愛しき君のために

つづり

愛しき君のために

 ことをなした後……下腹部をゴシゴシと拭く。汚いシミを拭き取るように。

ようやく終わったかという安堵と、何かが満たされたような感覚と、裏切ってるという罪悪感。その三つがまぜこぜになっていた。私はゆっくり目を閉じる。

 相手の男も、果てた自身をティッシュで拭き取ると、どこか満足したようにため息をついた。けだるげな声で私に声をかけてくる。


「アリア、お前、同棲している相手がいるんだろう……俺なんかに引っかかっちゃって、いいのかよ」


「うるさいわね、いいの……これくらい」


「ふーん……」


 少し口の端を吊り上げて、男は笑った。

正直心が見透かされているようで、嫌になる。

 こいつは……以前からの付き合いはあるが、かっこつけで中身なんてほとんどないような、ろくでもない男だった。少なくともフィリオより良いところを探すのに苦労する。


 それでも五分前までは、この男に抱かれていたのだ。

喉に張り付くような心の渇きと、たまらない寂しさを埋めるために。


「落ち着いたら帰ってちょうだい、あと一時間もしたら、あの人が帰ってくるのよ」


「はいはい、しかしさ……自宅の寝室で浮気するって、度胸あるよなアリア」


「うるさいわね………」

 

 我ながらどうかしていると思う。

 街の方に行けば、いくらでもこの男と会うような場所はあるだろう。

でも私はこの家の、フィリオと一緒に寝ているベッドで、男に抱かれている。


 気づいてくれるだろうか。

 仕事熱心な彼は、優しいが……私のことを見ていない気がする。

彼に見られてないのではと思うと、たまらなく寂しくて、私は恋人だろうと罵りたくなる。

 けれど何一つひどいことを言わない彼に言う機会はない。

 そしてこんなひどいことをしている。

早くバレないのだろうか。

フィリオは私の罪を知ればいい、気づけばいい。


 そうしたら私は傷つきながらも、どこかほっとするのだ。

私のことを見てくれたのね、と。


 男はタバコを吸いたくなったらしく、いそいそと家を出て行った。

ベッドに消臭剤をかけ、シーツにシミなどがついていないか確認する。

定期的に洗っているが、ことをなす度に、このシーツを燃やしたくなってしょうがない。


 取引先に行っているフィリオをリビングで待つ。

精神安定の効果があると言うハーブティーをゆっくりと飲んだ。

 甘く柔らかな香りがする。

香りを感じながらじっとした。

そうしないといけないのだ。

 抱かれた後、体が急に相手の熱を思い出すことがある。

下腹部を中心に熱くなるのだ。焼けた炭のような熱を感じるのだ。

 だからじっとする。

恥と罪悪感と欲望が渦潮のように私の心をかき乱す。

けれどこれは一時的なものに過ぎない。

 早く終わればいい。


 フィリオは私の裏切りに気づいてないようだ。

こんなことをしているのに、一か月もやっているのに、気づいた様子もなく

日々を過ごしている。


 彼は私に言った。

 

 君はとても必要な人なんだ。

 どうしても君がいる。


 あんなにも私を求めてくれたはずなのに、手に入ればそれで満足、だったのだろうか。

 なんて……虚しい。

 そんなことをする人だと思ってもいなかった……


 玄関の方からドアの開く音がした。

フィリオが帰ってきたようだ。

息が上がっているような息遣いが聞こえてきた。

走ってきたのだろうか。


 私は小さく微笑みながら彼を迎え入れた。

何度も裏切り続けているのに、彼のことを嫌いになりきれない。

顔を見るだけでも、嬉しさがこみ上げてくる。

 まるで炭酸がはじけるような淡い恋心だった。


 フィリオは息を整えながら、子供のように頬を真っ赤にさせて私を見た。


「聞いてくれ、アリア。僕の人形が売れたんだ」


 フィリオは人気の人形師だった。

オーダーメイドで人形を作ったり、美術品の一つとして作品を売ることもあった。

その人形を美しく、可憐さもあるということで、若いながらも成功者であった。

 私が彼のことを知ったのも、始まりをたどれば人形だった。

今も手元にある小さな人形。

お高いものではあったが、愛らしい可愛らしさで、つい買ってしまったものだ。

 その作者がフィリオだった。


 私は大きく頷いた。


「よかったわね、あなたの人形だもの。売れないわけがないわ。おめでとう……」


「あぁ、自信作ではあったけどいざ売れると格別だ。本当に嬉しいよ」


「疲れたでしょう、今日は私がご飯を作ろうか。あなたよりは上手ではないかもしれないけど」


 フィリオは頭を横に振った。

私にコートを預けながら、手を洗いに行く。

私に呼びかけた。


「いーや、僕が作るよ。料理はね僕の役目だから」


 彼は実家の方では料理当番だったらしい。

両親が忙しく、妹と二人きりのことが多かったフィリオは、自然と家事が得意になっていた。特に料理をすることが好きらしく、私が自宅で食べる食事の多くは彼が作っている。

フィリオはあまり語らないが、自分の妹のことを、とても大事にしていたようだ。


 人形作りを始めたのも妹さんが影響していたらしい。


「……ねぇ、フィリオ」


 私はエプロンをつけて料理をはじめた彼に声をかけた。

フィリオはきょとんと私を見る。

その何も考えてないような、純真な瞳に心が痛くなった。それでもどうしても聞きたくて、私は衝動に駆られるまま、言葉を出した。


「フィリオにとって私って、何なのかな 」


 フィリオは私の言葉に、にっこりと微笑んだ。


「君は僕にとって、とても必要な人だよ」


 続けてこう言った。


「君の代わりはどこにもいない」


 テンプレのような優しい言葉。

温かみのある声で言ってくれる言葉。

彼の感情に嘘はないように見えるが、それなのにどうしてこんなに追い詰められるような気分になるのだろう。何一つ私は満足できないのだろう。


 私はわがままなのだろうか。

彼は微笑み続けている。

でもどこか私を見ていないような気がした。これは被害妄想のようなものなのだろうか。

 私は唇を噛んだ。

彼がテーブルに並べてくれた色とりどりの料理たち。

私は困惑して、彼を見た。


「ねえ、フィリオ。ちょっと量が多すぎない? まるで誕生日会のようだわ」


 うん、と彼は大きく頷いた。


「そんなものだよ、僕の大事な娘がお嫁に出たようなもんだからね」


「あなたは本当に人形が好きね。制作部屋にこもってしまうし、勉強だって欠かさない。本当は私より人形の方が好きなんじゃない?」


 冗談めかした本音……。

 彼は慌てたようだった。

 そしてまじまじと真剣な顔で私を見た。


「そんなことあるもんか。僕にとって大切なのは、たった一人の……」


 そこまで言って彼は恥ずかしそうに口元を押さえた。

照れているようだった。耳まで赤くなっている。

彼は場を誤魔化すように、私を席へ誘導した。


「ほらほら食べてよ。残しても僕が食べるから大丈夫、君のために作ったんだ……食べて?」


 彼に構われるのが嬉しくて、私は久しぶりに心が跳ねる。席に座った。

そして、ホカホカのシチューを一口食べた。

手作りのパンも食べた。

パンは柔らかく、シチューもコクがあって美味しかった。

 彼は優しく見守ってくれるし、こんなに穏やかな気分でいられるのは久しぶりだった。

たとえそれが、人形が売れたことによる喜びが反映された料理だとしても。

 私が大事に扱われてるように思えて、食事がすすんだ。


 なんだろう

……しばらく食べてて猛烈な違和感が襲った。

 体の節々が痛い。それ以上に関節が動かない。まるで体が言うことを聞かない。


「あ……」


 スプーンを落としてしまった。

けれどもフィリオは頓着していないようだった。

あぁ、と納得したような顔をしている。


 おかしい、自分はどうなってしまっているのだ。

顔も体も腕も手も足も全部が固まっていく。まるで人形のように。

私は縋るようにフィリオを最後の力で見た。


 フィリオは笑っていた。

私の危機に気付いているはずなのに、純粋な表情で、ただ私を見ている。

そして私の肩を叩いた。


「ようやく、君をシェリルの元へ連れて行けるよ」


 シェリル、それは一体誰なのだろう。

体は言うことをきかず

精神だけが自由になってしまった私は、疑念を顔に浮かべることもできない。

そのことにフィリオは気づいているのか、優しく私の頭を撫でた。


「そうそう君は、何も知らなかったね。シェリルは僕の妹さ、僕の愛しい可愛い子。でも君は何一つ彼女のことを知らないよね……彼女と会った時何もわかってないんじゃ困ってしまう、そうだ……君に色々と教えてあげるよ」


 私の耳元にフィリオはキスした。

そして私のことを、まっすぐと見る。

 初めて、彼の視界に入れたような気がした。


……僕の妹のシェリルは三つ離れた妹だ。

この家からはずいぶん離れた山の上に今置かれている。

 あの姿になってから、もう十年以上は経つだろうか、可愛い子だよ。

僕の一番の子だ。

あんなに可愛くて、魅力的な女性はいない。

 小さい頃は僕とずっと一緒で、お兄ちゃんお兄ちゃんと言ってばかりだった。

うちの家が少し変わっていたからかもしれない。

両親が忙しくてね、家政婦さんを雇っていたけど、ある一定の年齢になったら僕が家事をしていた。妹の病気の治療費を稼ぐためでもあったから、両親が忙しくてもしょうがなかった。家政婦を辞めさせてしまったのも、妹のためとも言えただろう。それくらい莫大な金額のかかる病気だったんだ。


 シェリルはいつもベッドにいて、学校に行けないことや自由に動けない体を悲しんでいた。みんなが外で遊んでいるのを窓から見ていて。僕に訴えることもあった。


「どうして、私だけなの。私もみんなみたいに遊びたいよ」


「お兄ちゃん、私を外に連れてって。お兄ちゃんは私の言うこと、何でも聞いてくれるよね」


 それは土台無理な話だった。

外に連れて行くことは可能だが、連れて行ったあと、シェリルの体調はとてつもなく悪くなるだろう 。僕はシェリルが大事だったけど、シェリーの願いも大事だったけど、その願いに関しては素直に頷くことはできなかった。シェリルは心底怒ってしまって。


「お兄ちゃん大嫌い、私の願い叶えてよ! 私だってみんなと一緒がいい」


 病気の辛さから来る苛立ちや悲しみ。それがこもったシェリルの言葉はとても重かった。

何より大嫌いという言葉が一番心にくる。

僕はシェリルが大事だったから、どうにか彼女を喜ばせたかった。

幼い僕にできること、それはとても数少なかったけど、僕は割と手先が器用で

粘土を使って人形を作った。

シェリルは可愛いものが好きだったからだ。

 機嫌を損ねて布団に潜り込んでいるシェリルに、呼びかける。


「ねぇ、 シェリル。これを見てごらん」


 シリルは渋々と起き上がる。

一体何だと思っているのだろう。

ふてくされた顔だ。

けれど僕の見せた粘土の動物を見て、目を大きく見開く。

こんな可愛いものは見たことがないというように。

その瞳は宝石のようにキラキラしていて、正直食べてみたかった。

ほら、よく言うだろう。可愛くて食べちゃいたい。

ずっとそんなふうに感じる存在だと思っていた。


 シェリルが喜ぶと、全身が震える。

 シェリルは悲しむと体中から力が抜ける。

 シリルが怒ると一晩中、悩みで眠れそうにない。


 シェリルが……

「お兄ちゃん」と、世界中で自分の味方は僕だけと言わんばかりに、すがってくると。

愛おしさでシェリルの抱きしめたくなる。


 僕の世界はシェリル中心で回っていて、僕は彼女以外何もいらなかった。

彼女だけがいればいい。

彼女のすべてが愛おしい。

 人形作りにはまっていったのも、すべて彼女のためだった。

彼女を喜ばせるために、人形作りのあらゆる技術を学んだ。


「お兄ちゃんすごーい!」


 愛しい君(シェリル)のために

僕の人生はシェリルのための人生だ。


 この気持ちを君はどう思うかい。

僕は恋だと思っている。

妹に恋するなんてとか言わないでくれよ。

そんなことを言ったら……君の目玉をガラス玉に変えてしまうからね。


 僕は恋をしてたんだ。

子供部屋のすみっこで、シェリルと一緒にいた。

この時間が永遠だと思っていたんだ。


 ふふ、そうではなかったのかと思うだろうね。

この言い回しだと、そうだよ、 シェリールがちょっとおかしい時期があったんだ。

今はそんなことはないんだけど。

 シェリルの病気は両親の必死の金の工面もあって、奇跡的に完治した。

そしたらシェリルを子供部屋から飛び出して、学校や友達付き合いに夢中になった。

よほど外の世界に行きたかったのだろう、両親に怒られても飛び出す始末だから、親は喜びつつも、ほとほと困っているようだった。この事態は僕にとっても一大事だった。


 だってシェリルが隣にいない。


 僕と一緒にいて、これからもずっと一緒にいるはずだった。

そういう未来だったはずなのに。


 ある冬の日だろうか。


 シェリルが家に帰ってきた。

両親がいない隙を狙って、服を取りに来たらしい。

僕は人形作りをしていて、物音に気が付いて彼女と対面した。

シェリルは僕が人形作りをしていたことに気付いていたのだろう。

裁縫道具を持った僕を小さく笑った。


「兄さんまたそういうのやってるの? 昔、私のために作ってたよね」


「ああ、そうだよ。よかった帰ってきてくれて、君のために新作を作っていたんだ」


「やめてよ、私は子供じゃないのよ。そういう子供だましはうんざり……いい加減妹離れしてよ。いつだって私のことを見ている兄さんが、怖くてしょうがない」


 シェリルは気付いていたんだ。

僕が自分の事を本当に愛していて、そしてこっそり視線を送っていることに。

さすがに動揺した。

怖いと言われると思わなかった。

 僕は本当にシェリルが可愛い。

こんなに可愛くて愛おしい存在はないだろう。


 でも目の前のシェリルは、僕の愛した僕のそばにいてくれるシェリルじゃないようだった。


「何を言ってるんだ、兄に向かってそんなことを言わないでくれよ」


「本当に兄さんは私を妹として見ているの」


「 え?」


「外に出て気がついたの。兄さんが私を見る目は、まるで……男が女を見る目だわ」


 とっさに、声が出なかった。

彼女はその態度に何かを確信したように頷いた。

そして侮蔑を浮かべた顔で、嫌悪感に満ちた声で言ったのだ。


「やっぱそうなんだ、気持ち悪い。近寄らないでよ。私に尽くしてくれたのは分かってるけど、そんなに私のこと……」


「違う誤解だ。僕は君の事を家族として愛してる」


「じゃあどうして、私の下着を盗んだの。しかもそれを人形の衣服にしたの」


「え……」


「何も気付いてないと思ったの、変態、最低……もう顔も見せないで」


 僕の部屋には彼女の残したもので作った小さな人形があったんだ。

彼女の髪の毛や下着などの衣類、化粧品も少し借りて。

 彼女のいない寂しさで狂おしい時は、その人形の前で自分を慰めていた。

 小さなシェリル、誰にも知られてはいけない存在。

 だけど本当のシェリルは勘が良くて、気づいてしまったようだった。


 彼女はそれ以上の言葉を告げず、家を出て行こうとする。

待ってと僕は彼女の肩に手をかけた。

彼女は振り払い、どんどんと進んでいく。

 今、この場でくらいつかなければ、永遠に彼女は消えてしまう。

それはとても許せないことだった。


 僕は急ぐ彼女の背中にぶつかり、バランスを崩したシェリルを押し倒した。

これでもね、ひどいことをしているなって分かってはいたんだ。

 でもシェリルが逃げるから、しょうがない。


 愛してるよシェリル。

 愛してる。

もう何もかも分かってしまった君に、僕は何も隠す必要はない。


 僕は君のために生きてきた。今度は君が僕のために生きてくれ。


 僕はシェリルにキスをした。


……シェリルは、ああ、僕の愛を受け止めてくれた。


 それにしても、どうして彼女は裸だったのだろう。

 一瞬瞼の裏に火花が見えて、驚いて目を閉じてゆっくりと僕は瞼をひらいたんだ。

 そうしたらシェリルが裸で横たわっている。

 さっきまで服を着ていたはずなのに。何故か裸で。

 何より首に、手のひらの跡が、刻印のように刻まれていた。


 でも泣いてくれたから、きっとそれくらい嬉しくて喜んでくれただろう。

彼女は無口になってしまって、何も言わなかった。

 まるで人形みたいだ。


 いや、シェリルは人形になったんだ。

人間のままだといずれは歳をとり、様々なことが起きて、また離れてしまうようなことが起きるかもしれない。けれども人形になったのなら、時間は今のままで止まり、なにも憂うことはない。 僕は神様に感謝した。


「ありがとう、こんな奇跡をくれて。シェリル、これからはずっと……一緒だ」


 そう、誓いを立てた。


……ウソだ

……ウソだ

……ウソダウソダウソダウソダ


 私は叫びだしたくて暴れたくてしょうがなかった。

フィリオの言っていることは事実が混じっていても、妄想で彩られている。

 きっとシェリルは、目の前で楽しそうに笑う男に殺されたのだ。

だけどこの男はシェリルの死を認識していない。

都合のよい現実に書き換えてしまったのだ。

 フィリオは私を抱きかかえた。そして手慣れた様子で、可愛らしい洋服に着替えさせた。

彼は満足そうに微笑みながら言った。


「やっぱり人形にしたら、最高の存在になれると確信していたんだ。本当にかわいいよ、シェリルの友人にふさわしい」


「光栄に思ってほしいんだ。僕の審美眼にかなう女性は、そうはいないんだから」


 彼は……私を愛していなかった。

 わかっていた現実、それでも打ちひしがれてしまう自分がいた。

 私はシェリルの友人役の人形として選ばれたのだ。


 永遠に意識だけが生きて、もう何もできないのだろうか。

絶望感が心を締め付け、何も考えたくなかった。

ただぼんやりとしてしまって、私は丁寧に運び出される。


 ここからはもうおまけのような話だ。

呆然とした私は、長く車に乗って、山の上にある小さな家に運び込まれた。

そこには豪勢に飾られた部屋があり、中央にミイラ化した死体があった。

 あれがシェリルなのだろう。彼女の周りにはいくつもの人形がある。

 彼はそのうちの一体を引き倒した。そして引き倒した人形がもとあった場所に

私を置いた。


「シェリル、新しいお友達だよ。仲良くするんだよ」


 フィリオはニコニコと言った。


「ああ、前の子はね。もうダメみたいで、新しい子で遊んでほしい」


 どういうことだ、だめになったとは……。

フィリオは妄想の中で、シェリルとしゃべっているのだろう。

ほとほと困ったように、 口を開けた。


「君のように、神の奇跡が起きなければ……人形といえど材料が人間だから、死ぬんだよ」


 ……彼は新しい人形の肩を叩いた。


「シェリルのために、簡単に死なないでおくれよ? これは、長持ちするといいな」


 彼はそう言って、人形たちを一瞥すると、重い鉄の扉を閉めた。


 嫌なことに、明日からまた仕事だ。

一ヶ月後、もし落ち着いたら、シェリルに会いに行こうと決める。

 ふと、捨てようと引きずってきたきた人形から呻く声が聞こえた。


 醜い人形、たった二週間しか持たなかった。


 彼は山にある谷底から人形を突き落とした。


「ああ、君はもういらないよ」

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愛しき君のために つづり @hujiiroame

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