物語のゴミ箱

オゾン

鈍器のような物 

私は、下町の小さな町工場で生まれた。

トロフィーや置物、社旗や優勝旗、金銀銅メダルなどを作っている。

そこで私はトロフィーとしてこの世に生まれた。

クリスタルの胴体に、青銅の台座がついた私は、自分の将来に期待と不安を抱きながら、その時を待っていた。

そんな時、株式会社関内貿易という会社から、ゴルフコンペの優勝トロフィーが欲しいという依頼があり、私の台座に「(株)関内貿易ゴルフコンペ 優勝」という刻印が打ち込まれた。

私は「優勝トロフィー」として生まれ変わったのだ。

トロフィーに生まれたなら、誰もが目指す夢「優勝トロフィー」

「優勝トロフィー」を目指し、「準優勝」や「3位」などになってしまった同僚を

たくさんみてきた。

「新人賞」「ブービー賞」「話題賞」など「優勝」とは程遠いポストに甘んじてしまう奴らもいる。

それでも、役職が与えられるだけマシかもしれない。

サンプルとしてずっと飾られ、そのままデザインが古くなり廃棄されていく奴らもいる。

そんな中、「優勝トロフィー」になれたのだ。こんな幸福なことはない。

選ばれたトロフィーということなのだ。

そんな幸福感も長くは続かない。

刻印が打たれ、数日後に出荷された私は、伊豆にあるゴルフ場に運ばれた。

開会式が行われ、私が長机に飾られる。

この中に、私を受け取る人がいる。

私のご主人になる人がいる。

私をちゃんと飾ってくれるだろうか?倉庫に埋もれさせたり、引っ越しのゴタゴタで捨ててしまわないだろうか?

私たちは主人を選べない。全てが運任せになってしまう。

オスカー像やW杯の優勝トロフィーならそんな心配などしないだろう。

しかし一般の「優勝トロフィー」などはすぐにお荷物になってしまう。

ズボラな人間に手渡されたら、そこまでである。

祈るしかない。どうかちゃんとした人、欲を言えば、清潔感があって几帳面な人、

思い出を大事にし、たくさん表彰されていて、家にたくさん仲間がいる人に優勝して欲しい。そう願うばかりだ。

その願いは、嘘のように叶ってしまった。

優勝したのは、工藤幹人という会社経営者だった。

望み通り、清潔感があって几帳面、思い出を大事にする人で、たくさん表彰されていて、家にはたくさんのトロフィーや賞状が飾られている。

私を持ち帰ると、そのままリビングの棚に飾ってくれた。

周りにはトロフィーや記念の楯などが並び、「建築優秀デザイン賞」や「レスリング県大会準優勝」などと書かれている。

どうやら、ご主人は建築関係の仕事をしていて、息子さんがレスリングをやっているそんな感じらしい。

そこからの日々は、素晴らしい日々だった。

掃除も行き届き、私の台座に埃が被る事もない。

このまま「優勝トロフィー」として、ご主人が亡くなっても、ご主人の思い出として、息子さんたちが受け継いで行ってくれる。

幸福な日々が続いていくものだと確信をしていた。

そんな日々が数年間続いた・・・ある日。

それは突然起こってしまった。

ご主人と奥さんの喧嘩が始まった。

口喧嘩くらいは日常茶飯事だったが、この日は少し違った・・・

最初は、落ち着いていたご主人だったが、奥さんの一言をきっかけに豹変し、

喧嘩が激しくなる。

突き飛ばされた奥さんが、私の飾られている棚にぶつかった。

危うく倒れそうになった。衝撃で息子のレスリング県大会準優勝のトロフィーは倒れてしまっている。それほど激しくぶつかった。

奥さんが起き上がった時、私の体が宙に浮いた。

私は何が起こったのかわからない。倒れずに踏ん張ったはずなのだが・・・

私は高く振り上げられれ、急激に振り下ろされた。  

目の前の景色が激しく揺れる。まるで絶叫マシーンにでも乗っているようだ。

もちろん乗ったことはないが・・・

振り下ろされた私は、そのままご主人の後頭部にぶつけられた。

奥さんが私でご主人を殴ったのだ・・・

私をここに連れてきてくれたご主人を・・・

優勝トロフィーとして幸せな生活を送らせてくれたご主人を・・・私で殴った・・・

そのまま私は気を失った。

くすぐったくて目が覚めた。

誰かが私を白いわたのようなもので、くすぐっている。

後で知ったが、指紋を採取していたらしい。

気を失ってどれくらい経ったのかわからない。

奥さんもご主人も姿が見えない。

見慣れたリビングには、鑑識と呼ばれる人たちが集まり、色々と調べ回っている。

指紋を採取していた人が「凶器の指紋採取終わりました。」と叫ぶと、

私をどこかに運んでいく。

「優勝トロフィー」だった私は、今「凶器」と呼ばれている。

運ばれた先で、私は身体中を調べられた。

部屋のテレビに奥さんが映っている。警察官に従って車の後部座席に座り、下を向いている姿が何でも映っている。

アナウンサー曰く、ご主人は“鈍器のような物”で殴られ死亡したそうだ・・・

「優勝トロフィー」だった私は、「凶器」となり、最後は「鈍器のような物」となった。

下町の工場で生まれた時、このような結末は想像もしていなかった。

「優勝トロフィー」になる夢をかなえ、順風満帆なはずだった・・・

「鈍器のような物」・・・のような物ということは鈍器でも無いのか・・・・

こんなことなら、柔らかいものに生まれてくればよかった。

柔らかければ、鈍器のような物などと言われることもない・・・・

何よりご主人を殺さずに済んだ。

誰からも愛される柔らかい物・・・

次生まれ変わるなら「おっぱい」になりたい。









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