フィガロ

エリー.ファー

フィガロ

 フィガロというのは普通、男性につける名前なのだそうだ。

 だからなんなんだと思う。

 なにせ、うちのクラスにはフィガロという女子がいるからだ。

 女子高生だ。

 そして、むやみやたらに美人だ。神様が彼女に何かしらのえこひいきをしたとしか思えないほど美人なのだ。

 父親も母親も北欧出身であり、小さい頃に日本に引っ越してきたのだそうだ。

 詳しいことはよく分からないが、とりあえず美人で色が白くて金髪で、物静かで人気のある同級生であることだけは明確である。

 ちなみに、僕は日本人の男子高校生だ。

 そして、僕はモテる。

 女の子といい関係になることは多いし、そこに到達するまでに特に何か特殊なスキルを使うわけでもない。話して時間を過ごして少しだけ親切にすると相手が好きになってくれる。

 別に女の子をバカにしているとか、簡単に心を預けてくる生き物だなと思っているわけではない。ただ、パーソナルなデータとして説明したというだけである。自慢ではない、断じて自慢とかではない。

 ただ、今は困っていた。

 僕は、フィガロが好きだ。

 フィガロと少しでも楽しい時間を過ごしたい。

 これは、純粋な気持ちだ。

 本当だ。

 ただ、僕はモテるが彼女を作ったことはない。

 なぜなら、僕はルクセン教の信者だからだ。

 ルクセン教は、穏やかな宗教だ。詳しく説明することはしないが、別に食べてはいけないものがあるとか、決まった時間に拝めとか、これをしてはいけないとか、そんな決まりは一切存在しない。

 ただし。

 ルクセン教には過激派というものが存在する。

 テロを起こすのだ。

 彼らはルクセン教にどういう教えがあるかなんてことにはまるで興味もない。自分たちの行為の一つ一つがルクセン教の神々へ唾を吐きかけているということに気付いていない浅はかな集団である。

 自分たちのテロ活動の正当化のためにルクセン教を利用し、不幸を世界に増やし続けている。

 だから。

 ルクセン教の信者は、社会では白い目で見られる。差別もされるし、過激派と本来のルクセン教は違うものだと説明しても理解はしてもらえない。

 僕だって隠している。

 でも、フィガロにはすべてをさらけ出して本気で付き合いたいと思っている。

 僕はルクセン教は素晴らしい宗教だと思っていて、自分の命と同じくらい重要なものだと感じている。過激派がいることは本当に悩みの種であるし、早くこの世から消えてほしいが、それでもルクセン教から離れたいとは思えない。

 ルクセン教は僕の人生にとって大切な哲学なのだ。

 ある日、フィガロは北欧に帰ることになった。

 父親の仕事の都合なのだそうだ。

 すぐに帰る必要があるそうだ。

 僕は。

 僕の思いをフィガロに告げることにした。

「君のことが好きなんだ。付き合いたいんだ」

 フィガロは純粋な瞳で僕を見つめながら、困惑しているようだった。

 それで終えればよかったのだ。

 僕はどうしても口を開いてしまう。

「僕はルクセン教の信者なんだ」

 本当に好きな相手だからこそ、本当に好きになってもらいたいからこそ、さらけ出してしまった。

 フィガロが小さく驚く。そして、後ずさりをする。

「確かに、社会ではルクセン教はすごく、その、危険視されているよね。僕も、そう見られていることは分かってる。でも、ルクセン教は本来誰かに危害を加えるようなものじゃないんだ。本質を理解して、本質を見てほしいんだ。ルクセン教はちゃんとした人々の平和を願っている宗教なんだよ。」

 言い訳がましいと思われたかと不安になる。

 でも、僕は自分の言葉でルクセン教について短くともしっかりと伝えたのだ。どうなってもしょうがないと本気で思えた。

 フィガロが少しずつ僕に近づき、僕の手を取る。

「勇気を出して、私に話してくれてありがとう。私は、まだ、その、結論は出せないけど、でもね。あなたがそうやって告白してくれたことを本当に嬉しく思ってるの。またすぐにメールするから待ってて、お願い。」

 断られた、と思った。

 でも。

 僕は信じた。

 本当に好きだったから。

 フィガロが日本を出発して北欧に向かう日。

 その日の夜だ。

 ルクセン教の過激派によるテロが起きた。

 飛行機のハイジャックだった。

 フィガロの乗った飛行機だった。

 飛行機は見事に墜落した。

 とある国に甚大な被害を出し、そして乗客は一人残らず死んだそうだ。

 僕は涙も出ないまま、その事実だけを受け止めた。

 その日から眠るのがやけに下手になった自覚だけはある。 


 それから五日後、手紙が届いた。

 フィガロからだった。

 どうやら、飛行機に乗る前に日本の空港で僕宛に手紙を書いていたようだった。テロのごたごたで、僕のもとに届くまでに五日もかかってしまったことを考えると、五日前の時間を焼き付けたタイムマシンのようにも思えた。

 フィガロは綺麗な字で正直な思いを書き連ねていた。


 今、空港の喫茶店でお手紙を書いています。

 あなたからの告白はとてもうれしかったです。できればもう少し早く言ってほしかったなんて思ったりもしたけど、今考えるとあれがベストだったと私は感じています。

 あなたの、好き、という言葉が心に残って、今も響いています。

 春が訪れて桜が咲いて、鳥がさえずるというのは、人の心の中でも感じることができる風景だと思いもしませんでした。

 本当にありがとう。

 私もあなたのことが大好きです。

 あなたのまっすぐな勇気に心を奪われました。

 だから私もあなたを見習って、お父さんとお母さんと一緒に自爆テロを起こす決心がつきました。

 本当にありがとう。

 同じ、ルクセン教の同志として、そして最愛のパートナーとして。

 あなたのことを心から愛しています。

 フィガロより。


 僕は鼻で笑うと携帯をポケットへとしまった。

 今夜はよく眠れそうな気がする。

 軽く瞬きをしただけなのに、大粒の涙がこぼれた。

 さようなら。

 僕の青春と神に泥を塗った女よ。

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