソルエール以上の環境はないと思う」


 ここまで沈黙を守っていたリタも同意を示す。ハイエルフのセアラ、ケット・シーのシルにとって、ソルエールは他のどこよりも安心して暮らせる場所だということは疑う余地もない。ドロシーはリタを一瞥すると、今までとは打って代わり、少し目を潤ませ穏やかな表情でアルの頬を包むように両手をそっと当てる。


「あなたが死んだと聞かされて後悔したわ、どうして無理を通してでもついていかなかったのかって……信じたくなくて、きっと何かの間違いだって、方々手を尽くしてあなたの情報を得ようとした。だからあなたが生きていると知って心底ホッとした。もう私はあなたを守れずに後悔したくないの。たとえあなたが私と結婚するつもりが無いとしても、あなたは私の大切な生徒なのよ。私はもうこれ以上あなたに傷ついてほしくない。それだけは分かってほしいの」


「先生…………ありがとうございます……少し……考えさせてください」


 普段と違うドロシーの雰囲気に、アルが少し頬を赤らめて俯く。

 ソルエールに行くこと自体のメリットはアルも十分に承知している。しかしセアラとシルがここでの生活を居心地がいいと感じているということが決断を鈍らせる。

 今回ドロシーから突きつけられた事実は、セアラとシルには何ら関係のないこと。そのことで二人を巻き込んで今の生活を奪うことに、アルは抵抗を感じていた。


「ねえアル君、あなたの出す答えがどんなものだとしても、一人で考えちゃダメよ?あなたは家族を守り支える存在で、結論を出すのも恐らくあなたでしょう。だけどちゃんと二人の意見も聞いてあげて?それが家族というものだと思うわ」


「そう、ですね。二人にも話をしてみます」


 アルがリタに諭されるのを確認すると、ドロシーが重苦しい雰囲気を絶つためにパンと柏手を打つ。


「はいっ、真面目な話はお仕舞い!って言いたいとこなんだけどもう一個。なんでセアラちゃんは未だに魔法が使えないの?はっきり言ってあの魔力量はエグいよ?私はもちろん、うちのお母さんもリタさんも遥かに越えてるのに」


「ああ、それは……」


 リタがドロシーにセアラの魔力を封印していた経緯を説明する。


「ふーん、あの娘も苦労したってことね。仕方ない!私も魔法の練習を手伝ってあげるわ!シルちゃんも鍛えがいがありそうだし」


「いえ、結構です」


 嫌な予感しかしないと思い、アルが即座に拒否するがドロシーはまるで意に介さない。


「遠慮しなくていいわよ、ところでこの家って空いてる部屋はあるのかしら?」


「ええ、一部屋空いてるわよ」


 アルの返答を待たずに、リタが答える。


「じゃあお言葉に甘えて住まわせてもらおうかしら。今の宿は冒険者どもがうるさくてね」


「いや、まだ許可を出した覚えはないんですが……」


 完全にここに滞在する気になっているドロシーに、アルは無力感を感じながらも拒む姿勢を見せる。


「でも魔法を教えてあげた報酬をアルから貰ってないんだけど?」


「……アルクス王国から貰っているでしょう?」


「そうだったかしら?歳を取ると物忘れが激しくて覚えてないのよね」


 いけしゃあしゃあと宣うドロシーに、アルが苛立ち紛れに告げる。


「はは、そうですか。そんなに物忘れが激しい年齢の方とは結婚は出来ませんね」


 アルの言葉を聞くや否や、隣に座るリタがニッコリと微笑みながらアルの肩にそっと手を置いて力を込める。


「……アル君?女性に年齢の話はダメよ?」


「えっと……リタさん?」


 ドロシーと応酬をしていたはずが、思わぬ方向から批難を受けたアルがたじろぐ。


「はっはっは!アルも魔法は上達しても、女性の扱いはまだまだだねえ」


「……そっちが先に言い出したんでしょうが」


「だとしても、だよ。まあいい勉強になったね」


 うんうんと頷くドロシーに抗議の目線を向けながらも、リタに肩を鷲掴みにされては観念するしかないアルであった。



※ちょっと補足


アルが勇者であることを隠したままでいれば

問題はないかもしれません

ですがアルは自身の過去、

勇者であったことと向き合うと

セアラと結婚したときに決意しました

ここで翻意するわけにはいきません

いつかはケジメをつけないといけないと思い続けていました


ちなみにドロシーがアルの生存を知ったのは

クラウディアともう一人からの情報です

黒髪黒目の魔力量が尋常じゃない男性で

身体的特徴も合致するということで

アルの情報を集めて本人だと判断しました

本編の通りアルのことを本当に心配しており、

いてもたってもいられずにカペラに来たという感じです

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