第51話 魔法の練習
セアラとシルが休みの日は、アルも同じように休みを取る。
そんなある日の休日、予てから約束していた通り、今日は魔法の練習をしようという話になる。
「アルさん、私は本当に魔法が使えるのでしょうか?」
「ああ、セアラの持つ魔力量ならば使えない方がおかしい。エルフは亜人とも言われるが、本来は妖精族に属している訳だしな」
この世界では全員が魔法を使えるわけではない。人間であれば半数ほどは生活魔法すら使えない。
ただし魔力を全く持っていないわけではなく、体内の魔力が少量すぎて外に出すことが出来ないだけ。
もし魔力が全く無ければ、魔道具すら利用することはできない。
魔道具は例外なく魔石を使用しており、使用する際には必ず魔石に触れる必要がある。
魔石に触れるとそれが媒介となって、触れた者の体内の魔力を外に放出し、魔道具を動かすという仕組みになっている。
ちなみに魔石はそれ自体にも魔力を貯めることが出来る性質を持ち、ランクが上がれば上がるほど貯めることの出来る魔力が増える。
一般的な魔道具に使われる魔石は低級の物が多く、使用者の魔力をそのまま垂れ流すだけのもの。
これはコストの問題もあるが、その程度の魔石でも十分に事足りるからという理由が大きい。
対して魔法使いの杖に使われる魔石は、上級の物を使用している場合が多い。
上級の魔石となれば使用者の魔力に魔石に蓄えられた魔力を上乗せできるので、魔法の威力を引き上げることが可能となる。
現状セアラが苦しんでいるのは、魔力を外に出すことが出来ないというところだった。
魔法に堪能なアルとシルが二人がかりで教えているのだが、一向に出来る気配がない。
「ママはなんで魔力が外に出ないんだろう?」
「そうだな、体内の魔力量からすれば、それほど難易度は高くないと思うんだが……」
「……才能がないんでしょうか……」
セアラが悲しみに暮れた表情を見せ、二人が焦る。
「いや、そんなことはない。なにか理由があるはずなんだ。セアラの魔力量であれば、制御できないということがあっても、全く出せないというのは異常なんだ」
「うん、私もそう思う」
「……異常なほど才能がないということでは……」
天真爛漫なセアラにしては、珍しいほどのマイナス思考。アルとシルもフォローしたつもりが、傷口に塩を塗り込むような結果になってしまう。
「セアラ、そう落ち込む必要はない。時間はあるんだから、ゆっくり出来るようになればいい」
「……はい」
全く表情が晴れないセアラにアルが困り果てると、シルがセアラの手のひらに自らの手のひらを乗せる。
「ママ、ちょっとママの魔力を借りるね」
そう言ってシルが目を閉じると、水を出すだけの魔法『
するとシルの手から水が並々と溢れ出す。
「見て、これ全部ママの魔力で作った水だよ。魔力が少ない人はこんなに水を出せないの。だからきっとママも出来るようになるよ」
「シル……うん、ありがとう。もう少し頑張ってみるね」
セアラは残った手でシルの頭を撫でると、彼女は耳と尻尾を動かして喜びを露にする。
今シルが行ったのは魔力の循環で、言ってみれば己を魔石の代用としたということ。
自らにセアラの魔力を通し、セアラの代わりにシルが魔法を行使して魔力を外に出していた。
「そういうやり方があるのか……この方法ならば魔力切れを起こしても、他者の魔力を借りて魔法を使えるというわけか?」
初めて見る方法で魔法を行使するシルの行動を思わずアルが考察すると、シルがそれを肯定する。
「見てすぐに分かるなんて、さすがパパだね!……私も昔……誰かにこうして魔力を外に出すイメージを作ってもらった気がするの」
「そうか……」
二人はそれ以上シルに深く聞くことはなく、魔法の練習を続ける。
結局その日は使えるようにはならなかったが、セアラ自身が自分の魔力を認識できたということは大きな一歩と言える。
夕食時になり、せっかくの休日なので外食をすることになった三人は、先日の祭りで優勝して新たに開店した店に向かう。
到着したのはスパイスの香りが漂う、本格的なインドカレーの店。
「セアラは祭りではここに投票したんだろう?」
「ええ、またこうして食べられるなんて嬉しいです!」
「なんか不思議なにおい……?」
魔法の練習のときは落ち込んでいたが、いつものニコニコした笑顔を取り戻しており、アルはホッと胸を撫で下ろす。
一方でシルは店の外にも漂っている、嗅ぎ慣れないスパイスの香りに、鼻をヒクヒクさせていた。
三人が店内に入ると、すでに多くの客が入っており、その視線が一斉に集まる。
最近はアルとセアラが一緒にいると、どの店に行ってもこの有り様。三人はなるべく気にせず、空いている席に着いてメニューを確認する。
前回の祭りのときはバターチキンカレー一種類だったので、アルとセアラは他の物にするつもりだ。
「私これにしてみます!」
セアラが指差したのはサグチキンカレー、しかも辛口。ほうれん草が使われている緑のカレーだった。アルは魚を使ったフィッシュマサラカレーの中辛、シルはオーソドックスにバターチキンカレーの甘口にした。サフランライスとナンを選ぶことが出来たのだが、祭りの時のように、三人ともナンを選び運ばれてくるのを待つ。
「ねえねえ、みんな手でちぎって食べてるよ?」
シルが回りをキョロキョロと見渡して、目を白黒させる。
「ああやって食べるのが正しいんだ」
「シルもきっと気に入るわよ」
やがて三人のもとに料理が運ばれてくると、セアラとシルは目を輝かせる。屋台の時は切ってあったので良く分からなかったが、巨大なナンに興味津々といった様子。
「これをちぎってつけるの?」
「そうよ、熱いから気を付けてね」
シルが一口食べると目を見開く。
「あ……おいしい!」
そう言ってから一心不乱に食べ出すシルを見て、アルとセアラも食べ始める。
「なんだか面白いです。色からは想像できない味というか、でも辛くて美味しいです」
「少しもらってもいいか?」
アルはセアラのサグチキンカレーをナンにつけて食べる。
「……旨いが……辛いな」
「そうでしょうか?」
アルは平然と食べ進めるセアラを見て、人は見かけによらないものだと思う。
一緒に暮らして分かってきたのだが、セアラは辛いものが好きで、甘いものはそこまで食べない。
「セアラは甘いものより辛いものが好きみたいだが、酒はどうなんだ?」
「お酒ですか?嫌いではないですが、あまり飲む機会もありませんし」
「酔ったことはないのか?」
「無いですね、以前解体場の方たちに歓迎会を開いていただいたときに、
「……そうか」
それだけ飲んでも酔わないことは確かに驚きだが、人の妻にそこまで酒を飲ます連中に文句を言いたくなるアル。
しかし目の前のセアラが全く気にしていないので、それを咎めるのは小さい感じがしないでもない。
「アルさん?眉間にシワが寄ってますよ?」
「え?あ、ああ」
アルの慌てた様子で、セアラが何事かを察し、笑みを浮かべる。
「アルさん、もしかして焼きもちですか?」
「……まあ……そうだな」
アルは誤魔化そうかとも思ったが、素直に認める。
「……すみません、ちょっと嬉しいです」
「……あぁ、うん……」
頬を赤らめたセアラの正直な感想に、どう答えたらいいか分からず困惑するアル。藁にもすがる思いで横に座るシルを見るが、まるで話に興味がないようで、黙々と食べている。
「でも大丈夫ですよ。女性が私だけだと良くないって、モーガンさんがアンさんたちギルドの職員の方にも、声をかけてくださいましたし。どちらかと言うと男性の皆さんは、アルさんが心配するからあまり飲みすぎないように、言ってくださいましたから」
「……そうか、安心したよ」
思っていた以上にセアラが色々な人に受け入れてもらっているのだと再認識したアルは、穏やかな表情を浮かべる。そんなアルの表情を見たセアラの頬は、先程よりもさらに紅潮していた。
「……アルさん」
「ん?どうした?」
「今日は……腕を組んで帰ってもいいですか?」
「……ああ、そうしよう」
「はい、ありがとうございます!」
セアラの今日一番の嬉しそうな笑顔に、アルの頬に朱が差し、胸が高鳴った。
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