取り敢えず、平穏な日々を
@sagara-88
第1話 寝ても覚めても
——最期の記憶は、寂しそうに笑う綺麗な男の人だった。
目を覚ましたら、シャンデリアのついた豪華な天井が映った。
光が差し込む窓を見れば、もう太陽は1番高く上がっている。
慌てて起きあがろうと手をベットにつけたけれど、うまく力が入らなかったのか、ポスンと音を立ててベットに倒れ込んでしまった。
「真緒梨!?」
目に映ったのは私の顔を心配そうに覗き込むように見る兄様。いつもは冷静沈着な彼が今にも泣きそうな顔をしていて驚いた。
「よかった……。本当に、よかった……っ!」
私の手を掴んで涙を流す兄様は次の瞬間ハッとした様子で顔を上げた。
「医者を……!」
そう言って部屋を出てった兄様を何が何だかわからない私は、呆然としながら見つめていた。
「うん、もう大丈夫ですね。あとはお薬を用意しておくのでそれを呑んで1週間程安静にしてください。それと、睡眠を充分にとること。また何かありましたら連絡してくださいね」
髭を生やしたおじいちゃん先生は、お大事にと言って薬を置いて部屋を出て行った。
……どうやら私はこの3日間、高熱でうなされていたらしい。
「真緒梨……?どうしたの、ほら。お兄ちゃんだよ?」
親指で私の頬を撫でる彼のぎこちない手つき。それになんだか泣きたくなって、その手に頬を擦り寄せる。
「……李王兄さ、ま」
「ああ、そうだよ。辛かったね、もう大丈夫だから。お医者さんもそう言っていた。……感染るから入ってはダメだと使用人達に止められて、会いに来れなくてごめんね」
李王兄様は柔らかく微笑んで、私を引き寄せ抱きしめた。ふわりと香る、兄様の香りに私はひどく安心して抱きしめ返した。
_____どうして、こんなことになったのか。
李王兄様が部屋から出て行ったのは、それから数時間後で、もうとっくに日は沈んで月が明るく輝いていた。1人になった空間がやけに広く感じて少し心細くなる。だか、そんなことを思っている暇はなかった。
思い出した、私の前世。
転生なんて、前世を覚えているなんて、一ミクロンも信じていなかった私にとって、それはた到底理解し難いことだった。それでも私が信じたのは、正に今の私と全て一致しているから。
ああ……、どうしよう……っ!
私の名前は、催馬楽真緒梨。
よくある身分差ラブストーリーの乙女ゲーム。前世の私が没頭していたそのゲームに出てくるライバルキャラが私だったのだ。
私の前世は、平凡だけれどとても幸せそうな女の子だった。思い出した記憶はまだ曖昧で、大雑把にしかわからない。だけど、夢の様に過ぎていった彼女の人生はとても充実していたと思う。
まだ、纏まっていない思考。しかし私は、この世界のことだけははっきりとわかっていた。
前世の私がやっていた乙女ゲーム『Love lover』というものがある。舞台は現代の日本。御曹司、御令嬢が通うお金持ち学校、中高大一貫校私立花京院学園だ。偏差値、倍率ともに高く、この学園を出たら将来は決まったも同然という、ハイスペックな学校。
そして、その『Love lover』というゲームの内容は、外部編入生として高等部からやってくるヒロインが、そこで出会う6人の攻略対象といえる御曹司達を攻略していくという王道身分差ラブストーリーゲーム。
「なんで……、私が……」
私、基……乙女ゲームの中の催馬楽真緒梨は、日本の四大財閥の一端。催馬楽財閥の令嬢という役で出てくる。ヒロインのライバルキャラというだけでは、まだ聞こえはいい。しかし、実際はそんな軽いものではないかった。
真緒梨には10歳の頃に親同士が決めた婚約者がいた。文武両道、才色兼備。攻略対象には欠かせない設定だ。もちろん真緒梨は、その婚約者の彼を心から好きになり、婚約にも前向きであった。だが、高等部に上がったとき事態は急変する。
そう。ヒロインが、編入してくるのだ。
聖母のような、優しさを持っていた真緒梨。誰しもが彼女を慕っていて、嫌う者など彼女に対して嫉妬心を抱いている人だけだった。
双方の同意もありながら、将来は結婚し、子供を産んで幸せな家庭を築くと信じて疑わなかった。
そんな考えは、跡形もなく突然出てきたヒロインによって打ち砕かれる。
私ではなく、私よりも後に出会ったヒロインを構う婚約者。家族は仕事で家を開ける日が多くなっていき、だんだんと疎遠になっていく。
——ただ私は、愛されたいだけ。
催馬楽真緒梨の運命は、結果的にいうと最悪だ。婚約者に近づいたという嫉妬に狂って、ヒロインを陰湿なやり方でいじめる。真緒梨は、私ではなく、狂気的に彼に愛される彼女が、羨ましくて憎くて仕方なかった。
その後は流石王道というべきか……ヒロインを取り巻く彼ら攻略対象様達によって事実上社会的破滅に追い込まれ、真緒梨は学校を退学、そして家族には縁を切られた。
真緒梨も真緒梨で、辛い過去を背負っていたからか、そこまでやらなくてもいいんじゃないかと当時はネットで呟かれていたが、それが私となると一気に恐怖心が襲ってくる。
でも今、私は5歳。物語が始まるまでまだ10年もある。今の真緒梨の立ち位置は、大人しくて愛嬌のある可愛いお嬢様。
あまりにも突然知った自分の未来に動揺しながらも、これからどうすればいいのか必死に考える。
「っ……、決めた!」
私はベットの上に立ち上がり、拳を天に突き上げ言った。
「攻略対象には一切関わらないで、ヒロインもいじめずに、前世みたいに平凡で平穏な日々を送るぞ!」
それがどれだけ難しいことなのか、このときの私は知る由もなかった。
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