第52話 バレンタイン特別編

※ちょっと書いてみました!

時系列的には本編が終わってからですね

ということでシルもちょっと成長してます



 今日はバレンタインデー。セアラはアルに内緒で休みを取っており、密かに手作りチョコレートを準備しようと計画している。

 ちなみにバレンタインデーの風習は、転移・転生者の多いこの世界では多くの国で受け入れられており、ここカペラでも一大イベントとなっていた。


「シル、今日はバレンタインデーよ!」


「バレンタインデーってなぁに?」


「私もあまり知らなかったんだけど、女の人が好きな男の人にチョコレートをあげる日みたいなの」


「へー、じゃあパパにチョコレートをあげるの?」


「そう、それも手作りのね。シルも一緒に作るでしょ?」


「うん!」


 セアラとシルは材料を買いに、お菓子作りの材料を専門に扱っている商店へと向かう。


「ママ、すごい人だよ?」


「うん……もっと早く買っておくべきだったね……でもアルさんに見つかったら嫌だったし……」


 いつもならばそこまで混雑することのない小さな商店だが、材料を求めて長蛇の列が出来ている。


「あ!セ、セアラさん?」


 セアラに声をかけてきたのは、オールディス商会の天然石仕入れ担当のレイチェル。

 商店から出てきた彼女のその胸には紙袋が抱かれており、どうやらチョコレートの材料を購入したようだと分かる。


「レイチェルさん!お久しぶりですね」


「は、はひ!」


「そんなに緊張しないで下さい。お友達なんですから」


「そ、そうですね!……あの、もしかしてチョコレートの材料を?」


「ええ、でもこんなに混んでいるなんて思わなかったので、ビックリしてしまいまして」


 眉尻を下げて苦笑いをするセアラ。

 それを見たレイチェルにある考えが湧き上がるが、それを言い出す勇気がどうしても出ない。


「お姉さんもチョコレート作るの?」


「え?ええ、そうなの。でもちょっと材料を買いすぎちゃって……」


 シルの問いかけにレイチェルが多少の嘘を混ぜて答える。確かに多く買ってはいるが、それは自分がたくさん食べるためのものだ。


「そうなんですか?あの……もしよろしければ一緒に作らせていただけませんか?お金はお支払しますので」


「もちろんです!お金は結構です!」


「い、いえ、そういう訳にはいきませんので……」


 セアラはノータイムで勢いよく返事をするレイチェルに圧倒されるが、取り敢えずホッと胸を撫で下ろす。


「ではセアラさんの作ったチョコレートを、私に頂けませんか?友チョコというやつです!」


「友チョコ、ですか。では私もレイチェルさんの作ったものを頂いても良いですか?」


「そ、そんな!恐れ多くて……」


 レイチェルが右手を前に突き出して、物凄い勢いで頭を振る。


「レイチェルさん、お友達なんですから、そういうのはナシですよ」


「はい……そう仰られるのであれば……」


 セアラが少し思案気な顔をする。レイチェルとは知り合って結構な時間が経つのだが、メリッサのように気軽に話をすることが未だに出来ない。


「レイチェルさん、もうひとつお願いをしても良いですか?」


「えっと、なんでしょうか?」


「お互い呼び捨てで呼びませんか?あとは言葉遣いも変えましょう!」


「えっ!?それは……」


 セアラがレイチェルの手を握る。


「お願いします!」


 憧れの存在からの懇願を無碍に出来るはずもなく、レイチェルは渋々ではあるがどこか嬉しそうにそれを了承する。


「はい……分かりま、分かったわ、セアラ」


「うん、よろしくね、レイチェル」


「ねえねえ、どこでチョコを作るの?」


 シルが尻尾を振りながらレイチェルに尋ねる。二人のやりとりを静かに聞いていたが、早く作りたくて堪らないといった様子だ。


「メリッサの家よ。今日はお店もお休みだし、一緒に作る約束をしてるの」


「じゃあ早く行こ!」


「はいはい」


 二人の手を引っ張るシルに、セアラとレイチェルは苦笑する。


 三人は仲良く手を繋いで歩き、メイン通りにあるメリッサの家に到着する。


「いらっしゃい!ってセアラとシルちゃん?どうしたの?」


「ちょうどお店の前で会ってね、いっしょに作ろうって話になったの」


 二人の姿を見て驚くメリッサに、レイチェルが説明する。


「そういうこと、よろしくね!メリッサ」


「お邪魔します!メリッサお姉さん!」


「ふふ、じゃあ二人はアルさんへのプレゼントってことね。それなら腕によりをかけて作らなきゃね!」


 四人は早速チョコレート作りに取りかかる。今日作るものはトリュフ。


「じゃあまずはチョコレートを細かく刻もうかしらね。シルちゃんも包丁大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ!最近は料理も勉強してるから」


「よし、じゃあ三人でお願いね!」


「「「はーい」」」


 調理の主導をするのはレイチェル。

 セアラとメリッサが、ガナッシュ用とコーティング用のチョコレートを刻んでいく。

 二人がチョコレートを刻んでいる間に、レイチェルは生クリームを鍋に入れて温め、それを刻んだガナッシュ用のチョコレートに注ぐ。


「シルちゃん、ちょっと混ぜてみる?」


「うん!」


 シルがそれを泡立て器でクリーム状になるまで、張り切って混ぜ合わせると、そのまま少し冷やす。


「じゃあ次はこれをスプーンですくって、同じ大きさにしていくよ」


 四人はスプーンでガナッシュをすくい、同じ大きさになるようにバットの上に並べていくと、冷蔵庫型の魔道具で冷やす。冷蔵庫型の魔道具は、必要な魔石のランクが高いので、必然的に高価になる。

 今日レイチェルがメリッサの家で作るのは、これがあるためだった。


「うん、いい感じだね!じゃあガナッシュを丸めていくよ。丸めるときは冷水で冷やしてね!」


「なんだか遊んでるみたいで楽しい!」


 無邪気な笑顔を見せるシルにメリッサが同意しつつ、セアラに目を向ける。


「そうだね、たまには女だけでっていうのもいいよね。セアラは休みの日はいつもアルさんにベッタリだし」


「だ、だって……私はアルさんの妻なんだし……」


「はいはい、そうですね。全く……いつまで経っても新婚気分ね。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいなんだから」


 恥ずかしそうに頬を赤らめるセアラに、メリッサは嘆息するが、レイチェルとシルは嬉しそうにニンマリとする。


 次はガナッシュのコーティング。

 細かく刻んだコーティング用のチョコレートを湯せんにかけて溶かすと、手のひらにそれをつけて、丸めたガナッシュを転がしてコーティングしていく。

 最後にコーティングしたガナッシュの表面にココアをまぶして完成だ。


「おいしそーー!」


 目をキラキラと輝かせてシルが言う。その意見に三人も異論を挟む余地はない。


「レイチェルのおかげね、ありがとう」


「う、うん。上手く出来てよかったわ」


 セアラに感謝をされ、思わずどぎまぎするレイチェル。言葉遣いを変えても、染み付いた意識はそうそう変わることはない。


「ところでメリッサは誰かあげる人がいるの?」


 セアラの言葉でメリッサのこめかみに青筋が浮かぶと、レイチェルはまずいと顔を逸らす。


「友達にチョコ作ってもいいじゃないの!この恋愛脳!」


「わ、私は誰かいるのって聞いただけじゃん!?男の人なんて言ってない!」


「いーえ、絶対に男の人って意味で聞いたでしょ?私には分かるんだから!」


 レイチェルは落ち着くのを待つのも時間の無駄だと、シルに声をかける。


「シルちゃん、包んじゃおうか?」


「うん!メリッサお姉ちゃん大丈夫?」


「大丈夫よ、いつものことだから」


 結局二人の口論が落ち着いたのは三十分後のことだった。




「アルさん、どうですか?」


「パパ、おいしい?」


 アルを真ん中にして三人がリビングのソファに座って、チョコレートを味わう。


「ああ、おいしいよ。二人で作ったのか?」


「いえ、メリッサとレイチェルと一緒に作りました」


 レイチェルの呼び方が変わっていることにアルも気付くが、やっと少し距離が縮まったんだなと理解する。


「そうか、たまには友達同士で出掛けてもいいからな。友人も大事だろう」


「……アルさん、私が友達と遊びに行っても寂しくないですか?」


「寂しいが……それでも俺はセアラに友人がいることが嬉しいよ」


「アルさん……ありがとうございます」


 セアラがアルに寄り掛かると、アルがその肩をそっと抱く。シルは出会ったときと変わる様子のない二人に少しだけ呆れ、それでも嬉しそうな表情を浮かべると、チョコレートをその口に押し込んだ。



※あとがき

特別編いかがでしたでしょうか?

シルは何だかんだアルとセアラが羨ましいみたいです


明日からは第四章の始まりです

平日一日一話更新になります

こうして三人が幸せに過ごすまでの過程をお楽しみください!

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