第66話 セアラの魔力
「セアラ、こっちへ」
リタがセアラを呼び寄せると、互いの両の手のひらを合わせる。
セアラは合わせた手のひらから自分にリタの魔力が流れ込んでくるのを感じると、徐々に固く閉じていた瓶の蓋が開くように、自らの魔力が溢れだしてくる感覚を覚える。
「……すごいな」
アルが思わず呟く。術の解除が進むに連れてセアラの体から魔力が溢れ出す魔力量は、既にアルにも匹敵するレベルにまで到達していた。
「っ……!!」
「リタっ!大丈夫か!?」
完全に術が解除されると、荒れ狂うその魔力の奔流によってリタが吹き飛ばされ、エルヴィンが駆け寄る。
「お母さんっ!!」
「……不味いわ。ここまでの勢いだなんて……」
「い、いやっ……どうしてっ……?」
長年押さえ込み続けてきたハイエルフの膨大な魔力。
成長と共に魔力操作を覚えていけば問題はなかったであろうが、今までそんなことをしたことがないセアラに、コントロール出来るような代物ではなかった。
このまま魔力が溢れ出すことを止めることが出来なければ、魔力が枯渇して危険な状態に陥る可能性がある。
慌てふためく周囲をよそに、アルがゆっくりと魔力の奔流へと近づき、穏やかな表情のままセアラの両手を握る。
「落ち着くんだ。この魔力はセアラの味方、敵じゃない。恐れる必要なんてない。ちゃんと受け入れてやるんだ」
「アルさん……はい……」
涙を浮かべていたセアラが落ち着きを取り戻すと、目を閉じて深く集中する。
「そう、まずは身体中を巡る魔力を感じるんだ」
「……はい、感じます」
未だ魔力の奔流は止まる気配を見せていないが、セアラに焦りは見られない。
「よし、次は自分を中心にした半球をイメージをして、その膜の中で魔力を循環させるんだ」
「……はい」
徐々に勢いが弱まり始めると、セアラの体を中心に、半径三メートルほどの魔力のドームが形成される。
「いいぞ、ゆっくりでいい。その膜を体の大きさまで縮めて、魔力で全身を覆うんだ」
「……はい」
ゆっくり、ゆっくりと半球が縮んでいくと、最終的に魔力の半球はセアラの体の大きさに収束する。
「出来たな、セアラは才能があるよ。俺が保証する」
「アルさん……はい……ありがとうございます」
セアラがアルの胸に顔を埋め、ホッとした表情を見せる。
「い、今のはどうやって……?」
リタが驚愕の表情を浮かべてアルに問いかける。
「少し手伝いをしただけです。俺の魔力でセアラの魔力を押さえて、コントロールしやすくしました」
「で、でもハイエルフの魔力よ?人にそんなことが出来るものなの……?」
「そう言われましても……」
アルの言っていることは、リタにも理解できるが、実際には出来るはずがない。
その芸当をやってのけるには、目覚めたばかりとはいえ、ハイエルフの魔力よりもさらに強大な魔力で押さえつけなければならない。
およそ人が扱える魔力量からは、完全にかけ離れている。
「……アルさん……あなたはいったい……?」
「セアラはとんでもない男に嫁いだようだな……」
小声で呟いたリタの言葉は、アルとセアラには聞こえず、代わりにエルヴィンが答える。
それでも娘の危機を救ってくれたのは確かなのだからと、リタはその疑問を胸の奥に仕舞いこむ。
「改めて、アルさん、ありがとうございます。セアラ、これで魔法は問題なく使えるはずよ。徐々に魔法を覚えて行きましょうね」
アルがリタに頷き、セアラはやっと魔法が使えると喜ぶ。
「ママ、良かったね!これで一緒に練習できるね!」
「うん、ありがとう、シル」
一先ずセアラの問題が片付いたので、エルヴィンが長老たちのもとへと戻ることを提案し、アルたちはそれを了承する。
「アル、すまない。本来であれば里を救ってくれた君なのだから、無条件でセアラを任せてもいいはずなんだがな。長老たちは目に見える危機がなければ、セアラを手放さないかもしれん」
里へと戻る道中、エルヴィンがアルに謝罪する。
例えば兵士たちから救援要請が来た場面で、敵を撃退する代わりに、セアラを娶ることを認めてもらうことは出来たはずだった。
しかしアルは頭を振ってそれを否定する。
「気にするな、一刻も早く助けが必要な状況だったんだ。あの場で交渉する時間など無かったし、セアラとシルが危険に晒されていたのだから、交換条件には出来ない」
「……確かにそうかもしれない……だがアルにとって大事な家族がそこに居たと言っても、結果的に里が救われたことは確かだろう?ならばその事に対する謝礼はするべきだ……このままだとエルフの里は、アルに借りを作るだけ作って返さない事になる」
エルヴィンが拳を強く握り、口惜しそうな表情を見せる。エルフは誇り高い種族だと言われており、彼自身もそうだった。
それにも関わらず、今回のような大きな恩を受けておいて何も返さず、あまつさえこれからも里を守るようにお願いする。
アルたちのために考え出した条件とはいえ、彼の心は恥辱にまみれていた。
「エルヴィン、気にする必要はないと言っただろう。それにこの里にはセアラの家族がいる。それならば俺にとっても家族、守るのは当然のことだ」
アルの言葉にその場にいるエルフたちは、外敵を撃退できなかった己の未熟さ、アルを疑ってかかっていた浅慮さを恥じ入る。
最初からアルの考えは一貫している。
セアラとの結婚を認めてもらえなくとも構わないが、筋としてリタに報告したいと思い、可能性を求めてここに来た。
そして実際にセアラの母親、叔父がいた。セアラの肉親がいるのならば、最初から里に危機が及んだ時は、可能な範囲で助力するつもりでいた。
アルにとって、それは特別なことをしているという意識はなく、交渉材料にするつもりもなかった。なるべく穏便に済ませたいからこそ、エルヴィンの提案に乗っただけだ。
「この場に来るべきでない者が混ざっておるな。敵は退けたのだろう?ならばそこの人間にこの里を出歩く許可は与えとらんはずだが?」
長老たちが待つ部屋に、アル、セアラ、シル、リタ、エルヴィン、そして兵士を代表して三人が入ると、相変わらずの敵意を向けられる。
エルヴィンはそんな長老たちの態度に、あからさまに不満げな表情を見せて諌める。
「お言葉ですが、アルがいなければこの里は壊滅していたかもしれません。感謝の言葉はないのですか?」
「儂らが頼んだわけではあるまい?其奴が勝手に向かい勝手に倒しただけのこと。なぜ感謝などせねばならんのだ?」
まるで悪びれることもなく、無理筋とも言える言い分を口にする長老。確かに長老たちはアルに助けを請うたわけではない。
だからといって納得できるはずもなく、戦場にいたエルフたちの顔が紅潮する。耐えかねたリタが口を開き、怒りを言葉に乗せて糾弾する。
「そのような言い分、あなた方にはエルフとしての誇りはないのですか?あなた方はセアラの血が欲しいだけなのでしょう?私はセアラに幸せになってほしい。そのためにはアルさんが一緒でなければならないんです」
「お母さん……」
リタの言葉は母親として当然のもの、ただ自分の子供の幸せを願うものだった。
長老たちはそんなリタの言葉に失望の色を見せ、嘆息する。
「……リタよ、お主は本当に其奴がセアラを幸せにすると?」
「幸せにする?いいえ、すでにセアラは幸せに過ごしております。親としてそれを壊すようなことは出来ないと言っているのです」
両者が意見を戦わせるが、平行線のまま一向に進まない。
痺れを切らしたアルが、交渉の流れに引きずり込むため闖入者の情報を口にする。
「話を切ってすみませんが、ダークエルフという名に心当たりは?」
長老たちが目を見開き、その表情を一気に焦燥と困惑で染める。
「……なぜその存在を知っておる?」
「先程ゴーレムを操っていた者が、そう名乗っておりましたので」
淡々と答えるアルに対して、長老たちのざわめきが大きくなり、収拾がつかなくなり始める。アルの読み通り、それだけエルフの里にとって貴重で危険な情報だと分かる。
やがて渋面を作った長老が嘆息し、重い口を開く。
「……ダークエルフとは種族の名前というわけではない。禁術に手を染めたエルフをそう呼んでおる」
「禁術とは?」
「行使するために生きた魂、つまりは生け贄が必要となる術だ」
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