第9話 この町で……

 アンに素材の買い取りを依頼したアルとセアラは、併設されている解体場へと向かうよう指示を受ける。アルはいつものことなので、手慣れた様子でセアラの手を引いて向かう。

 解体場に入ると、スキンヘッドに整えられた口ひげ。発達した筋肉にピッタリと密着したタンクトップ。力の強そうな風貌のテンプレとも言うべき男性が、気さくに話しかけてくる。


「よおアルじゃねえか!今日も一角ボアか?ってそっちの手を繋いだお嬢ちゃんは誰だい?」


「初めまして、アルさんの妻のセアラと申します」


「へえ、アルにこんなきれいな嫁さんがいたのか。俺の名前はモーガンってんだ。宜しくな」


「はい、こちらこそ宜しくお願いします」


 普通の女性であれば気後れしてしまいそうなモーガンの勢いだが、セアラはニコニコしながら受け答える。アルはそんな彼女の様子を見て、どうやら先日の一件はトラウマになってはなさそうだと安心する。

 カペラは近くにダンジョンがあることから、冒険者も多い。住むとなれば、こうして厳つい男性と接することがあるかもしれない。


「いい嫁さんじゃねえか、アル。大事にしろよ」


「ああ、そうだな」


「そんじゃあ早速ここに出してくれ」


 巨大な作業台を指差すモーガン。アルは言われた場所に収納空間から一角ボアを取り出す。見た目にはほとんど傷が見られない完璧な状態だ。


「かぁー、相変わらずすげえ腕をしてやがるな。肉はまた十キロ渡せばいいのか?」


「ああ、あとは売却で頼む」


「了解だ!嬢ちゃんは初めてだろ?折角だから見ていくか?」


「いいんですか?是非見てみたいです」


 アルはモーガンの申し出に、そんなものを見て喜ぶ女性なんていないだろうと思ったが、意外にもセアラは目を輝かせている。


「セアラ、別に断ってもいいんだぞ?」


「いえ、解体の手順を覚えれば何か役に立つことがあるかもしれませんので」


 割ともっともな理由が返ってきたのでアルは素直に引き下がる。

 セアラは大型の魔物は無理でも、小型の魔物であれば自分にも出来ないかと考えていた。何度か見て練習すれば、森に住む上で役に立つのではないかと。


「そうか」


「勉強熱心だねえ。冒険者でもない若い嬢ちゃんにしては感心だ」


 そう言うとモーガンは早速解体にかかる。まずは放血、血抜きから始める。すでに絶命している状態なので心臓付近の大動脈から放血する。

 次は本来洗浄するところだが、アルは収納する前に魔法で洗浄しているので、この工程は飛ばすとモーガンがセアラに説明する。


「嬢ちゃん、次は内臓を取り出すぞ。大丈夫か?」


「っはい、お願いします」


 一瞬逡巡するも、セアラは覚悟を決めて頷きながら返答する。

 モーガンはセアラの返答を確認すると、先程までよりもさらに鋭利な刃物に持ちかえて、内臓を傷付けないように腹側の表面を切り裂いていく。そして細心の注意を払いながら、内臓を取り出していく。解体場に臭いが充満するが、セアラは微かに表情を歪めるだけで、熱心に見ている。

 その後、内蔵を取り出した腹のなかを熱湯で洗浄し、冷水にさらすとひとまず内臓の処理が終わる。


「嬢ちゃん大丈夫か?次は皮を剥いでいくぜ」


「はい、大丈夫です」


 モーガンは一角ボアの足首辺りに切り込みをいれると皮を一気に剥ぎ取っていく。そして首の辺りまで剥いだ後に首を落とすと、あとは枝肉にする作業を行って解体終了となった。


「モーガンさん、有り難うございました。勉強になりました」


「おう、またいつでも来るといい。しかしアルが無愛想だから嫁さんが気さくでちょうどいいな」


 モーガンの軽口にもアルは無反応で、セアラはコロコロ笑っている。

 二人は解体場を後にすると、セアラの希望で初めて来たときに行った屋台エリアで昼食をとることにする。何度か町に来てはいるが、セアラと一緒にここに来るのは二回目だった。


「なんだか初めてここに来たのが、ずいぶん前に感じられますね」


「ああ、そうだな」

 

 感慨深そうに語るセアラの横顔を見つめながらアルが同意する。しかしその心中では、いつ例の件を言い出すべきだろうかと悩んでおり上の空だった。


「アルさん、早速色々回ってみましょう!」


「ああ」


 相変わらずセアラがアルの手を引いて連れ回す。セアラは前回と同じような物ばかり食べたがるので、焼きそばやたこ焼きのようなアルが元いた世界の物を勧めて食べさせたりもした。

 そしてやはり食べ過ぎた二人は、例によって噴水の縁に腰掛け食休みをする。


「やっぱり食べ過ぎてしまいますね」


 お腹をさすりながらセアラが言うが、少しも膨らんでいるようには見えない。


「そうだな」


「……アルさん、なにかお話でもあるんですか?」


 いきなり向けられた言葉にアルが思わず驚いた表情を見せ、セアラがそのまま続ける。


「私は誰よりもアルさんを見ている自信があります。今日のアルさんは少し変です。何かずっと考えておられて、会話をしていても上の空という感じがします。普段はもう少し表情が変わりますので」


 アルは敵わないなと感心しながらも、もうここで言うしかないと思い、セアラの目を見て話を切り出す。


「セアラ、お前はこの町で住むんだ」


「……嫌です」


「ダメだ。この町にいろ」


「嫌です!」


 セアラの目からは強い意思を感じるが、同時に涙が今にも溢れ出しそうになっている。アルはやはりこうなるかと嘆息して、なるべく優しい口調で続ける。


「なにも会えなくなる訳じゃない。俺はこれからもこの町には来る。その時に会えばいい」


「嫌です、私はアルさんのお傍にいたいのです!!」


 セアラが声をあらげると、回りの人たちもこちらの様子を伺う。だが二人はそんなことを気にする余裕などない。


「……先週のあれは俺を狙ったものだ」


「……」


 セアラはそれを知っている。あの三人組の男達は確かにアルがどこにいるのかを聞いてきたので、自分が狙いではないということは分かる。

 そしてアルが自分の身を心配して言ってくれているということも、痛いほどに分かってしまう。自分のこれが、ただのワガママだということも分かっている。だからこそ彼の決断を否定する言葉が見つからない。彼はその方が合理的だと思ったら絶対に引かない。感情でしかものが言えない自分ではどうしようもない。どうしようもないからこそ普段絶対口にしないような言葉が口をつく。


「……アルさんは、私が邪魔ですか?」


――違う、私が言いたいのはこんな言葉じゃない。こんな卑怯な言葉は言いたくない。言いたくないのに……


「………」


「足手まといの私は要りませんか?」


――アルさんがそんなことを思っているわけがない。それは一番近くで彼を見てきた私が、一番よく知っているのに……


「…………ああ、そうだ」


「……分かりました」


――私は最低だ。何がアルさんの支えになるだ。ただ彼を苦しめているだけだ。私は彼に相応しくない……


「……じゃあ部屋を探しに行かなくてはいけませんね」


 今にも涙が溢れそうな中、ごしごしと目を拭い、精一杯の作り笑いを見せるセアラ。それが作り笑いだということは、アルにも一目で分かる。それでも今だけは、彼女に優しい言葉をかけることは出来ない。


「……そうだな」


 そして二人は変わらず手を繋いで不動産屋に向かい、アパート探しをする。初めは新婚用の物件を紹介されるも、セアラが一人で住むと伝えると怪訝な目を向けられたが、何件か紹介してもらえた。

 すべての部屋を見て、結局セアラが決めたのは、少し広いが1LDKの冒険者ギルドに程近い場所だった。少しでもアルが寄りやすいようにと考えたていた。


 セアラはアルから話を聞いたときに、荷物を既に持ってきていることは想定していたので、アルが設置を始めても驚くようなことはなかった。そしてベッドだけは新たに購入してアルに運んでもらう。

 一先ず半年分の家賃はアルが立て替えて、当面暮らせるだけの生活費をセアラに渡す。


「アルさん、何から何まで有り難うございます」


「気にするな」


「私、ちゃんと仕事を見つけて家賃も自分で払いますから」


「ああ、だが無理はするな。しばらくは町での生活に慣れることを優先するといい」


「はい、頑張ります」


「また町に来たときには顔を出す。セアラなら一人でも大丈夫だ」


「はい、アルさんもお元気で」


 セアラは泣き出しそうになってしまうのを堪え、アパートの前でアルを見送る。これ以上彼を困らせるようなことはしたくなかった。

 やがてアルの姿が見えなくなると、セアラは人目も憚らず大きな声をあげて泣き出した。

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