第36話 殺したいほど愛している

「スカーレット」


断り切れずに騎士団の馬車で邸に送ってもらうことになった。


正門の前になぜか義兄二人と公爵夫妻、リーズナまでいる。騎士団から話はいっているからだろうけど。理由が分からない。私が死んでも問題ないはず。寧ろ「死ねば良かったのに」と言ってくる方が自然だ。まぁ、リーズナはパフォーマンスだろう。


夫人は公爵が出ているからだとして、問題は義兄と公爵だ。


まさか私の身を案じているわけでもないだろう。


「スカーレット、大丈夫なのか?」


最初に声をかけてきたのは公爵。次に「お義姉様」とリーズナが駆け寄って来る。


「心配したんですよ、お義姉様」


私の前に立ち止まってそう言うけど彼女の目には明らかな怒りがある。私が死ねば良かったのにと彼女の目が語っている。


くすりと笑って「嘘つき」と耳元で囁いた。


リーズナは家族の前だから何もできなかった。ただ、唇を噛み締めて私を睨みつける。


「ただいま戻りました。みなさん、総勢お迎えなんて珍しいですね。どうかなさいましたか?」


「どうかって、お前」


私の言葉にエヴァンは呆れたようにため息を着く。


「騎士団からあなたが事件に巻き込まれ、殺されかけたと連絡があった。見たところ怪我はないようだけど」


確認するようにノルウェンは簡単に私を上から下まで見る。


「私はオルガの心臓を持っているので」


ぎりっと奥歯を噛み締める音が聞こえ、視線を向けた先には夫人がいた。私を仇とばかりに睨みつけている。まぁ、妾腹がオルガの心臓を持っているのが気に入らないのは正妻として当然よね。


「っ。なぁ、やっぱり護衛はつけたほうが良いんじゃないか」


エヴァンは一瞬、悲しそうな顔をした。


後継者ではなく私がオルガの心臓を持っていることを悲しんでいるのかな。


やっぱり後継者としてはオルガの心臓を持って生まれたかったのだろう。


「確かに、その方がいいな」


エヴァンの提案にノルウェンがすぐに肯定する。


今回の件で私が死ななかったから、確実に殺す為に自分たちの手の者をつけさせるきね。冗談じゃない。


「その話は四年前に終わったはずです。現に私は無事でした」


「護衛がいればそもそも誘拐されることも巻き込まれることもなかった」


違うでしょう。護衛がいなかったから私は死ななかったんだ。


「二人とも止せ。信用できない護衛をつけたところでかえって危険なだけだ」


「しかし、父上」


公爵が私の味方をしてくれるとは思わなかったわね。


公爵の立場としては私を簡単には殺せないのかな。オルガの心臓を持って者が死ねば王族だって黙っていないでしょうし。捜査が入った時に身内が犯人だと立場的にまずいものね。


可哀そう。


自業自得とは言え、殺した奴を満足に殺せないどころか身内の手によって殺されないように手を回さないといけないなんて。


「それでは私は部屋で休ませていただきますね」


「お前は、俺たちのことを恨んでいるのか」


エヴァンの問いに私は繰り返し前の人生を思い出す。


今世では今までのように関りはないけど、それでも私の心の中にははっきりと残っている。彼らの手によって貶められ、死んでいった人生が。壊されていく心の叫びが耳に残って離れない。


人生が巻き戻ったせいで彼らには残っていないけど。


「お互い様でしょう。オルガの心臓を持っている私のことがあなた達だって気に入らないでしょう。殺したいほどに」


「今はちげぇよ」


彼が最後に何を言ったのか声が小さすぎて分からなかった。


でも聞いたところで何の意味もないと思い私は聞き返すことはせずに自分の部屋に戻った。


疲れているはずなのにベッドの上に横になっても全く寝付けない。


ゴロゴロとしているうちに窓の外は真っ暗になった。


目を閉じれば眠れるかなと思い目を閉じてみた。


「スカーレット」


「‥…?」


「ねぇ、スカーレット。寝たの?」


「!?」


頬に触れる優しい温かな手と甘く呼びかける声。目を開けるとそこにはなぜかノエルがいた。寂しそうな目で彼が私を見ろしている。


「っ。な、何で」


叫びそうになったけどこんなところを見られては大変だと思い、出そうになった悲鳴は何とか飲み込んだ。


「スカーレット、誰か好きな人がいるの?だから俺を避けるの?」


ノエルは必死に私に縋るように言葉を続ける。


「誰?エヴァン?ノルウェン?シャノワール?ユージーン?エドウィン?ファーガスト?誰が好き?教えて。俺がそいつを殺してきてあげる」


「何を、言っているの?」


別に誰のことも好きじゃないけど。そもそも今あげた人たちって私の繰り返しの人生で一度は婚約者になった人だよね。そして、私の死に直結している。


「みんな君に相応しくない。許さないよ、スカーレット。俺以外を選ぶなんて。スカーレット、君を愛せるのは俺だけだよ。誰にも君を渡さない。絶対に」


ノエルの冷たい唇が私の唇に重なった。


「愛しているよ、スカーレット。誰よりも。殺したいほどに、愛しているよ。君だけなんだ。君だけを愛している」

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