あんた、アホー?


「あ? ─── メンドクセー」


あと三時間近くで国境に到着するという街道の脇に、壊れた馬車と十五人近くの老若男女が座りこんでいた。

身なりから高貴な出だとわかるが、誰もが薄汚れて疲れた表情をしていた。

この場合、親切にしてはいけない。

野盗の可能性があるからだ。

身なりなどは、お金があれば買い揃えられる。

─── 野盗なら、お金はあるだろう。

通りかかった馬車を襲って身包み剥いで奪った可能性もあるし、元貴族が落ちぶれた場合もある。

見かけだけで信用してはいけないのだ。

それに馬車を直すとか、なぜか無事で興奮もせずのんびりと草をんでいる馬に乗って救援を求めるとか。

ここから一番近い国境にある町まで馬車で三時間弱、単騎なら一時間もかからない。

助けを乞う方法はいくらでもあるのだ。



「すみません……助けて……」


そんな弱々しい女性の声が届いたが、もちろん私は馬車を止めない。

すると、男たちが馬車の前に飛び出してきた。

結界の範囲には馬も含まれているため、馬が連中を踏み潰すことも荷台が連中を轢くこともなかった。


「助けてくれ!」

「魔物に襲われて……」

「治療魔法は使えないか?」

「ケガ人がいるんだ。回復薬があるならわけてほしい」

「食事をわけてくれないか? ずっと飲まず食わずだったんだ」


口々に自分たちの要望を訴える。

御者台から動く気がない私の様子に、自分たちの要望が叶えられないと気付くと、男たちは次々に抜刀した。


「今要求したものをすべて寄越せ!」

「待ちなさい!」


壊れた馬車の陰から、軽く足を引き摺る立派な身なりの若い男が出てきた。

すると真っ先に抜刀した騎士風の衣装を身につけた男以外が鞘に剣を納めて頭を下げる。


あれ? これって演技じゃないの?

なんか、予定より早く出てきたんじゃない?

頭を下げた人たち、困惑したように顔を見合わせていたし。


「私の部下たちが失礼な態度をとりました。申し訳ありません。私はご覧のとおり高貴な身分なのですが、このとおり大変困っています。こちらの要望をすべてお聞き願えれば、彼らも大人しく引き下がります。どうです? 悪い取り引きではないでしょう?」


正直、迷惑でしかない。

というのも、この青年は『自分の位の高さ』を道具のように使ってきているのだ。

そしてくせに1ミリも頭を下げていない。

さらに要望のすべてをこたえろ、そうしたら無傷で解放してやる、と脅迫もしているのだから。


「あんた、アホー?」


私の言葉に驚いた表情の青年とふたたび腰の剣に手をかけて無言の圧力を不躾に向けてくる男たちだったが、私がアゴを彼が謝罪するハメになった騎士モドキに向けると全員がそちらに目を向けた。

騎士の右手には、抜刀された剣が握られたままだ。

それに気付いた男たちが自身の身体で隠そうと考えたのか、騎士の前に出てきた。

─── 意味ないって。


「他人に謝罪させているのに、自身は反省もできないんだねー」


青年は恥ずかしさからか、耳まで真っ赤になっている。

あ、怒っているから真っ赤なのか。

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