気づき始めた想い

 午前一時、外は暗闇に包まれ、風が窓の隙間から甲高い音を立てて入ってくる。私はまだ眠れずにいた。

 私は枕を抱きながら明日のことを考えている。

 あなたの事を思うと、胸の奥を締め付け苦しくてたまらない。

 ねえ、私は明日いつも通りに話したりすることができるのかな。

 もちろん誰かが教えてくれる訳では無い。

 デートなんて言ってしまったが、あなたはどう思ってるのだろう。

 少しハードルを上げてしまった気もする。

 でもこれくらいでいいんだよ。男の人なんて、これくらいしないと気づいて貰えなんだ。

 早く明日にならないかな、なんて考えているけど、もうその明日が来ている。

 恋愛は人を狂わせるなんてあるはずないと、思っていたけど、実際に私は狂い始めている⋯⋯ような気がする。

 恋だの愛だのは錯覚だと言う人もいる、でもその錯覚が心地よく、自分の人生を豊かにしてくれる、なんて思ったり。

 午前二時、あっという間に一時間が経過していた。

 もちろん明日の服装なども準備は出来ている。デートでジャージなんてありえないしね。

 そろそろ寝ないと、デートは万全の状態で臨みたいからね。


「翔太さんに会いたいな」


 眠りについたのは、それから三十分後の話。



────────



 耳障りなアラームが、夢から現実へと引き連れる。

 携帯を手に取ると、そこには八時二十分と表示されていた。

 昨日はあまり眠れなかったせいか、目が痺れるように痛く、頭がぼーっとする。

 しばらくベッドの上から動けなさそうだ。

 今日は鈴音とのデートの日。約束の時間はまだ先だ。

 もうひと眠りしようかと思ったが、遅刻してはまずい。時間はあるが念の為だ。

 目を覚ますためにシャワーを浴びる。

 頭の中はもう鈴音の事でいっぱいだった。

 『デート』なんて言うから、余計に意識してしまう。

 昨日、家に帰ってから鈴音の気持ちにどう答えるべきか考えていたが、その答えを見つけ出すことは出来なかった。

 そもそも、鈴音の事は仲のいい後輩としか考えてこなかった。

 もし告白なんてされたら、なんて返せばいいのだろうか。

 仮に断ったとして、今後の関係に亀裂が入るのは良くない。

 ただ、中途半端な気持ちで応えるのも鈴音に失礼だ。


「俺はどうしたらいいんだよ」


 思わず独り言が出る。どれだけ考えても結論は出ない。

 シャワールームを出て時計を確認すると、もうすぐ十時を回ろうとしていた。

 考えすぎて時間が無くなるのはまずい。

 余裕を持って出掛けるため、支度を始める。

 着ていく服を漁っていると、買った記憶のない服が目に入る。

 手にしていたのは白いロング丈のTシャツに紺色のサマーニット 、黒のスキニーパンツ。


(こんな服持ってたっけ?)


 理由は分からないが、何となくこれにしようと思い袖を通す。

 ロングTシャツなど初めて着るので、合っているかどうか少し不安だった。

 家を出る頃には十一時を過ぎていた。

 学院に着いたのは集合時間の二十分前、駐車場に入ると鈴音らしき人物が入り口にいた。

 車を停め、鈴音の方へ歩いていく。


「結構早かったな」


「翔太さんこそ二十分前ですよ」


 グレーのチェックパンツに黒のトップス、黒のレーザーの小さめなショルダーバッグを斜めにかけていて少し大人っぽい印象だった。

 雰囲気がいつもと違うため、少し鼓動が大きくなるのを感じた。


「翔太さん、いつもと雰囲気違いますね。なんかかっこいいです」


「そうか? そういう鈴音も普段とは違っていいな」


 お互い気合を入れていたのがバレたのか、少しだけ照れる。


「今日はどこに行くんですか?」


「一応、隣町のショッピングモールにしようかなと」


 少し前にできた巨大なショッピングモールだ。

 買い物からレジャー施設、宿泊施設まであるらしい。


「いいじゃないですか! 行きましょうよ、行きたいとこもあるんで」


「了解、行こっか」


 鈴音を助手席に乗せて、隣町へ向かう。


「鈴音はどこ行きたいんだ?」


「アミューズメント施設に行って体を動かしたいです!荷物はあまり増やしたくない派なので」


 鈴音らしい、アミューズメント施設でも五十種類ほどあるので、何度来ても飽きないだろう。

 駐車場に入ると既に何百台と車が止まっており、空いている所を探すだけでも一苦労だ。やっと空いている場所を見つけて車を停める。

 アミューズメント施設から相当離れているため少し歩かなければならない。


「結構距離ありますね、早く行きましょう」


 鈴音は突然手を繋いできた。

 少し戸惑ったが、嫌ではなかったので握り返す。

 鈴音は急に静かになり、少し俯きながら頬を赤くしていた。

 そんな様子を見るとこっちまで恥ずかしくなる。手汗とか大丈夫だよな。

 カウンターで受付を済ませるため、手を離す。少しだけ名残惜しかった。

 アミューズメント施設内にはフットサルやバッティングセンター、ローラースケートなどたくさんのスポーツ施設やゲームセンターがある。


「何からやるんだ?」


「最初はボウリングしましょうよ!」


 知識としては知っているがやるのは初めてだった。

 まあ、玉を転がすだけだ、そこまで難しくないだろう。


「私から行きますね!」


 一球目を投げる。左から右斜めに転がっていった球は、綺麗なカーブを描き中央へと転がっていく。

 ピンの音が鳴り響き、弾け倒れていく。文句の付けようの無いストライクだ。


「翔太さーん 、やりました!」


 鈴音が手を挙げるので、ハイタッチをする。


「じゃあ翔太さん、頑張ってください!」


 当然初めてなのでカーブなどできるはずがない。

 狙いを定めまっすぐ転がっていく。しかし速度が遅かったのか少しづつ右へ逸れていく。

 左の三本が倒れただけだ。


「あれ? まっすぐ投げたよな」


「レーンって平らじゃないんですよ、だから遅いと曲がっちゃいますよ」


 そんな情報は初めて知った。見た感じでは平らにしか見えない。

 先程の情報を踏まえ今度は強く投げる。

 しかしコントロールが悪くなり、ガーターとなる。


「ボウリングって玉を転がすだけだと思ってたけど、難しいんだな」


「でしょでしょ! 結構難しいんですよね」


 その後何度も調整しながらやるが、ストライクは一回しか出なかった。

 一方、鈴音はパーフェクト一歩手前まで来ていた。


「翔太さんどうしましょう、震えてきました……」


 後ろには多くのギャラリーが集まっている。

 ものすごいプレッシャーだ。


「がんばれ鈴音、あと一球決めるだけだ!」


「頑張ります」


 自分が投げるわけでもないのに、心の底から興奮していた。

 皆が見守る中、緊張の瞬間。

 一歩ずつラインに近づき綺麗なフォームで球を転がす。

 軌道は悪くない、いつも通りだ。


「いっけー!」


 鈴音の声が場内に響き渡る。

 ピンが倒れていく、が惜しくも右奥のピンが一本残ってしまった。


「あーーーーー!」


 ギャラリーが一斉に叫ぶ。

 鈴音はその場で座り込んでしまった。

 「彼女を慰めてこい!」などと野次が飛び交う。

 鈴音の元へ近づき、肩を優しく叩く。


「鈴音、大丈夫か」


 顔を覗き込む。


「すっっっっごく楽しかったです! あと少しだったのに残念です!」


 鈴音はいつも通りだった。

 落ち込んでいたかと思っていたが杞憂だった。


「あの十番ピンたまに残るんですよねー。ただあんなスコア初めてでした! 」


「そっかそれなら良かった」


 鈴音の手を取り、立ち上がらせると、場内を響かせるくらいの拍手を浴びる。

 鈴音は恥ずかしそうにお辞儀をした。

 新たな一面を見たような気がする。


「ジュース買ってくるけど何飲む?」


「なんか炭酸お願いします」


「了解、ちょっと行ってくるね」


「はーい」


 ボウリング場から自販機までは少し距離があった。

 自販機につき、お金を入れて炭酸ジュースを選ぶ。


「翔太せんぱーい」


 最近聞いたことのある声だ。

 振り向くとそこには涼風がいた。



────────



「翔太さん遅いなー」


 どこまで買いに行ってるんだろう。

 それにしてもさっきは惜しかったなー。あと少しでパーフェクトだったのに。

 ただ翔太さんにいい所見せれてよかったな。

 まだ戻って来ない。ちょっとだけ様子を見に行こうかな。

 翔太さんの行った方向に向かう。


「え、なんで?」


 そこには翔太さんと話している涼風がいた。








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