新たな日常
夢を見た、明るく輝いていた日常が少しづつ暗くなっていく夢を。
誰かが手を差し伸べる、だが姿が見えない。一体誰なのだろうか。
どれだけ手を伸ばしても届かない。少しづつ離れてしまう。
その手を取ること出来なかった。
「ショータ」
声が聞こえた。聞いた事のない声だ。だが、どこか懐かしい声。
しかし、その正体は夢に中に消えていった。
────────
「ねえ、翔太さん早く中に入れてくださいよ!」
なんで鈴音が
理由は知らないが、とりあえず中に入ってもらった。
「なんで来たんだ」
「いや、一人暮らしだとやっぱ寂しいじゃないですか」
「お前に心配されるほどではない。てかなんで家の場所知ってるんだよ」
「亜里沙さんに聞きました」
亜里沙の方を向くと、視線を逸らされた。
「まあいいや、勝手にしろ」
「おじゃましまーす」と言い、靴を脱ぎ中へ入っていく。
すると鈴音はいきなり走り出し、部屋を物色し始めるので、それを掴み止める。
「おい、お前何してんだ?」
「いやー、なんかエロいのないかなって」
頭に軽くげんこつを落とす。
コツンと音が鳴り、鈴音は頭を押さえる。
「翔太さん、痛いです」
「お前は座ってろ、絶対に動くな」
「はーい」
亜里沙の方に視線を向けると、若干顔を赤くしていた。
「いや、ないからな? そんなもん置いてないからな?」
必死に弁明する。
その必死さがかえってまずかったのか、亜里沙は顔を赤くして再び視線を逸らす。
「まあいいや、鈴音は結局何がしたいんだ」
「今って亜里沙さんがご飯作ってくれてるんですか?」
なんで急にそんな話になるんだよ。
「まあそうだな、自分でやる時もあるけど」
「それじゃあこれからは私が作ります」
「え、なんで? てか料理できるの?」
鈴音が料理できる話など聞いたことがない。
まずい料理が出されたときちゃんとおいしいって言えるだろうか。
「大丈夫です! 大船に乗ったつもりで! 亜里沙さんもそれでいいですか?」
「うん、私はいいですけど……大丈夫ですか?」
「大丈夫です! 早速明日作ってきますね」
まだ起きてそんなに時間が経っていないのに、このテンション。どこにそんな活力があるのか。
「そういえば今日の定例会何時からだ?」
「十二時からですよ、今回の内容は主に今年度の予算の振り分けを決めるだけだったと思いますよ」
予算審議会、一番面倒な会議だ。
毎年四月の定例会に行われるが、これがなかなか決まらない。
お互い自分の意見を通そうとする奴らばかりで、去年は二十日間予算が決まらなかった。
本来の予定を三日間も遅れたため、学院の会計士もかなり苛立っていた。
「なあ、今から休まないか?」
去年の事を思い出すとストレスでお腹が痛くなりそうだ。
「渋谷くん、それはダメですよ。今までも何とか乗り越えて来たじゃないですか」
「いや、あの会議俺がいなくても成り立つぞ。なんなら何もやってない」
毎年参加しているが行方を見守っているだけであり、何か意見を出すということは無い。
「まあ仕方がない、行くか。というか鈴音は学院大丈夫なのか?」
「大丈夫です、翔太さんが送ってくれるので」
初めて家に上がったにも関わらず、鈴音はソファーでくつろいでいた。
「図々しい奴だな、お前って」
「まあ今回の予算審議会、私見学に行きますから」
「そうか、じゃあ一緒に行くか」
カップを洗い支度をする。
「あ、そうだ」
リビングに戻り、佳奈の写真に手を合わせる。
「行ってきます」
五年間毎日欠かさず行ってきたんだ。忘れては行けない。
挨拶を終えると玄関に再び向かう。
今回の予算審議会は、すぐに終わることを願って学院に向かう。
────────
学院に着くと新入生だろうか、緊張した面持ちで学院を歩く生徒がいた。
無理もない、試験も難しいが入学してからの方がもっと大変だ。
当時を振り返りながら、桜並木を歩いていく。
学院を首席で卒業しただけあって顔を知っている人も多く、すれ違いざまに挨拶する生徒もいた。
「やっぱ翔太さん人気ですね」
「人気ではないだろ。ただ首席だから挨拶してるだけだ」
「そんなご謙遜を」
実際に歴代の首席はかなり人気があり、憧れの存在である。
ただ、俺は学院生活でろくな人間関係を築いていなかったため、名前だけしか知られてないなんてこともある。
「あれー? 鈴音じゃん」
「おっ結衣じゃん。おはよー」
「先輩たちもおはようございます」
緒方結衣、鈴音の数少ない友達の一人だ。
数少ないは余計だったかな。
「おはよう」
「おはようございます」
「鈴音また翔太先輩のストーカーしてるの?」
「うん、今日なんて家に行ったよ!」
そんな声を大にして言うことか。
というか鈴音はどこにいても元気だな。
「なんでそんなに自慢げなの」
結衣は少し呆れているようだ。
「まあ変なやつだけどよろしくお願いします」
「なんで結衣がお母さんみたいになってんの」
初めて会った時はもう少し大人しいと思っていたが、親しい人にはとことん距離を詰める。鈴音のいい所でもある。
結衣と別れると、会議場へと再び歩き出す。
会議場には既に多くの人が集まっており、受付が少し混雑していた。
「じゃあ鈴音、俺らは行くぞ」
「はい、頑張ってください!」
鈴音は手を振り、傍聴室へと向かっていった。
受付に首席証明書を提出し、受付を済ませ場内に入る。
場内は既に険悪ムードだった。
「なあ、今回も長そうじゃないか?」
「私も、そう思いました」
自分の席に座り、名前の書いてある札を立てる。
あまり表情を表に出さない亜里沙でも、少し顔が引きつっているように見えた。
「よお、渋谷。今回は俺に味方してくれよ」
声をかけてきたのは桐崎真司、八代目主席で主席会が編成する防衛隊の隊長だ。
「俺は誰にも加担したことないぞ」
「頼むよぉ、うちの隊の人間も、設備変えさせろだの給料上げろだのうるさいんだよ」
「あれだけあってまだ足りないのかよ」
主席会の予算は毎年変化するが、だいたい三兆円あると言われている。
去年防衛隊はそのうちの五千億円を、備品整備や隊員の給料として使用している。
「今回は七千を狙ってる」
「それは通らないだろ、予算のほぼ三分の一じゃないか。仮に俺が投票したところで通らないよ」
「やっぱだめか……」
真司は頭を抱えていた。
それはどう頑張っても無理な話だろう。下の人間を束ねるのも大変だと察した。
会議室の奥の扉が開くと、場内が一瞬で静まる。
扉から議長である神崎麗子が現れ、前方にある議長席に座る。
「それでは前期定例会を始める!」
マイクを使わなくても広い場内にその鋭い声が響きわたる。
「今回は予算会議の前に一つ話がある」
場内がざわめく。議題は毎回事前に伝えられるため、緊急の案件だ。
こういう時はあまり良くない内容の場合が多い。
「悪いが傍聴室のスピーカーは一回切らせてもらう」
それほど
「それでは本題に入る今回の内容は──」
場内に緊張が走る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます