世界平和はムリなので、世界統一しましょうっ!
幸 石木
プロローグ マージナル
東京の夜は眩しい。星が身を潜めるほどに。
人工の光が大気中の粒子によって散乱し、夜に星々を隠しているというのは周知の通りだ。
東京人口約1500万人の作り出す生命の灯火。その一つ一つにかけがえのないドラマが眠っている。それは恐らく星々のドラマよりも美しいに違いない。なぜなら夜空に星は見えない。その煌めきに神を夢想した人類はもういない。
人が夜に望むのは、今は地上の明かりのみ。
万の灯火を見下ろす東京タワーの先端は、夜の闇と人工の光とが漠然と混じり合う空と大地の狭間。人工の熱明かりが冷えた闇空を飲み込もうと舌を伸ばしているようにも見える。その奥の星明かりさえも。
声はそこから聞こえた。
「おいおい、なんだあれ」
東京タワーの先端に小さな女の子が腰をつけ両足をぷらぷらと投げ出している。その瞳の先にはここよりはるかに巨大な塔が怪しく光っている。
「たった25年だろ。もうあんなもん建ててんのかよ」
彼女は笑っている。どこか呆れたように頬杖をついて。あるいは物欲しそうに眉をひそめて。
「さすがだな。いや、うちらだって余裕さえあれば……っと」
胸ポケットの振動に沈みかけていた思考が浮き上がる。彼女はそれを取り出すと縦に開いた。ガラケーだ。
「はいよー」
『魔王様、そっちはどうですか?』
少女の耳にノイズ交じりに届いたのは予想外の声だった。彼女は思わず
「……おー、お姫様じゃねーか。ナジャはどうした?」
『ナジャさんは手が外せないそうです。で、どうですか?』
「どうって……まぁ平和そうだよ」
『そうじゃなくて! 景色とか建物とか人の格好とかそういうのが欲しいです』
間髪入れないその言葉に、少女は苦笑いを浮かべた。今日はいつもよりグイグイくる。
「イサミの話してた通り、絵に書いてくれた通り、の世界だ。あー、ただ馬鹿でかい塔がもう一つ立ってる。こっちよりでけぇ」
『魔王様が探知してるのって、その国で最も高い建造物の上で、でしたよね? アハハッ! 間違えたんじゃないですか?』
「なわけ。イサミが赤い塔だって言ってたんだ。こっちが赤で、向こうは……光っててよく分かんねーけど赤じゃねーよ。――この短い間に新造したんだろ」
少女はあくびをして続ける。体をほぐすように伸びをして、どうやら疲れているようだ。
「道が閉まるまで二時間くらいか? それまでに見つけねーと」
『終わっちゃいますね、世界』
「安心しな。お姫様が死ぬまでは保ってやるよ」
『アハハッ! そこは絶対見つけ出してやるーとか言ってください』
その明るく笑う声につられて、少女もケラケラと笑った。
「へへ、んじゃそろそろ切るわ。楽しみにしててくれイングリット姫」
『はーい。……一応言っときますけど、もう女王様ですからね。その人に誤解されないように呼び方直してくださいよ?』
「はいはい」
少女はガラケーを元に戻すと立ち上がった。東京タワー先端四角の淵に片足で危なげなく。
そして強く瞼を閉じて瞑想を始めた。
「……いた。こんなに早く見つかるなんてこっちもロクなもんじゃねーな」
吐息とともにそう呟くと、少女は探し当てた人間に会うために空に浮き上がった。
「――すまんが地獄にきてもらうぜ」
次の瞬間、少女は光と闇の狭間から姿を消した。
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