仲間に裏切られて人に絶望した元最強異世界転移勇者と、裏切られても人を信じる元王女の幸せな結婚生活
Sanpiso
プロローグ ~私が彼に恋をした日~
※プロローグは今作品のヒロイン、セアラ視点のお話です
あの日からずっと、私の意思とは関係なく、来る日も来る日も王女としての教育を施される。
大好きなお母さんから引き離されてから、私は言われるがままに生きることに慣れていった。
いや、慣れていったんじゃない。考えることを止めていた。考えると涙が止まらなくなる、どうしようも無く怒りが抑えられなくなる、寂しさに押し潰されそうになる。
そしてそれらの感情は、私の心を乱すだけで何の役にも立たなかった。
だから私は何もかもを諦めて、考えることを止めた。
この先、生きていたとしても、きっと何もいいことなんてないのだろう。もう二度と優しいお母さんにも会えないのだろう。あの時の私はそう信じて疑わなかった。
先生に怒られないように言うことを聞いて、静かにしているだけでいい。どこぞの高貴な御方に見初められれば御の字。私は死んだように生きていた。
そんな私に一つの出会いが訪れる。王城の廊下を歩いていた私は、前から来る一人の男性に目を奪われた。珍しい黒い髪に黒い瞳。思わずぼーっと彼を見つめてしまった私が、ドレスの裾を踏んでバランスを崩すと、彼がとっさに私を支えてくれる。
「っと、大丈夫ですか?」
精悍な低い声が私の鼓膜をくすぐると、思わず頬が紅潮するのを自覚する。
「は、はい。すみません。ありがとうございます」
あまりの恥ずかしさに、私は彼と目も合わせずに礼を言うと、足早にその場を立ち去る。
後で専属侍女のエリーに話を聞くと、彼は異世界から召喚された勇者様とのことだった。
その強さは勿論のこと、端正な顔立ちに珍しい髪と瞳の色が相まって、最近では他の王女を始め、侍女たちの間でも彼の話で持ちきりだと聞かされた。
ある日、私の先生に急用ができてしまい、ぽっかりと予定が空いてしまった私は、侍女服を着て、外套を纏い城下町に来ていた。なぜか爪弾き者の私に良くしてくれるエリーのおかげだ。
私は体調を崩して寝込んでいることになっているけれど、妾腹の私のお見舞いなんて誰も来ない。恐らく気付かれもしないだろう。だからバレるはずはないし、もし誰かが来てもエリーが追い返してくれる。
久しぶりの城下町だけれど、私が王城に連れてこられたのはもう十年以上も前の話。とくに懐かしさに駆られることもなく、どちらかというと新鮮な気持ちを抱く。
思えば王城で彼を初めて見た日から、私はちょっと、いや、大分浮かれていた。エリーに彼の訓練の日程を調べてもらい、なんとか時間を作っては密かに見に行っていた。
訓練場には他の王女たちもいたので、妾腹の私は少し離れた場所からしか見られなかった。だけどそれでも良かった。それだけで微かな幸せを、胸の奥が暖かくなるような不思議な感覚を抱いていた。
今日私が城下町に来ているのは、訓練漬けの彼が気分転換に町を散策すると聞いていたから。いくら城下町が広いと言っても、土地勘のない彼のこと、きっと町の中心部を見て回るだけだろう。もしかしたら彼に会えるかも、変装している今ならお話しもできるかも、なんてことを考えて浮ついていた。
「きゃっ!す、すみません!」
彼を探しながら歩いていると、私はちょっと怖そうな男性にぶつかってしまった。探すのに夢中になって、よく前を見てなかった私が悪い。
「あーあ、今ので貴重なハイポーションが割れちまったじゃねえか。どうしてくれるんだ?」
「え……?」
男性がハイポーションと言い張る割れた瓶を見せてくる。でもおかしいな、瓶が割れるような音はしなかったんだけど。
助けを求めて周りを見るけれど、みんなそっぽを向いて無関心を決め込む。それもそうだろう、多分この男性は冒険者だ。これ見よがしに鍛え上げられた肉体を見せつけている。その辺りの人が敵うような相手じゃないのは明らかだった。自分の身を危険に晒してまで人を助けるなんて、余程のお人好ししかいない。
いずれにせよ、ぶつかってしまったことは確かなのだから、お金を払ってでも丸く収めたほうが得策だろう。
「あの、弁償しますので……」
「ああ、当然だな。金貨十枚だ」
「え?そんなにするんですか……?」
どうしよう、お買い物のために出た訳じゃないから手持ちは少ない。そもそもお城に戻ったとしても、私が使えるお金なんてそんなに無いのに……
「どうぞ、ハイポーションです」
どうしていいか分からずに、私が俯いて震えていると、あの精悍な声が聞こえる。
「な、なんだお前!?関係ないだろうが!」
「いえ、彼女は私の知り合いですので、無関係ではありません。それに弁償すれば文句はないんですよね?それとも別の目的でも?」
男性が声を荒げても、彼はにこやかに、それでいて威圧感のある声で男性を問い詰める。
「くそっ」
男性は彼の手からハイポーションを奪い取ると、悪態をつきながら去っていく。私はホッと一息つくと、その場にペタンと座り込んでしまう。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません……安心したら腰が抜けてしまいました」
恥ずかしい、フードを取って、ちゃんと顔を見せてお礼を言わないといけないのに。
「その服はお城の侍女服ですよね?私も用事が終わりましたので、一緒に戻りましょう」
彼はそう言うと、私をひょいと持ち上げて横抱き、所謂、お姫様抱っこをする。
「え?あ、あの……」
「大丈夫ですよ、とても軽いので」
そういう問題じゃないです。恥ずかしいんです。だけど……だけどすごく嬉しいと感じる自分がいる。
「あ、あの!」
「はい、何ですか?」
「た、助けてくれて、ありがとうございます。必ず弁償しますので」
「いえ、気にしないでください。私は回復魔法も使えるので、そこまで使う場面がありませんから。役に立って良かったです」
「そうなんですね……」
どうしよう、こんなチャンスは多分もう二度とないのに、もっとたくさん話したいのに言葉が出てこない。
なんでだろう?彼の顔を見ていると、声を聞いていると胸が苦しくてたまらない。自分でも分かる、私の顔は真っ赤になっている。フードを取らないといけないって分かっているのに、こんな顔、恥ずかしくて見せられない。
「そういえば、お名前を聞いていませんでしたね?私はユウと言います」
偽名でも名乗った方がいいのかという思考が一瞬よぎるが、自分の名前を知って欲しいという欲求が上回る。
「あ、はい……セアラです」
「セアラさんですか、いい名前ですね」
微笑みと共に私の名前を誉めてくれる彼に、私はますます顔が赤くなるのを自覚する。
「あ、ありがとうございます…………母に……母につけてもらった名前なんです」
「そうですか、お母様とは一緒に住まれているんですか?」
「……いえ、訳あって少し離れているところに住んでおります」
「あ……変なことを聞いてすみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
「……セアラさんは、お母様がお好きなんですね」
「はい……とても優しい母でしたので」
「そうですか……いつか……また会えるといいですね」
私は彼に言われてはたと気付く。
いつの日からか母にはもう会えないと諦めていたのに、今確かに母に会いたいと思うようになっていたことに。
「……はい、そうですね」
きっと私の時間はこの日からまた動き出したんだ。
あの日から色を失った世界は再び輝きだしたんだ。
そう、彼に恋をしたその日から。
……そしてあの日から約一年が経ち、私は藁にもすがる思いで、彼が住んでいるという森へと向かっている。謂れの無い罪を着せられ、もう王城へは戻れない。なんとか追っ手は振り切れたけれど、血を流しすぎたのか、もう足に力が入らない。目が霞んで、徐々に意識が遠ざかる。
会いたい、彼に会いたい。最期に一目だけでいいから……ううん、違う。私は彼と一緒に生きたかった……
……不思議、死ぬ時ってこういうものなのかな?彼に横抱きにされたあの日の恥ずかしくも嬉しい記憶と感覚が蘇ると、私は死を覚悟して意識を手放した。
※あとがき
読んでいただきましてありがとうございます
本作品はプロローグで出会った二人、アル(ユウ)とセアラが
艱難辛苦を乗り越えて幸せになるまでを描きます
よろしければ最後までお付き合い下さい
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