8.戦闘海域(2)

 集合体はまだ遠い。孝太郎は双眼鏡を覗いている。


「……なんだ?」


 集合体を囲う魔人のプロペラ機から何か光るものが伸びている。それは各プロペラ機の間に通されて、まるで獲物を釣り上げる網のよう。

 ウーが暢気そうに口を開く。


「星落としを見て孝太郎はどう思った?」

「相当キモい、吐き気がする。ああいうブツブツしたのを見てるとこっちも鳥肌が立つ。生理的に受け付けん」

「へへっ、いいね。みんな大体同じ感想を言ってくれる。――他には?」


 孝太郎はウーの質問の意味を考えた。


「……星落とし、とはアレなのか?」

「アレって?」

「あんな目の集合体が星落としなのか? そもそも星落としとは一体だけじゃないのか?」


 ウーは口の端を持ち上げた。


「星落としは自分の分身を作り続けてんだ。だからアレは星落としの分身で、多分、集合体タイプ」

「多分?」

「あいつらにはコアがあって、そこを潰さない限り永遠に再生する。それにはシングルとマルチとがあって、アレみたいな集合体は大体がシングルの寄せ集め」

「なるほど」


 孝太郎はウーの言葉の先を言う。


「あの目の一つ一つにコアがあるとみて、分断しにかかっているわけか」


 あの網はその為のものらしい。捕まえる為ではなく、網目で分断するためのもの。恐らくただ光っているだけでなく、触れれば身を溶かすようなものに違いない。しかし、そもそも分断する意味はあるのだろうか。

 そんな孝太郎の考えを読んでウーが言う。


「そゆこと。一つ一つ目蓋が開きっぱなしでギョロギョロ別なとこ見てるし、まぁシングルコアかなぁって感じ。――弱いやつが寄せ集まって強くなってるからな、バラバラにしちまった方が殺りやすいんだ」

「かなぁ……ね」

「プロの勘だぜ? それに、いままでも集合体タイプはシングルコアばっかりで、マルチコアはねーんだから」

「とはいえ用心は……ん?」


 そして孝太郎は気づいた。双眼鏡を外してウーのつむじを見る。


「ウーさん、あれ見えてるのか」

「さん付けやめろって。見えて――――」


 その先は声にならなかった。


「――耳ふさげっ!」

「っ!」


 孝太郎はウーの耳をふさいだ。


「テメーのだバカ!」


 ウーは慌てて孝太郎の耳をふさぐ。

 瞬間、


――オギァァァアアアァアアアアアア!!


 つんざくような鋭い悲鳴だった。それは頭蓋と丹田を中心から揺さぶるような重い振動と共に襲い掛かり、海を煽り波を揺らして、二人の背後へ流れていった。


「クソッ! あいつ鳴きやがった! マルチコアじゃねーか!」


 ウーはポトリと落ちた魔人の灯を見た。前触れなく立ち消えた照明を見た。嫌な予感は当たってしまった。

 いまや水平線まで星明かりのみ。


「うっ……おぇ」


 孝太郎が嘔吐いた。視界が暗く明滅している。

 ウーはついに振り返って彼の頬を軽く叩いた。


「しっかりしろ! 深呼吸!」

「漏…れる」

「じゃあいっぱい吸って少しずつ吐け!」


 孝太郎は口を手で抑え頷いた。頷くことしかできなかった。彼は体中の生気が全て吸われたかのような虚脱感の中にあって、いよいよ口を開けなくなっていた。恐らくすべてを吐き出してしまう、臓腑から糞尿までありとあらゆるモノが口から垂れ下がる。そんな直感がそうさせた。


「ったく! しゃーねーな!」


 ウーは孝太郎の胸に手を当てて唱える。


――クーア――


 それは癒やしの言葉。身体の過反応を鎮め平時に戻す。損傷した痛みを誤魔化す。しかしその原因まで断つことができない。気付けの魔法。

 星落としの鳴き声にあてられた者に使える唯一の魔法。効き目は早いが思うより即効ではない。

 ウーの胸ポケットが振動する。彼女はすぐに取り出した。


「リーン!」

「総代!」


 同時に発せられた声に、譲ったのはウーだった。


「っ……」

「副艦長のコユキです」


 ウーはその言葉に全てを察した。

 それはコユキにも伝わった。


「……指示を願います」


 ウーは淡々と答える。


は後にしろ。生存者は決して甲板に出るな」

「ではあの星落としは?」

「うちが殺す」


 ウーは電話をしまうと、相変わらず口を手で抑えつつ鼻呼吸を試みている孝太郎の後頭部をひっつかんだ。

 

「ふっ!?」

「魚みてーな顔してんな。そろそろ吐き気も引き始める頃だ。――実はストックがねーんだ」


 ウーはため息をついた。やれやれと首をすくめると、ぐっとその顔を孝太郎に寄せる。

 孝太郎は何がなんだかわかっていない。彼はただ必死で鼻呼吸している。


「ふっ?」

「血肉を使うって言ったよな? 人間の血液は良い魔力になるんだ」


 ウーは口を開けて鋭く尖った八重歯を見せた。


「てことで、もらうぜ」


 孝太郎が頷く前に、ウーはその首に喰らいついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る