第25話 力自慢コンテスト
「アルさん、朝ですよ」
「ん……ああ、おはようセアラ」
「はい、おはようございます」
昨日と同じように町中は喧騒に包まれており、一足先に起きたセアラがアルを起こす。既に着替えも終えており、朝食まで準備を終えていた。
「セアラ、ずいぶん早起きだな?」
「そんなことないですよ、アルさんがよく寝ておられただけです」
相変わらずのニコニコ顔のセアラを見て、アルの顔も少し綻ぶ。
時刻を確認すると、既に八時を回っていた。力自慢コンテストは十三時からなので遅刻するような心配はないが、いつものアルからすると寝坊だった。何も身に付けていなかったアルは、すぐに着替えを済ませて、朝食が並べられたテーブルに座る。
「これは……」
「はい、今日は私の成長を見ていただきたくて、初めてアルさんと作った料理を一人で作りました」
パンとベーコンエッグと野菜スープ。決して難しい料理ではないが、それでもあの頃のセアラには絶対に作れないものだった。大切に味わうアルと、それを固唾を飲んで見守るセアラ。
「……美味しい。すごく美味しいよ」
「ふふ、ありがとうございます!」
それは決してお世辞などではなく、セアラが努力したことがよく分かる味だった。ベーコンエッグの焼き加減も絶妙で、野菜スープの具や味付けは少し変えてあり、アルが作ったものより美味しいと感じられるものだった。
「セアラはすごいな。こんな短期間ですごい上達速度だ」
「いえ、そんなことないですよ。アルさんに美味しいと言ってもらえるように頑張っただけです」
料理は食べさせたい人の事を考える事こそが、上達への近道、その通りなんだなとアルは思う。同時にセアラにとって自分がそうであるということは、嬉しいことだった。
二人は朝食を終え、アルの淹れたコーヒーを飲んでから、町へと出掛ける。そしてコンテストの当日受付を済ませておくために広場へと向かう。
「ア、アルさん。すごく大きな人ばかりですが大丈夫でしょうか?」
セアラが言う通り、アルよりも一回りは大きい男達が受付の列に並んでいる。アルとて百八十センチほどある長身ではあるが、それでも小柄に見えるほどの大男の集団がそこにいた。
「まあ問題ないだろう。しかしあの男達もそんなに猫が欲しいのか?」
「どうでしょうか。珍しい毛色の猫ですし、欲しい方に売れば、高値で買い取ってくれるのでは?」
列に並ぶと周りの屈強な男たちが、アルに向けて嘲笑を向けるが、当の本人は全く意に介さない。
受付を終えると、開始時間まで一時間ほどの時間が空いてしまい、どうしようかと考えていたところに、ファーガソン家の三人が声をかけてくる。
「やあアル君、もしかして力自慢コンテストにエントリーしたのかい?」
「はい、副賞の猫に釣られまして」
「そうかそうか、うちの使用人のアレクも出るからよろしく頼むよ」
ブレットの横には身長二メートル近くある男が控えており、アルに向かって恭しく頭を下げる。
「アル様、よろしくお願い致します」
その口調は丁寧ではあるが、負けるつもりは微塵もないという自信に満ち溢れていた。
「こちらこそよろしく」
「それにしてもアルさんは力もお強いんですか?」
ヒルダがそうは見えないといったように、首を傾げながら声をかけてくる。
「ええ、それなりには」
「それは楽しみです。セアラさん、よろしければ一緒に見ませんか?」
「はい、是非お願い致します」
ヒルダが抱きつきながらせがむと、セアラはその誘いを快く承諾する。
そうこうしているうちに、出場者が集まる時間となり、アルとアレクは集合場所へと向かう。
すると見覚えのある、いかついスキンヘッドの男、モーガンがアルに声をかけてくる。
「おう、アルじゃねえか。お前も出るのかよ」
「ああ、今日は解体場は休みなのか?」
「祭りの時はギルドも解体場も基本的に休みだ。誰もこんなときに依頼を受けねえだろ?」
「確かにそうだな」
「しかしお前も出るとなると、優勝は厳しいか……」
モーガンは腕組みをしながら嘆息すると、諦めるような声を漏らす。
「お前も猫が欲しいのか?」
「猫?別に興味はねえよ。祭りは見るだけより参加する方がおもしれえだろ?」
「ああ、同じ阿呆なら踊らにゃ損々ってことか」
「ああ?何だって?」
「いや、何でもないよ。しかし出場者はこんなものなのか?もっと多いのかと思ったよ」
アルが周りを見渡すと五十人ほどの出場者がいるが、冒険者も多いこの町のことなので、少なくとも百人はいるのかと思っていた。
「ああ、予選を通過出来そうもないやつは出てこねえからな」
「予選?」
「アル様、あそこにある岩を一分間持ち上げるのが予選通過の条件です」
モーガンとアルの会話にアレクが割って入ってくる。
「お、よくよく見たらアレクじゃねえか。ずいぶんと小綺麗になったもんだな。今年は負けねえぞ」
「ええ、私も負けませんので」
「なんだ、二人は知り合いなのか?」
随分と親しげに会話をする二人に、アルが疑問を投げ掛ける。
「はい、私が去年の優勝者で、モーガンさんが準優勝です。私は去年優勝したことで、ブレット様に目をかけていただけましたので」
「去年のこいつはこんな話し方じゃなかったし、もっとヤカラみたいな感じだったんだぜ。肩で風を切って歩くような奴でよ」
「モーガンさん、止めてください。あれはなんと言いますか、ほんの若気の至りですので……」
どうやら本人的には封印したい黒歴史のようで、本気で嫌がる素振りを見せると、モーガンは指を指して大笑いをする。
「まあ無事更生できてよかったな。お?予選が始まったみたいだぜ」
三人が目線を向けた先には、一メートル程の高さの台に置かれた百五十キロの岩と、それを睨みつける大男たち。
一人目の男は、持ち上げることには成功したものの、十秒と持たずに台に落としてしまう。どの出場者も似たようなもので、持ち上げるものの、一分間をなかなか耐えられない。結局クリアするものが現れることなく、六番目のアルの順番になる。
「アルさん、頑張ってください!」
大きな声で声援を飛ばすセアラにアルは軽く手を振ると、両手で岩を頭の上まで持ち上げる。
その異次元の強さに会場からは歓声ではなく、どよめきが巻き起こる。ちなみに決してパフォーマンスでそうしているわけではなく、岩の形状から、こうした方が抱えるよりも簡単だっただけ。
「あ、あの魔法を使っていないですよね?」
審判をしている運営委員の人間が声をかけてくる。本来試技中の者に声をかけるなどご法度ではあるが、思わずそうしてしまうほどにアルは余裕に見えていた。
「ああ、魔法が出来るものからすれば分かると思うが?」
アルに言われて、審判が運営委員の方を見ると、頷いているものがいる。ルールに魔法禁止を謳っているだけあり、当然ながら、その判断が出来る者が審判として参加していた。
「すみません。問題ないようです。それでは一分経ちましたので、岩を下ろしてください」
「ああ、分かった」
アルは全く重量を感じさせることなく岩を扱い、ゆっくりと台の上に戻す。
「薄々思ってたが、とんでもねえな……」
「ええ……同じ人間とは思えません」
モーガンとアレクが顔を青くして呟くが、アルはそれを黙殺して、嬉しそうに拍手をしているセアラに手を振る。
その後、モーガンとアレクも予選を通過し、最終的に八人で決勝トーナメントを行うことになった。アルは一回勝つとモーガン、決勝ではアレクと当たる組み合わせとなっていた。
「では一時間後に一回戦を開始致しますので、各自休憩を取ってください」
アルは全く疲れていないものの、予選で力を使い果たしてしまったような者もいた。一時間で十分に回復する訳では無いが、予選から連続でやってグダグダになっては、イベントとして成立しない。それゆえの措置だった。
そして、やはり今日のメインイベントである決勝戦を、夜に持ってくるために、各試合後のインターバルは長めに取られていた。
「アルさん、スゴかったです!ホントにスゴかったです!」
「本当です、びっくりしました!あんな岩をこ〜んな風に持ち上げちゃうなんて!!」
興奮冷めやらぬ様子で、セアラとヒルダが休憩中のアルに寄ってきて、身振り手振りを交えて感動を伝える。まるで姉妹のような二人に、アルの頬が思わず綻ぶ。
「ああ、ありがとう。絶対優勝するからな」
「はい、くれぐれもおケガなさらぬように、頑張ってくださいね!!」
セアラとヒルダがアルのもとを離れると、いよいよ一回戦第一試合が始まった。
※補足
力自慢コンテストは実際にある大会の
ワールドストロンゲストマンコンテストを参考にしています。
本当に化け物じみた人たちなので、興味がある方は見てみて下さい
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