”神童”チルリルなのだわ!

kinoko

第1話 ”神童”チルリル爆誕

ある晴れた日、アルドは煉獄界からやってきた少女イルルゥと共に火の村ラトルへ訪れていた。


「なぁ、本当にここにいるのか? その、”逃げ出した魂”ってのは。」


アルドはイルルゥにそう尋ねた。


「うーん…、まだ逃げてからそう時間は経ってないからこの辺にいると思うんだけどなぁ。」


イルルゥ曰く、彼女が煉獄界からこちらの世界に移動する際に一人の魂が付いてきてしまったらしい。慌てて捕まえようとしたが逃げられてしまい、偶然そこに居合わせたアルドに助けを求めた、というわけである。


「あの子いたずら好きだから早く捕まえないと大変なことになっちゃう!」


「それってどのくらい大変なんだ?」


「それは………、すーーーっごく大変だと思う!     たぶん」


「な、なるほど(ごくり)。」


アルドはイルルゥのその言葉に思わず息をのんだ。魂のエキスパートである彼女がここまで言うということは、きっととんでもないことが起こるのだろうとアルドは思った。


ちなみに、イルルゥもなにが起こるかはさしてわかっていない。なにしろ魂が煉獄界から脱走なんてこと今までなかったためなにが起こるか予測がつかない事態なのである。その様子は傍から見れば一目瞭然なのだが、鈍感なアルドはそれに気が付いていないみたいだ。


「それなら急いで探さないとな!」


「うん!」


二人はまだ知らない。この逃げ出した魂がのちに大事件を引き起こすことを…。


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―ときは少しさかのぼり、ラトルの酒場前。


「今日はとってもいい天気で気持ちがいいのだわ!」


彼女の名前はチルリル。西方教会からやってきた少女で自称「剣持つ救世主」である。剣持つ救世主は西方教会で神と崇められている存在であり、本来聖職者でありながら神を自称するなど本当は異端認定されてもおかしくないのだが、あまりにも荒唐無稽な主張であるため異端審問官からも相手にされていないちょっと悲しい子でもある。


そして今日も布教活動をするためにラトルへとやってきていた。そんな彼女には永遠のライバルと呼べる存在がいるのだが…。


「ふんふんふーん♪」


チルリルは気分がいいのかその場で鼻歌を歌い始めた。そしてその横にはいつの間にか聖職者の格好をした背丈の低い少女が立っていた。


「…ちょっとチルリル。」


「ふんふーん♪」


少女が声を掛けるがチルリルは全く気付いておらず鼻歌を歌い続けている。


「……。」


「ふんふんふふーん♪」


「チルリル!」


「!!?」


少女が少し大きめの声で呼んだことでチルリルはやっとその声の存在に気づくことができた。そして振り返ってその姿を見た途端、チルリルは顔をしかめて言った。


「げっメリナ! いつからそこにいたのだわ!?」


少女の名前はメリナ。チルリルと同じ西方教会出身で、通称「神童」や「翼持つ子」と呼ばれている。幼い見た目をしているが、それとは裏腹に成熟した精神を持ち合わせている。何を隠そう彼女こそがチルリルの絶対のライバルである。そしてメリナは答えた。


「鼻歌を歌い始めてからずっとよ。こんな道の真ん中で鼻歌歌って立ってたら危ないでしょ。あと、その『げっ』って反応やめなさい。」


「なっ! そんなことメリナに言われなくてもわかっているのだわ! あと、この反応もやめるつもりはないのだわ!」


チルリルはライバルであるメリナに注意されたのが気に食わなかったらしく、全力で反抗した。しかし、対抗する気のないメリナはそれを軽くあしらう。


「はぁ、わかったわ。それじゃ私は仕事があるからそろそろ―――」


その時だった。


「…フヒヒ」


不気味な笑い声と共に辺りは強い光に包まれた。二人の間には空中を浮遊する火の玉のような謎の物体が。一瞬だが、光る直前メリナはその姿をとらえることができた。


「「ッ!!!?」」


しかし、あまりの眩しさに二人とも硬直してしまい、動くことができなかった。その間に浮遊するなぞの火の玉は逃走。光が収まったころにはどこか遠くへ飛んで行ってしまった。


「(あれはいったい何? 火の玉ようなものだったけど…。でもしゃべる火の玉なんて聞いたことがない。)」


メリナは即座に思考を巡らせる。彼女はこういった緊急時の対応に対する柔軟性に関してピカイチであった。


「(周りに何か異変はないかしら………!?)」


そう思い正面を見たメリナは驚愕した。なぜなら目の前に自分と同じ姿をした誰かが座り込んでいたからである。その様子から先ほどの光の影響でまだ視界が回復していないことがわかる。そしてさらに、先ほどまで自分の正面にいたチルリルがいないことに気が付く。この二つの異変から考えられる事実は…。


「(まさか…!)」


その時、前にいる自分の姿をした誰かも視界が回復してきたらしく立ち上がった。


「…うーん。一体何が起きたの”だわ”?」


”だわ”という特徴的な語尾を聞いてメリナは自分の予想が正しいことを確信した。そして自分の姿を確認すると、案の定自分の体は”彼女”の体になっていた。一体なんでこんなことに、とメリナもだいぶ混乱していたがとりあえず自分の姿をした彼女、チルリルに事情を説明しなければと思い話し始めた。


「チルリル、落ち着いて聞いて。私たち体が―――」


「!? チルリルの前にチルリルがいるのだわー!? どういうことなのだわ? これはつまりチルリルが二人になっちゃったってことなのだわ???」


メリナが話し始めると同時、異変に気付いたチルリルは混乱してしまい騒ぎ始めた。そして、残念ながらメリナの声も届かなかった。


「どどど、どうしたらいいのだわ!? そういえばメリナはどこに行ったのだわ!?」


「チルリル!! 落ち着きなさい!」


メリナは先ほどより大きな声でチルリルを呼んだ。そしてチルリルもこの声に気づくことができた。


「はっ! チルリルったら混乱しすぎていたのだわ。もう一人のチルリルは冷静ですごいのだわ!」


やっとメリナの声に気付いたチルリルだが、どうやらチルリルはまだ二人の中身が入れ替わったということに気が付いていないらしく、自分が二人になったと勘違いしているようだ。


「さすがもう一人の私! 『剣持つ救世主2世』の称号を与えるのだわ! …ところでメリナはどこ行ったのだわ?」


「はぁ…、あなた一回そこの酒場で鏡借りてきなさい。」


メリナはこのままではらちが明かないと思い、チルリルに自分の姿を見るよう促した。


「? わかったのだわ。」


チルリルは素直に従い酒場の方へと向かっていった。


そして数分後。『ぴぎゃぁぁーーーーーーーー!!?』という叫び声が酒場の中から響き渡った。どうやらチルリルも自分たちが入れ替わったことに気が付いたらしい。


「はぁ…。大丈夫かしら。」


メリナはため息をつき考えた。どうしてこんなことになってしまったのか。あの火の玉は何だったのか。そして最も心配なのが…。


「たたた、大変なのだわ! チルリルがメリナでメリナがチルリルになっちゃったのだわ! どど、どうしたらいいのだわ!」


酒場から出てきたチルリルが再び混乱し始めた。メリナはこんな状態のチルリルが心配でならなかった。


「(元に戻れるといいのだけれど…。)」


                    



next 合流

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