第6話 タッグアップ

 レオナは俺の手を引いて、くだんの路地裏にやって来た。


「ほら、早くやりなさいよ!」


「なんでここなんだよ、綺麗な思い出がある場所とは言えないぜ」


「なるべく同じ条件にした方がいい気がするのよ! いいから早くやりなさいよ!」


 レオナは恥じらいを押し殺す為か、必要以上に大きな声でまくし立てる。

 さっきから一度も目を合わせようとしない。

 そんな姿を見て、俺の中で意地悪な感情が芽生える。


「えー、でもなー、俺からしたんじゃまたなんか文句言われそうだしなぁ。無理矢理やったなんて言われたくないしなぁー」


「アタシからやれっての? これ以上調子に乗るようならもう・・・・・・」


 レオナがナイフを抜いて凄む。

 どうやら童貞ブタ野郎の冒険はここまでのようだ。


「アッハイ、すみません」


「目、つむって」


 俺は目を閉じた。


「ちょっと、それじゃ届かないじゃない。かがみなさいよ」


 言われるままに、俺は膝を少し曲げる。


「いい? 目ぇ開けたらぶっ殺すわよ」


 スゥと、レオナが深く息を吸い込むのが聞こえた。

 目を閉じていても、息遣いでレオナの顔が近づいているのが分かる。


 来る──。


 暖かく、柔らかいものが唇に触れた。

 天界で触れた、雲よりも優しく感じた。

 酒の力がなければ、所詮俺はチェリーボーイらしい。体が天に舞い上がるような、そんな感覚があった。


 フッと、レオナが遠ざかる。


「もう開けていいか?」


 緊張のせいか、うわずった声で聞いた。


「──いいわよ」


 なぜか小声でレオナが答える。

 俺は目を開けた。同時に、


「うぉぉぉおっ!?」


 叫び声も上げた。

 俺は今、地上から50メートルは離れた場所に浮いていた。

 天にも昇る気持ちだった訳ではなく、本当に飛ばされていたようだ。


「やったー! 戻ったわー!」


 眼下でレオナが無邪気な声を上げている。


「降ろしてくれ! 高い所は苦手なんだー!」


 俺は絶叫した。


「あらそう」


 レオナは珍しく素直に俺の気持ちに応えてくれた。

 そう、能力を解放しやがったのである。

 俺の体は重力に従って自由落下を開始する。


「あああああああ! 死ぬーっ!」


 俺は泣いていた。

 涙は猛烈に突き上げてくる風によって、後方に流れていく。中々見れない光景だが、これがこの世で見る最後の景色だと思うと、無性に腹が立った。


「チクショーッ!」


 俺が死を覚悟して、叫んだ時、急ブレーキがかかって俺の体は静止した。

 地上まで10センチも無い、スレスレの距離だった。

 俺は穴という穴から体液が吹き出していた。無論それには小水も含まれている。


「ア、アンタ・・・・・・」


「見ないでくれ」


「ゴメン、能力チカラが戻ったのがつい嬉しくって・・・・・・やり過ぎたわ」


 あの傍若無人なレオナに気遣われているのが、苦しかった。


「いやいいんだ──ただ、早く降ろしてくれ。どこかへ消えちまいたい」


 言った途端に、レオナは能力を解除したらしく、俺は地面に着地した。

 すぐさま立ち上がってその場を立ち去ろうとする俺に、レオナが声をかけてきた。


「ちょっと──!」


 俺は気だるげに振り向いた。

 早く一人になりたかった。


「待ちなさいよ。アンタの能力の仕組みが大体分かったわ! アタシと組みましょう!」


「はあ?」


「だから、アンタの能力は人の能力を奪って、返すことも出来るのよ!? これって凄い事だわ! きっと奪った人間以外にも渡す事が出来るはずよ! この力を使ってギルドを運営すれば良いじゃない! そしてアタシを雇ってちょうだい!」


「いや、何言ってるか分かんねえよ」


「詳しい話は着替えを済ませてからで良いわ! とにかくアタシと組みましょう! 今さらだけど、アタシの名前はレオナ! アンタは?」


「・・・・・・悠利ゆうり


「ユーリね! よろしく!」


 こうして、悠利改めユーリこと俺は、レオナと組むことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る