「悪役」令嬢の矜持

あるかん

プロローグ

「君のような卑怯で傲慢な魂を持つ人間とは結婚できない……僕はこの人と結婚する。 行こう、エリス」


 煌びやかに飾られたホールの中心でアルフレッドは冷たい声を響かせると、エリスと呼ばれた女性の手を取りその指に婚約指輪をはめた。 それから2人はしっかりと手を握り合い会場の出口に向かって颯爽と歩き出した。 ざわざわとした人混みも、アルフレッドが歩き出した途端パッと割れて出口までの道を作った。


 「ま、待って!」


 人混みの中心に1人取り残された公爵令嬢リラ・セーリングの悲痛な声が響く。 しかし、アルフレッドは振り返ることもせず足早に会場を去って行った。 リラは呆然と立ち尽くしたままアルフレッドの残像に震える手を伸ばし空を掴んでいたが、やがてその場に崩れ落ちた。 豪華に着飾られたドレスの胸元から、紫色の花飾りが外れて床に転がった。

 予想だにしないセンセーショナルな事件を眼前にして、会場に集まっていた貴族や資産家はしばらく圧倒されていたが、次第に興奮のささやきが会場のあちこちから湧き上がり始めた。


 「これは大事件だぞ……」

 「ギルバート家は『型破りな一族』だとは聞いてはいたが、これほどとは……」

 「これは夢? まるで芝居を観ているみたいだわ……」

 「それにしても……見たか? セーリング家のお嬢さん」

 「気の毒にな……でも、アルフレッド様が言っていたことが本当なら、自業自得じゃないか?」

 「ああ、大分調子に乗っていたみたいだし、いい気味だ」

 「しかし式の途中で悪事がバレて婚約相手に逃げられるとは……まるで物語の『悪役令嬢』だな」

 「ちょっと! そんなこと言って、もしお嬢様の耳に入ったら……!」

 「しかし、自分が散々いじめていた相手に婚約相手を取られるなんて、まさしく悪役令嬢の末路じゃないか?」

 「ハハハハハハ……」


 興奮に満ちた会場の人々のざわめきの中から、リラに対する嘲りの声があがり始めた。

 中にはそれを嗜めようとする者もいたが、ポツポツと生まれ始めた嘲笑の声は、水面に描かれる波紋のように広がっていく。 

 リラは両手を床についたまま微かに肩を震わせていたが、自身に向けられた嘲笑を耳にすると、真っ赤に染まった瞳をカッと見開いた。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る