21.鉄の城(4)
ルクスはひし形を斜めにしたような形をしていた。言い換えれば、正方形が西北から東南に引き伸ばされたような形である。
孝太郎は自分たちのいるこの都、ブルーセルがルクスの最西北にあると聞いていた。地図上の光る点を指して言う。
「この点滅してるところにいるのか?」
「はい。わかりやすくしますです」
ナジャがリモコンをいじる。すると地図上に区画を分けるような点線が走った。
「ここが我々のいるブルーセルです」
声に合わせてブルーセルが光る。部屋の中央に浮かんでいる世界地図と合わせてそれを見るに、ルクスは程々に大きな国であるようだ。
ルクスには首都ブルーセルと同じくらいの面積で他23区画が存在していた。敵国家であるというスキャンダは三倍近い大きさをしているが、それは地図の特徴によるもので実際はもう少し小さいだろう。それよりも真東の同盟国オーズが二倍近いのが気になる。支配面積がそのまま国家間の力差になるとはいえないが、面倒は増えそうだと孝太郎は思った。
「ん?」
イングリットを示す点はブルーセルよりもやや東、別区画にあった。
「……そこ、ブルーセルか?」
「いいえ。ここはラニオンです。ルクス王の直轄地ですね」
ナジャがまたリモコンをいじる。ルクスの地図の前に拡大されたラニオンの地図が浮かんだ。イングリットの位置を示す点もある。
「ルクス王はラニオン地方の都市コードルモールにいますです。ラニオンはブルーセルと同じ海に面した土地なんですが、コードルモールは比較的海側から離れており、かつ山に囲まれた小さな盆地にあるのでジメっとしてなくて暮らしやすいところです」
「なるほど、良さげなところだな」
イングリットは仮にも王だ。普段は息もつけないほど忙しいに違いない。そんな彼女が日常を離れてゆっくりするにはいいところかもしれない。
ナジャが頷く。
「ここは大規模な遊興都市でもありますです。のんびりしたり、はしゃいだり、お休みの使い方は人それぞれですが、そのすべてを満たすことのできるお遊びの街なのです。ルクスゴルフ場、ルクスカジノ、ルクス温泉、などに加えルクス最大の繁華街があるルクス一の遊び人都市なのです」
「つまり、ラニオンは千葉か」
「?」
ナジャがポカンと首を傾げて、ちよが孝太郎の腕を引く。
「おにいちゃん、それ伝わんないよ。それに千葉はそんなにすごくないよ」
「たしかに。ラスベガスって言った方がいいのか」
「――姫さん、この街がかなりのお気に入りなんだよ」
ミーナがそう言って続ける。
「好きなものがたくさんあるってさ。下手すると自分が生まれた土地より好きなんじゃないかね」
「それは、つまりブルーセルより?」
「みたいだね」
「ほうー」
孝太郎の頭に想像が広がる。それほど娯楽に満ちた都市なら、見るだけでも楽しいだろう。
「いいな。それで、コードルモールのどこにいるんだ?」
「それはわかりませんです」
ナジャは額の上に付いた角に手をやって、申し訳なさそうな顔をした。
「これで探知できるのはこの縮尺まででして……コードルモールの西の方ですかね、そこまでが限界です、あとは足を使ってくださいです」
「わかった」
「――さぁて、二人とも行くんだろう?」
ミーナがちよと握ったままの手を放した。
「だめ」
しかし、ちよがすぐに繋ぎなおす。
「わたし走れないから」
「……そう。そうだね、じゃあ、ちよちゃんはあたしと遊んでようね」
「よろしく頼む」
孝太郎はちよの手を離し、ミーナに託した。
「ありゃま、こりゃ信頼されてるってことでいいのかね」
「どういうことだ?」
「え? いやさ、なんかアッサリ任されちゃって、ちょっとビックリした。でもその様子じゃ違うみたいだね」
ミーナはキャップを被り直した。中にまとめ上げられていた銀の髪が見えて、拍子にキャップから少しはみ出した。
孝太郎がその美しさに嘆息した。
「すごくキレイな髪じゃないか」
「……自慢の髪さ。誰かに見せるなんてほとんどないけどね。小さい時はこれによく助けられたもんだよ」
ミーナは当然であると言わんばかりに鼻を鳴らした。
「さて、コードルモールなら話が早いよ。姫さんが今日この日にあそこにサボりに行くなんて、行き場所は一つしかないさ」
「何かあるのか」
「ああ、年に一度の大きなイベントさ。有名だし好きなやつも多いってんで街ぐるみで盛り上げてる。街に入りゃすぐに居場所が知れるだろうさ。――そうだコードルモールに行くなら馬車に乗らないとだね」
ミーナは懐からパンパンに膨らんだ袋を取り出し、孝太郎に握らせた。
「お金だよ。あんたのひと月分の給料でもある」
「……給料とかあったのか」
「そりゃあるさ。ここは人を無賃で働かせるようなあくどい国じゃないよ」
「まぁ、そうか。そうだよな」
孝太郎はチラリとナジャを見る。
「なんです?」
「……いや、貰っていいのかなと」
「もちろんです。――なるほど自分の立ち位置でお悩みですね。安心してください、孝太郎さんは魔人の下についているわけではないんです」
「そうなのか」
自分はあくまで魔人の側の人間であると思っていた。だから彼は、人間の国であるルクスから給料が出たことに戸惑ったのだった。
「はい。魔人が異世界から連れてきたのをルクスが雇い入れている、という形です。居候的な立ち位置ですけどね」
「そうか、わかった」
孝太郎はそれを懐に入れた。
ミーナが言う。
「街に行くには坂道をまっすぐ降りればいいよ。城門の番には名前と目的を告げな。すぐ開けてくれるさ」
「なるほど、ありがとう。――ちよ、すぐ帰ってくるからそれまで良い子でいるんだぞ」
「はーい」
ちよが明るく返事して、そして孝太郎は誰より先にルクス城塞を出ていくのだった。
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