第65話 転移魔法
「セアラ、本当に後悔しないか?」
両肩に手を置き、念を押して確認をするアルに対して、セアラは力強く頷く。
「はい、絶対にしません。必ずアルさんとシルを守れるようになります」
アルもセアラがやると言うのなら応援するだけ。もちろん自分が反対したところで、意見を曲げるようなセアラではないということもある。
「ああ、分かった。俺もセアラとシルを全力で守るよ」
「はい、よろしくお願いします」
そんな二人の袖を、不満そうな顔をしたシルが引っ張る。
「パパ、ママ、私も何かしたい……」
仲間外れが嫌だとかいうことではない。子供ながらに、シルも二人に守られるだけなのは嫌だという純粋な気持ちだったのだが、アルとセアラはその願いに困惑する。
中途半端に力を持つことは、己の身を危険にさらすことになりかねない。特にシルのような子供は、戦うべきか退くべきかの判断を誤る可能性が高い。
「シル、お前はまだ子供なんだ。今はまだ戦わないで欲しい」
「そうよ、そう言ってくれるのは嬉しいけどね」
「……でも……」
納得いかないといった表情のシルの頬に、セアラがそっと手を添える。
「シル、私だって自分から戦いに行く訳じゃないわ。私はいつもあなたの傍にいる。でもアルさんはずっと傍にはいられないの。だからお願い、私にあなたを守らせて」
「……うん」
納得はしてくれたようだが、いまだ悲しい表情のシルにリタが助け船を出す。
「シルちゃん。じゃあ攻撃魔法ではなくて、物理障壁や魔法障壁みたいに支援系の魔法を練習しましょう。それならいいでしょう?」
シルの顔がぱあっと明るくなり、アルとセアラを見る。二人は顔を見合わせて苦笑するが、落とし処としては悪くない。
「確かにシルがそういう魔法を覚えてくれると助かるな」
「そうですね。じゃあシル、私と一緒に練習しましょう」
「うん!」
やっといつもの笑顔が戻ったシルの頭を二人が撫でる。その様子を見ていたリタが気を取り直して本題に戻る。
「それで、セアラの封印の解除ですが、それ自体は難しくありません。すぐにでも出来ます」
ほっとするセアラだが、リタの表情は浮かない。別の障害があると言っているようなものだったので、アルが先回りして尋ねる。
「何が問題になるのでしょうか?」
「……問題は封印のことではありません。セアラがハイエルフだと言うのは当然長老たちも知っています。そして過去一度だけ産まれたハイエルフは、里を捨てて行方知れず、生きているかどうかすら分かりません」
アルたちにはその理由が何となく理解できた。そこまで珍しいのであれば、自由などまるで無かっただろう。そして恐らくこの理由が一番大きい。
「……里を捨てた理由は、その血を残すように強要した、と言うことでしょうか?」
リタとエルヴィンが黙って首肯すると、エルヴィンが重い口を開く。
「……はっきり言って、ハイエルフの形質が遺伝するかどうかは定かではない。それでも試してみる価値はあると、多くの者と子を残させようと当時の長老たちは考えた。伝説のハイエルフが甦ったのだから、その気持ち自体は分からんでもない。だが好きでもない相手の子を産むためだけに生きるなど、尊厳もなにも有ったものではない。まさに生き地獄だよ。だから彼女はそうなる前に、隙をついて脱走したらしい。私も詳しくは知らないが、協力者もいたと聞いている」
その言葉でアルとセアラはそのハイエルフが女性だったのだと理解する。即ち彼女の境遇は、そのままセアラに当てはまると言うことだ。
「つまり今の長老たちもセアラにその道を辿らせようと言う訳か……」
わずかに空気がピリッと張り詰める。周囲を威圧しないよう配慮した静かな口調だが、確かな怒りがそこには込められていた。
アルの戦い振りを見ていたエルフたちに緊張感が走り、顔が青くなる。彼らは目の前の人間を間違っても敵に回してはいけないことは、もはや十分に理解していた。
「言い訳のように聞こえるかもしれませんが、セアラがここに残るのであれば私と兄さんが必ず守るつもりでした。実際それをさせないことを交換条件に、セアラを引き留める協力を要請されました。ですがセアラがアルさんについていくとなると……何をしでかすか分かりません」
リタの言葉は本心からのものであり、二人にもそれは信じられる。セアラの幸福を願う母親が、そのような役回りをさせるわけがない。
「……強引に連れ出すわけにはいきませんか?」
「そうですね、私はそれでも構いません」
アルの言葉にセアラも同意するが、リタは頭を振って否定する。
「そのようなことをすれば追手が放たれることになりかねません。アルさんもいつも二人のそばにいるわけにはいかないでしょうから、それは避けたいのでは?」
「……そうですね」
アル自身エルフと敵対したいわけではないし、追手に狙われては一ヶ所に落ち着いて暮らすなど出来るはずがない。
そしてリタは言わなかったが、もしそのようなことをすれば里の中で彼女の立場が悪くなるのは明らかだった。
「つまりアルたちが安心して暮らせるようになるには、長老たちの説得がどうしても必要というわけだ」
その言葉はもっともではあるが、交渉材料がアルたちには思い付かず渋面を作り悩んでいると、エルヴィンが続けて提案する。
「だからアル、もし長老たちがごねたときには、その力を里に貸してくれないか?」
「……それは……ここで暮らすということか?」
確かに再びあのダークエルフがここに来る可能性は十分にある。
自分がこの里を守ると言えば、長老たちもセアラとの結婚を認めるかもしれない。
事実、里の兵士たちでは、ゴーレムにまるで歯が立たなかったのだから、喜んでその条件を飲むかもしれない。
だがアルたちの家はあくまでもカペラだ。リタが里を飛び出したように、外の世界から隔離された生活をするというのは不健全でしかない。
それにアルとセアラ自身も外の世界をもっと見たいと思っているし、何よりまだ子供のシルをこの里に閉じ込めるようなことはしたくなかった。
そんなアルたちの懸念は当然想定内の話であり、エルヴィンがそれを払拭する。
「いや、恐らくセアラであれば転移魔法を覚えることが出来る。連絡用の魔道具もこちらで用意する。だから助けが必要なときに来てくれればいい」
エルヴィンの話では、転移魔法の術式自体はエルフの里にも伝わっており、かつて純血のエルフたちは自在に使っていたらしい。
長い年月をかけて失われつつあったそれを、近年で使いこなせたのはたった一人。
かつて一度だけこの里に産まれたハイエルフの女性だけだった。
そして彼女はそれを使えることを周囲には隠しており、唯一脱走するときにだけ使ったとのことだった。
「私に……出来るでしょうか?」
不安そうな顔を見せるセアラの頭をアルが撫で、シルがぎゅっと抱きつく。
「セアラなら出来る」
「ママなら絶対大丈夫だよ!」
「アルさん、シル……分かりました。やります!」
二人に励まされ、両の拳を胸の前で握り力強く頷くセアラ。
アルとシルはセアラを励ますために、適当なことを言った訳ではない。彼女ならばやると言ったからには絶対にやりきると信じている。
二人がセアラを心から信頼しているのは、その様子を見ていたリタにもよく分かった。
たった五年間しか育てることが出来なかった娘。本当は自分がたくさん愛情を注いで幸せにしてあげたかった。複雑な気持ちが無いわけではない。
それでも今セアラがこうして暖かい家族に恵まれている様子を見ると、ついつい目頭が熱くなる。
「え?お母さん、どうしたの?」
涙ぐんでいる母親を見て、セアラが困惑する。
「ううん、何でもないの。アルさん、シルちゃん、セアラをよろしくお願いしますね」
「はい」「うん!」
アルはリタの意図を察し、シルはよく理解しないまま返事をした。
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