6.神話談義

――ヴェルメ――


 響きは木霊した。ぎゅるりと渦巻く何かを感じる。引きずられるような、魅入られるような、逃れようのない流れに似ている。

 それはただの鉄塊に意味を与える言葉。機械に命を吹き込む呪文。そして、


「“起動”の魔法だ。原動機に火が付く」

「そこは魔法なのか、変にファンタジックだな」

「おー、まぁワケがあってな……」

「ワケは気になるところだが、今はそれよりも」


 孝太郎は膝の上の少女に言う。


「一人乗りだとは聞いてないぞ」


 プロペラ機の操縦席、孝太郎はウーを抱きかかえるような形で座っていた。その代わりだろうか、ウーの尻尾は孝太郎の胴に巻き付いている。

 ウーの背が低いため視界は良好だが、本来大人一人分のスペースにを加えるとやはり狭苦しい。少し身じろぎするだけで何かとあたる。


「へへ。役得じゃねーの?」

「振り返らないでくれ。そのツノでケガしそうだ。できるだけ頭を動かさないでくれ」

「……」


 ウーは口を尖らせた。ムッとしたようだ。


「……揺れるぞ〜」

「わかっ――おぉっ!?」


 プロペラ機が空へ飛び上がったのと同時に、ウーの頭がぐわぐわと揺れた。首の座っていない赤子のように。

 孝太郎が角に接触した顎をさする。


「いつっ、首振り人形かあんたは」

「うるせぇ。……眠いんだよこっちは」


 それが誤魔化しのセリフであることは孝太郎にも知れたが、実際ウーは眠そうだった。

 孝太郎はナジャの顔を思い出しながら言う。


「その目のクマ、魔人の特徴だと思っていた」

「なわけ。忙しくて寝れてねーんだ」


 ウーは思い出したかのように大きなアクビをすると、視線だけを空に向けた。


「見てみろよ、良い夜だ。雲一つない星霜の空だ」

「使い方間違ってるぞ。――しかし、まぁ」


 見上げると確かに満天に星がある。気づけば大地を背後に、はるか水平線まで星明りが灯っている。孝太郎はしばし見惚れた。


「こんな空は初めてみた」

「そりゃそうだろ。……って違うか。そっちの夜空は星が見えなかったもんな」


 ウーは前方に見える星を指差した。


「あれが西方の一位ラ・ジレ。この季節になると顔を覗かせてくる。そのすぐ隣に青く光ってるやつがラ・ディン、ラ・ジレの取り巻き」

「ほう……」


 と、声に出しつつ、しかし孝太郎の頭にウーの言葉は入っていない。そもそも星が多すぎて、どれがどれだかサッパリだった。彼は相槌だけを返して、ただ景色を見ている。

 星は空に敷き詰められて、見つめていると手元に落ちてきそうなほど近く思える。やはり、ありえないほど美しい。そんな非日常の光景に孝太郎の口元は少し緩んでいた。

 ウーはそんな彼の様子を知ってか知らずか、光る星の解説を続けていた。


「――孝太郎はどう思う?」

「ほ……なに?」


 声が裏返った。唐突過ぎる。孝太郎からウーの顔は見えないが、カラ返事をしていたことは勘づかれていないようだ。


「だから、神をどう思う?」

「どうってなんだ?」

「さっき話したろ? 神に理性があるのかって」

「あー……すまん。聞いてなかった」


 孝太郎の顎に角があたる。


「いたいっ!」

「はぁ……神話の神々ってな、こっちもやたらと人でなしの行動をしてる。息子の嫁を犯したり、カッとなって殺したり。……孝太郎の世界じゃ全知全能な神も割と気分で人殺してるよな」

「ああ」

「そこで質問、神に理性はある。これは真か偽か」

「……あんたの言う理性が西洋哲学におけるそれと同じ、推論能力のことを指すのであれば、真だろう」

「おぉ! すげぇ! 賢人っぽーい」


 ウーは嬉しそうに笑った。孝太郎は不服そうに鼻を鳴らす。


「ケンカ売ってんのか」

「そんな怒んなよ、ノッてくれてありがとな。――で、実際どう?」

「まぁ、あんたの話の後だと感情を抑えることができていないように思えるな」

「だよなー。さっきも言ったけど人でなしだよ、ホント、あいつら好き勝手暴れやがる」

「……ふむ」


 孝太郎はウーの話を黙って聞くことにした。彼女のセリフが独白に近いものだと気づいたからだ。それに、話す神の対象が変わっている。


「ちっとは我慢できねーのかな? ホントどうしようもねーヤツら。……でもきっとな、巨大な力を持つものに、理性なんていらないんだ」


 ウーは目を細めて遠く空を見つめる。笑ってはいない。睨んでもいない。その目の奥の感情は何か。


「やつら、赤ちゃんみたいに泣くんだよ」


 二人の上に星が瞬く。下には暗く海が広がる。プロペラ機は音を立て、境界を切り拓くように進んでいく。

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