第2章第7節「未だ来らず明日を希う」
『君にも家族がいるだろう。本当に大切に思うなら、今寄り添うべきは町ではなく家族の方だ』
ジルには家族がいた。だが今の彼に帰るべき家と呼べるものはない。
いや、正確に言えばその場所を意図的に避けていた。
彼がいるのは、車道に乗り捨てられた状態の車の中だった。運転席の座椅子に横たわり、短い間に疲労した体を休めようと目を瞑る。それでも、彼が眠りに落ちることはない。
万華鏡を通して、彼は過去のあり得たかもしれない可能性を見た。そこで突きつけられたのは、転生するという出鱈目な答えだった。
彼がアンソニーのいるパン屋からパンをもらってから、信じられないものを数多く目にしてきた。超能力者であるセツナ、錬金術師の隠れ家に住むマリー。町で見てきた如何なる超常現象の中でも驚くべき二人が提示したのは、町から出られるかもしれない方法。パラダイムシフトによって町に閉じ込められて以来、町の外に出ることは何度も夢見てきた。が、それが不可能であることを知り、黒い太陽を始め町の置かれている状況に慣れて静かに暮らしていた。
そんな中で、セツナとマリーはジルが見失っていた希望の光を再び見せてくれたのだ。少なくとも、常識外れな特徴を持つ二人ならば、常識外れなこともできるのではないかと思った。もしかしたら、町から出られるのではないか、と。
「…………くそ」
自嘲気味に悪態をつく。
勝手に期待した自分が悪いと言えばその通り。
何も、転生なんていう馬鹿げた手段でなくてもよかったはずだ。死とは即ち、生きることを諦めることに他ならないのだから。
悪夢が早く覚めますように。
何度そう願ったことだろうか。
アトランティスでは、夜明けが来ない。というよりも、夜が来ないのだから永遠にこの悪夢は続く。明日は、いつまでも明日のまま。
「……ん?」
その時、ジルはフロントガラス越しに外を見た。そこを歩いていたのはジルよりも若い男で、足取りはフラついているように見える。もちろん知り合いではないが、ジルはなんとなく彼の行方を目で追う。
すると、黒い太陽の輝く空から白黒の光の蔦が伸びてくる。見方によっては天からの迎えにも見えただろう。が、白黒の光の蔦は生き物のように動き若い男に絡みつくと、その肉体を溶かし始めた。
「……まさか」
突然のことに上体を起こし、車から降りたジル。
彼が降りる頃には、男は光の蔦から肉体を溶かされ、露出した白い骸骨さえも光の粒子に変えてしまった。最後には頭部が残り、皮膚、肉体、そして骸骨の順に剥がしていく。
どこからともなく伸びる光の蔦は、まるで養分に吸収するようにして一つの命を奪い去った。
「…………」
そう。
ジルがその現象を見るのは初めてではない。
これが、アトランティスにおける失踪事件の真実。跡形もなく忽然と姿を消す理由。
そして、この町の誰しもに訪れる絶望。
彼は胸の内に再び呼び起こされた黒い感情に、奥歯を噛み締めた。
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