あんたがいて良かったよ
俺はあの日、巨大な猿のような怪物と戦っていた。10メートルほどの大きさで、赤だか青だかの斑模様だった。俺は負傷しながらも、刀で何とか顔を切りつけて追い払った。
そしてそのまま、その怪物は夕日の中に消えていった。
俺は携帯電話を取り出して助けを呼ぼうとした。
大猿は、そのまま小さくなっていった。
その時だった。紫の閃光が俺の視界を遮った。
大猿は跡形もなく霧散し、俺はあっけにとられた。
強く、眩しく、美しい光だった。
当時近くに住んでいた神殺しの大人に聞いたら東京の方から来た、俺と同じ病気の女の子がやったという。しかも、その子は、俺と同じ2年生だという。
凄くその子に会いたいと思った。あの紫の光を見たかった。
そして後日、俺は彼女にあった。その子は俺より背が高く、俺より明るくて、俺より気が強そうで、そして明らかに、どう考えても一目見ただけでわかるほどに俺なんかより強くて。
悔しい気持ちと、こんなスゴイ人がいるのかと、思ったんだ。
彼女は俺の前につかつかと進み、怯む俺の前でこういった。
「ちゃんと倒してくんないと困るんだけど」
俺の弱さをなじるその言葉に、俺はごめんと謝った。
もっともな言い分だった。
僕がしとめ切れなかったせいで、彼女が怪我するかもしれなかったのだから。
彼女の目は険しくて、怖かった。
けど、彼女はふっと心配するような瞳になった。
「ていうか怪我してるじゃない、大丈夫?」
彼女は俺の包帯を上からなでた。
その手つきは、気が強そうな第一印象と違って、優しいお姉さんのようだった。
「私、井上勇美。 よろしくね」
「釧灘大和。よろしく」
そして、俺は、それから何度も、あの紫の光を見て。
あの女の子の存在を感じたんだ。
消える。あの子が消えかけている。
釧灘大和は生きていた。頭から真っ逆さまに落ちたが、逆立ちのように手をクッションにし、肩口から落ち、体を丸めて回転し、衝撃を分散した。
それでも痛みでうずくまっていたが、すぐに大和は立ち上がった。
紫の炎が、燃えている。
いや、消えかかっている。
神殺しはおなじ神殺しの炎を感じ取れる。
ピンチの時は、すぐに分かる。
釧灘は痛みも傷も、ないかのように全力で走った。
大男は、勇美を見下ろしていた。。
瞳は涙でぬれ、動かない。
娘と同じ年だった。
それでも、もう二度と、悪魔がこの世に現れないためにはと、そう思った。
パチパチパチパチ
一室に、拍手の音が響いた。
大男は音のなる方を見て、目を見開いた。
男が立っていた。
胸に銃弾による穴の開いた男。
先ほど、銃で撃ち殺した教団の男だった。
大和に真っ先に側溝をぶつけられた男だ。
「いや、おめでとう。いい見せ物だった。本当に。人間は面白い」
呆然とする大男に、それは笑った。
「ええと、黙ってたんだけど、俺はあの教団が信奉している雷撃の悪魔だ。名前をフルフルという。フュルフュールでもフーフウルでも好きなように」
悪魔はニコリと笑って言う。
極めて友好的だった。劇場で出待ちをするファンのような友好さだ。実際ほぼ同じだろうが。
「あの教団はもともとルシファーのものでな、「用はすんだからあげる」って言われて、何か有効活用できないかと思っていたんだ」
「その女、井上勇美は我々悪魔にとっても結構厄介な敵で。あの少年の方はどうとでもなるんだが」
「ちょうどお前さんが来てくれた。少年少女と元傭兵の命がけの追いかけっこ」
「もうさいっこうのエンターテイメントだったよ。悪魔連中も大盛り上がりだ」
大男は慄いていた。あの時とは比べ物にならないほどに強力な悪魔だと、悪魔に詳しくない自分でも分かる。
「なぜ、現れられる。悪魔が」
「ああ、悪魔が神殺しを食らうと実体化できる。あれは悪意ある誤解でな。俺たちのような大悪魔や神は、別に神殺しを食わなくても、いつでも実体化できるんだよ。実際力を落として人間社会で生活している悪魔や神も大勢いるぜ」
悪魔はあっけらかんと言った。大男は呆然とする。
「ただ、人間世界へ影響を与えたり、それこそ人間に認識してもらったり危害を加えたりするには力を一定までおとさなきゃならないってだけで、そうすると神殺しに殺されやすくなる」
「だから、悪魔達はそういう迷信を一時期流しまくったんだ。お前みたいなバカが勝手に俺らの天敵を殺してくれるから」
「神殺しを殺せば悪魔は実体化できないって迷信をな」
悪魔は勇美に近づき彼女の頬を叩いた。ぺちぺちと音がする。だが、反応がない。
「別にこんな若造ども何とでもなったんだが、こっちの方が面白かったよ」
「自分の娘位の子どもを、勘違いで、むごたらしく絞殺した、残酷な男の、笑えるお話だ」
大男はナイフで悪魔を刺そうとしたが、ナイフは悪魔の表皮を一ミリも貫くことはない。
「しかも、そいつは、何百万と人間が死ぬ所を見ているしかないんだ! 自分の家族を殺した惨劇を、それを防げる唯一の人間の死体を抱えながらなあ!」
男はただ、あんなことが二度と起こらないようにしたかった。
「一級品のジョークだぜ! なあ何悲しんでやがるお前のせいだろう!」
そのために、自分の娘ほどの女の子を殺した
「お前が短慮で! 残酷で! やさしさをなくすから! 俺はパワーを存分にふるえるんだ! 普通危険だからって女の子を殺すか? こんないたいけな女の子をよ!」
この娘も、誰かの娘だと思い至れば、自分が優しければ、この女の子を殺さなかっただろうに。
「お前がその子を殺したんだ! そのせいでみんな死ぬんだ! 笑えよおもしれえだろ!?」
だが、殺してしまった。無意味に、無慈悲に自分自身が。
「どけえええええ!!!」
部屋に駆け込んだ釧灘大和は、黒い刀を振るった。衝撃がビルの一室を破壊しつくした、袈裟懸けに亀裂が広がり悪魔が吹き飛ぶ。
世界が異界に代わっている。神殺しの力もまた、実際の世界に影響を与えるようになるだろう。このまま放置すれば、じきに悪魔が街の人を襲うだろう。
それにかまうことなく、大和は勇美に駆け寄る。
脈無、呼吸無、心肺蘇生開始。首にあざがある。
「てめえ、勇美の首を絞めたな!」
大和は男に殴りかかった、大男は吹き飛んで後ろの壁に激突する。すぐに心臓マッサージを開始する。
井上勇美が心停止してから、1分半程度
(勇美、勇美、勇美、勇美、勇美、頼む頼む頼む頼む頼む)
大和は泣きながら、何度も何度も彼女に心臓マッサージをした。
悪魔の力が増幅していく。増幅していく。
そんなことはどうでもいい。井上勇美が死んでしまう。
死んでしまうんだ。この子が、この勇ましく、努力家で、優しい女の子が。
悪魔は本来の形をとった、紫電を身にまとい、翼と鹿の角を持ち、7つのかがり火を口から放つ蛇の尾を持つ怪物に。
かの者は魔神フルフル。天候と雷を操り、男女の恋愛を成就させる力を持つ神であり、数多の時間が流れ、地獄の大伯爵と呼ばれるに至った「まつろわれぬ神」
「さっきの話の続きだがな、今おれもやっているが、神が本来の力を発揮しようとすると、この世は俺たちの普段いる世界に近づくんだ。「神の消えた人間の世界」がかつての「神が跋扈した異能の時代」へと変わる」
「お前は、その女を殺してくれた。ゆえに、こうなった」
「あとは、救援が来る前に、なるべく殺しまくればいいだけだ。そうすりゃショーは大団円だ」
「おい、アンタ、入り口にAEDがあった! 持ってきてくれ!」
悪魔の言論を無視し、大和が叫んだ。心停止から2分半が経とうとしている。脳血流停止から4分以降が蘇生の確立が急激に下がるデッドラインであり、もうすぐ超えてしまう。
フルフルは、いっそほほえましくなるような気分で彼を見た。
もともとは男女の仲を成就させる力を持つ悪魔であり、愛する女のためにあがく男を見るのは趣向に合う。それが悲劇ならなおさらだ。
「聞けよ。そいつは死んだ」
「黙れ」
「その男に殺されたんだ。お前はよくやったよ。手に汗握ったよ。本当に面白かった」
「だまれえええええええええええええ!!!」
大和は黙って刀を精製し、突いた。
悪魔の胸に風穴が開くが、意に介さない。
「はあ、しゃあねえな」
悪魔フルフルは、下を見下ろした。通行人が彼を見ている。
「何あれ、撮影」
「カメラどこだよ」
「この死体リアルだな」
自身が見られていることを感じながら、フルフルは笑った。今にひどいことになるのに。
「精々逃げまどえよ。踊って惑って泣き出して、俺たちを楽しませておくれ」
そういうと、フルフルは自身の蛇の尾を切り落とした。その蛇はみるみる形を変え、あの、先ほど大和達を襲った怪物へと変わる。
先ほど大和と勇美が二人で倒した悪魔は、このフルフルの操る数ある端末の一つにすぎなかった。
フルフルは6体の悪魔に命じた。
「適当に暴れて、殺しまくれ、笑顔でな」
「脳の血流が止まって、脳の中枢神経に血液が回っていない。脳の血流が止まって後遺症が残る可能性が高まるのは3分以降。頼む頼む頼む頼む」
「おい、君」
「AED持って来い!」
「すまなかった」
「早く持って来い!」
「あの、フルフルとか言うやつの言う通りだ。俺は、とんでもないことを」
「フルフル!? やっぱりあいつフルフルなのか!」
釧灘は手を止めず男に向き直る。
「あんた! 心臓マッサージを変われ! 泣いてる暇あったら手を動かせ挽回してくれ勇美が死んじまう!」
少年の瞳は泣き出しそうで必死だった。男は自身で何とか、力をこめて歩き出し、大和の近くで待機する。
「3、2、1、交代!」
男が大和に代わって心臓マッサージを変わる。
「人工呼吸はしなくていい! 心臓マッサージだけやってくれ!」
心臓マッサージを止めて人工呼吸をするよりも、心臓マッサージを止めない方が優先される。
そのまま大和は窓に向かった。
「どうするんだ?」
「AEDを取ってくる!」
そう叫んで、釧灘大和は飛びだした。
井上勇美が心停止してから3分15秒。
悪魔達がそれぞれ飛び立とうとした瞬間。黒い影が悪魔に飛び乗った。
黒炎を纏った、地獄の猟犬めいた存在だ。姿は黒いのに、纏う意思はある種の清廉さを感じるほどに美しい。
黒炎は悪魔の一体に飛び乗ると、蛇の尾を切り裂いた。
「お、少年、あきらめたか」
大和は、冷えた目でフルフルを見た。怒りか、憎しみか、検討がつかない瞳の色に、大悪魔は嬉しくなってしまった。
うん、ひさびさに戦おう。思いっきり権能を振りかざして。
「予定変更。襲え、悪魔ども。日本最弱の神殺しをぶち殺せ」
フルフルは端末である悪魔を釧灘大和に向かわせた。そして、自身の力を開放する。
世界がぬりかわっていく、人の時代から神の時代へ。
星空が瞬時に曇天へと変わり、100ミリ級の大雨を降らせ、けたたましき稲光が数条落ち、名古屋の街を嵐が覆う。
世界を自身のルールに塗り替える力を持つものを神と呼ぶ。フルフルは一地方都市どころかこの国全体を自身の世界に塗り替えることができる。
「さあ、踊れよ神殺し<<ディバインキルズ>>! 俺を仕留めてみやがれ!」
神は世界を異界にそめることで力を本来のように発揮する。だが、これにはリスクもある。
神殺しは普段、神に匹敵する能力を持つものの、肉体はただの人間であるゆえ、身体能力でみれはあくまで常人である。
しかし、この異能の世界では、神殺しは肉体の制限から解き放たれ、本来の力を発揮できる。
重々承知の上で、悪魔フルフルは少年に向けて力を発揮する。どのみち小手先で戦いあっても仕方がない。
雷を纏った端末が、釧灘大和に飛来する。大和は先ほど尾を切り取った端末から飛び移り、鹿の角を掴んでぐるりと頭を回した。
人間ではあり得ぬ跳躍力。世界が塗り替えられ、普段は肉体という枷に捕らわれている肉体が、神や悪魔と張り合える身体能力へと変わっている。
制御不能になり落ちていく端末からさらに数メートルほどジャンプ、ビルの屋上に飛び乗った。
フルフルとは同じ高さ、大和は猫めいて身をかがめ、大悪魔に肉薄する。
首を狙う。そうフルフルは確信し、腕をたたんで防ごうとする。だが、大和の狙いはそこではない。
電流を作り出す、蛇の尾。
大和は失速してゼロコンマ何秒か落下し、悪魔の蛇の尾を付け根から切断した。そのまま黒い炎を纏わせ蛇を掴む。
悪魔の一体を踏み台にし、ビルに飛び込んだ。3分45秒。
「とっとと離れろおっさん!」
暴れる蛇を勇美の胸に押し付け、蛇を圧迫する。
蛇は、紫電を開放し、ビルの電気がすべてショートした。
フルフルは男女の愛を成就させると伝えられる悪魔である。その権能は本人が発揮しようとするしないにかかわらず、力に属性を帯びてしまう。
例えば、少年の好きな女の子が心停止をしている場合、フルフルの一部の肉体で蘇生を試みれば、それは少年の思いを成就するために力を発揮してしまうだろう。
少女が目を覚ますと涙を流しながら見つめる少年の顔があった。
「……大和?」
少年は首元に顔をうずめる。脈がある。生きている。
「……よかった、本当に良かった」
「……やっぱな」
「勇美?」
「あんたがいて良かったよ。 いつも助かってる」
そういって、少女は笑った。少年も顔をぬぐって、笑った。
先ほど大和が仕留めた端末が霧散し、元の蛇の姿を形どり、フルフルの尾に戻った。。
「確かに俺の力は男女の仲を進展させるが、だからって実行するか?」
神や悪魔は万能の存在であり、人の法則や物理法則を超越する。
ゆえに人は悪魔の力に魅入られる。
だが、神殺しは悪魔にすがりはしない。
ただ、自身の世界を守るため、悪魔を倒し、制する。
「……退かないのか?」
釧灘大和と井上勇美が並び立つ。
黒い炎と紫の炎が競うように燃え上がる。
「ああ、確かにその手がある」
言葉とは裏腹に、フルフルは獰猛に笑った。
「餓鬼どもを殺して、ついでにこの町を吹き飛ばしてから、ゆっくり帰るさ」
そう言って、フルフルは膨大な量の紫電を身に纏う。いや、これは悪魔単体の力だけではない。
この市の電力が、あっという間に消えていく。いや、集っていく。
「我は序列第34フルフル! 雷鳴の王! かつての名はトルニトス! かつて世界を支配した誇り高き神の一柱!」
紫の肉体が巨大化し、蛇の尾が20本ほどに増え、紫電をまき散らす。
「ショーの始まりだ! 楽しませろよ神殺し!」
雷雲を纏った巨大な右腕が、ビルに叩き込まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます