神武
最強だった。
俺は最強なんだ。
みんなが俺を恐れた。
憑りついて殺した。頸いて殺した。
喰らって喰らって喰らい尽くした
だから、俺を、俺をみるんじゃない。
俺を侮るな、蔑むな。
俺は、偉大な生き物なんだ。
「インフルエンザとノロウイルスに同時にかかったみてえだわ」
「にいさん。大丈夫?」
「おう、心配すんな、どうってことねえ」
雄大は力なく笑いながらも、その覇気は武装した男達に対し圧倒した者とは到底思えぬ程萎びている。
「早く
勇美はそれに対し苛立ちをぶつけるように言う。
「でも、場所が分かんないだろ!」
「こいつらに聞けばいい」
そう言って、大和はつかつかと雄大に倒されうめいている男達に近づく。
大和はぺちぺちと男の頬を叩く
雄大と同じように顔を青ざめさせた男の顔を優しく起こす。
「生きてるか」
「……あ、ああ」
呆然とした様子の男に対し、大和はにこりと微笑む。
整った顔立ちの彼の微笑みに毒気をぬかれたように見つめる。
大和は焦らずに男が話せる体制になってから問いを重ねる。
「誰に指図されてここへ来たんだ?」
「あ、ええと」
「化け物というか、ええと」
「……ここ、俺んちな」
「? ああ」
「家をぶっ壊されて怒んないでいられるほど気が長くないんだ俺は!」
そう剣道仕込みの声量で大喝すると、男の股間の間に脇差を突き立てた。
びーんという間抜けな音とともに脇差が地面に刺さって震えている。
「はきはきしゃべってくれるか? ねえ? お兄さん?」
一転し優しい声色で男に尋ねる。
そんな彼が笑いながら無造作に刃物を振り回す様は、とても危うかった。
男は焦ったように喋った。
2日前に女を浚ったこと、その女が凄まじい力で彼らのボスを文字通り捻りつぶしたこと。
女は彼らのチーム全員を集め、中学生二人を襲撃するよう命じたこと。
仲間はこれで全員で、後は牛鬼だけだということ。
「クズだな」
聞き終えた大和は一言吐き捨てた。
「女を浚う時点でクズだし、それで中学生をボウガンで撃とうとするか?
全くいかれてるわこの娑婆は」
頭を乱暴に掻きながら、勇美に向き直る。
「まず、あんたの脅しが手馴れすぎ」
勇美は若干引いていた。
「クズだから、自分が弱いとみるやペコペコしてすぐ吐くんだ
……それで、どうする?」
大和の問に、勇美はしばし静思した後、覚悟を決めたように言う。
「行くしかないだろ」
「……そりゃそうだ」
釧灘は男の後ろに回り込み首に腕を回して裸締めをした。
数秒後に再び昏倒する男を置き、雄大に告げる。
「ちょっと準備してきます」
「……待て。応援呼ぶから」
「……巻き込めないよ」
勇美が雄大に口を挟む。
「悪魔との闘いに、刑事さんがいても、危ないだけだよ」
現に、愛知県どころか全日本で考えても最強クラスの刑事である井上雄大でさえ、
牛鬼の毒を間接的に触れただけでこれである。
「分かった、気ぃつけてけよあと、大和君」
「何ですか」
「勇美を頼むわ、昔っからヤンチャなんだ」
「知ってます」
「おい」
しばらく笑いながら、一名はむくれていたが、気をとりなおし、夜の町へ出発した。
「昔さ、私ら秘密基地作ったじゃん」
「あったな。四年生とかだっけ」
「
「ああ、燃えたな」
「死ぬほど怒られたな」
「ああ、リアルに俺は死ぬかと思った」
「……従兄さん、死なないよな?」
「当たり前だろ、俺はあの人がノロウイルスになったことがあることに驚いている」
「! あはは! 確かにインフルエンザとか絶対ならなそう! ていうか私は風邪ひいてるところもみたことないわ」
「だろ!? キャラじゃないよな」
そんな会話をしながら、大和達は町外れの廃屋についた。
中からは、何の気配も感じない。
「妖怪ってのは、コソコソするものか」
「ああ、うまく気配を絶つんだな」
だがいる。それは間違いない。
二人はあえて堂々と入っていく。
「妖怪と悪魔の違いって何かな」
勇美は大和に尋ねる。
「東洋産か西洋産の違いだろ」
大和が一室にたどり着くと、高校生くらいの少女がいた。
明るく染めた髪に厚い化粧。
その瞳は濁ったように白い。
何よりひどい異臭だった。
部屋の中が腐敗した汚泥で満たされているような臭いだった。
「悪魔憑きだな」
悪魔が人に乗り移った時、その能力を人に与えることがある。
代償は何かが問題だが、大概の場合は自我、肉体、生命、碌なものではない。
「大方、襲われそうになった女の子に、取引を持ち掛けたんだろう。
可哀想に」
そう言って、井上は敵に向き直る。
肉体から、紫の炎が舞い上がる。
大和もまた、黒い炎を右手に纏わせ、刀を作り出した。
居合の構えを取り、牛鬼に憑かれた少女に向き直る。
牛鬼はそれに対し、にやりと笑った。
「いいのか?」
その声は少女から出たとは思えないほど、低い声だった。
「……何が?」
「この女を傷つけずに、俺を倒せるのか」
「……」
勇美と大和はしばらく見つめ合い、驚いたように牛鬼を見る。
「……え、牛鬼って日本最強の妖怪だろ? そんなシャバい脅しすんの」
勇美が馬鹿にしたように言う。
「……まあ、拍子抜けだな」
大和も、逆に困ったように笑った。
「井上、やってやれ」
「あいよ」
勇美は、空手の正拳突きの構えを取る。
その瞬間、牛鬼は幻視した。
ついこの間自身をさんざんに痛めつけた、神格の姿を。
「チェストォ!!」
従兄に言われたことがある。
なぜ警察官は武術の稽古を積むのか。
相手を殺傷するのであれば、拳銃でよい。
なぜ、武道なのか。
それは、相手を殺傷しないようにするためである。
あくまで、自分と相手を守るための手段。
それが空手なのだと。
傷つける対象を選ぶことができる優しい心のカタチ。
「ばかなばかなばかな」
牛鬼は少女から無理やり引っぺがされていた。
何が起きた。
「神殺しの力は、アンタら悪魔や妖怪と同じ、権能さ」
勇美はつかつかと牛鬼に近づく。
「あんたらが雷を操り、病気を操るように、私たちは私たちで、それぞれの人生をかけた流儀を持つ」
釧灘大和の剣道のように、井上勇美が持つ心の形。
神武不殺。
「で、あんたは丸裸だね」
「ふ、ふざけるな! 俺を見るな、そんな目でみるんじゃない!」
牛鬼は瞬く間に巨大な姿となる。
その体はムカデ、黒いムカデだ。
顔は巨大な牛の頭で、口からは大人を三人は丸のみにできそうなほど巨大だった。
「大和、その女の人頼むわ」
「ああ、分かった」
大和は少女を俵担ぎをして走り去っていった。
「まず、あんたに言いたいことがある」
「あんたが私に怒ってるんじゃない」
「私があんたにブチ切れてるんだ!!」
井上勇美は紫炎を瞬かせ、牛鬼の眉間を思いっきり殴った。
途端にぐらつく牛鬼。
ただし、その体はあまりに大きかった。
「流石に下級悪魔ほどじゃないか」
大したダメージではなさそうだ。
「怒りが、足りねえか」
牛鬼は瞳を赤く染めると、口から何かを吐き出した。
それは、一つの村であればたちまち毒に犯せるほど、強い毒だった。
だが、それは神の世界での出来事。
この毒は実際に我々が生きている世界では、意味をもたず。
ゆえに、井上勇美は超常で以てこれに対抗する。
回し受け。
当然現実世界では霧を回し受けで払うことなどできないだろう。
だが、霊能者と神との闘いにおいては、既知の物理法則など問題にならない。
牛鬼は、もはや敵わないと転身し逃げようとする。
勇美は、牛鬼の尻尾を掴んだ。
先日のフルフルの時は世界が異能に満ちた上位世界、即ち異界となっており、霊能者である勇美も大和も超人的な身体能力を持つことができた。
しかし、今は現実世界であり、その能力はともかく肉体的には普通の女子中学生。
巨大なムカデのスピードにはかなわず逃げられたら追いつけない。
ゆえに少女はその尻尾を掴んだ。
そして思いっきり牛鬼を振り回した。
井上勇美の力の前では、牛鬼も風船と変わらない。
そのまま勇美は叩き付けた。
少女を安全な所に避難させ戻ってきた釧灘大和に。
大和は上天に向けて黒刀で切り付け、衝撃が牛鬼を襲う。
牛鬼は真っ二つになり、息絶えた。
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