第30話 ライドオン! 中編
「グギュァァァァァ!」
感じたことのない感情に戸惑う混沌の竜は、攻撃が当たらないのならと、全身のウロコを赤く発光させる。
点ではなく面の攻撃……再び大爆発による全方位攻撃を行おうとしていた。
大技のため、攻撃のチャージに300秒もの時間が掛かる。
しかし自分を攻撃できる者が皆無の今の状況なら、問題などなかった。
さきほどはあの犬とクマを警戒し、復活しても動かず、死んだ振りをしながら攻撃をチャージしていた。
あの二匹のうち一匹は死に、もう一匹も瀕死の今なら、チャージで無防備な姿を晒しても問題はない。
あの二匹ですら瀕死の状態にしたこの攻撃なら、目の前にいる者が何であろうと
こいつは動けない者を放ったまま、ひとりで逃げることはない。絶対に
「ギャッ♪」
カオスドラゴンは勝利を確信し、ヤラシイ笑みを浮かべる。しかしそれを見たリンは……。
「させないよ!」
ヘッピリ腰で構えた短剣を振りかぶり、距離を取ったカオスドラゴンに向かって走り出す。
それは普段のリンからは想像もつかないスピードだった。
あまりの速度にカオスドラゴンは少女を見失い、気付いた時には、目と鼻の先で短剣を振りかぶるリンの姿があった。
「『グサッ!』」
LUK極振りによる必殺のクリティカルヒット! だが……その攻撃は
「なんで、当たらないの⁈」
空を切る攻撃……リンはバランスを崩し、カオスドラゴンの前で転倒してしまう。すぐさま立ち上がろうと体に力を入れるのだが、思うように動かず立ち上がれない。
「お願い、わたしの思うように動いて!」
リンはそう願いながら立とうとするが、ますます体はいうことを聞かず、膝を突き、立ち上がることすらできなくなってしまった。
「ダメ、リン! 早くその状態を解いて、元に戻れなくなる!」
「どうして、なんで……こんな時まで、わたし鈍臭いの。悔しい……悔しいよ。みんなと一緒に楽しく遊びたいだけなのに……なんで!」
ハルカの言葉はリンに届かなかった。リンもまた、ハルカと似て異なる意識状態……ゾーンへ至っていた。
「まずい。脳から出る電気信号が渋滞を起こして、リンの体がまともに動かなくなっている。このままじゃ取り返しのつかないことに……」
ハルカは思い出す。
異常にまで発達したリンの運動神経は、ゾーンに至ることで凄まじい運動能力を発揮すると……。
そしてその代償として、脳が発する電気信号の速度に体がついてこれず、まともに体が動かせなくなってしまうことを……。
ハルカはリンを止めようと体に力を入れるが、立ち上がることはおろか指一本動かせなかった。
「リン、お願い、ゾーンを解いて! だれかリンを助けて!」
「く、ま〜」
ハルカの悲痛の願いに……体をボロボロにしたクマ吉が、弱々しい声で答える。体を引きずるように
「クマ吉……」
「くま〜」
カオスドラゴンの爆発からご主人様を守るため、瀕死の体でリンに覆いかぶさった。
残りHP1のクマ吉……攻撃を受ければ間違いなく死に、そのデータは消去されてしまう。
「だめ、クマ吉! もうHPがないんだよ? 逃げて!」
「く、くまくま〜」
逃げてと願うリンの言葉に、クマ吉は『だ、大丈夫、大丈夫』と弱々しく震えた声で答える。
それは作られたゲーム内のキャラのはずなのに、まるで本当に生きているかのような声だった。
「お願い、動いて! いま動かなきゃクマ吉が……コタロウの仇が……動いて!」
だが、リンの願いも虚しく体はいうことを効かない。それでも必死に動こうと体に力を入れるが、脳から発っせられた電気信号は、運動神経内で渋滞を起こす。
その結果……遅れて到着した電気信号を受け止めた体は、リンの意思に反してメチャクチャに動いてしまう。
「グッギャッ♪ ギャッ♪ ギャッ♪」
クマ吉の下で、イモムシのようにジタバタとうごめくリンを見て、カオスドラゴンは勝利を確信し、邪悪な笑みを漏らしていた。
「なんで動いてくれないの……どうして……くやしいよ。私にもコタロウやクマ吉みたいに自由に動く強い体があったら……」
脳が発する電気信号に運動神経伝達はパンクする。ついにうごめくことすらできなくなり、仰向けに寝転ぶリンの虹色の瞳に涙が溜まる。
「くやしいよ……」
そしてリンの瞳から虹色の涙が流れ落ち、地面を濡らしたとき――
(『ワオーン!』コタロウ⁈)
――リンの心の中で愛犬コタロウの声が、ハッキリと聞こえた。
虹色の涙が地面に染み込んでいく。するとそこを中心に、巨大な虹色の魔方陣が浮かび上がってくる。
「これって……召喚の魔方陣?」
直径十メートルを越える魔方陣が、リンとハルカの足元に現れた。
「なに、これ……リン……てっ! 体が動く⁈ なんで?」
先ほどまで指一本動かせなかったハルカは、魔方陣の光を浴びた途端、今までの状態が嘘だったかのように体の動きを取り戻していた。
「この光、回復してる? じゃあ、リンも⁈」
立ち上がり倒れたリンを探すハルカ……するとのそりと巨大な赤い物体が立ち上がる。
「クマ吉!」
ハルカは立ち上がるクマ吉の頭上に表示されたHPバーが急速に回復していく様を見る。
「やっぱりこの光が回復してくれている。だとすれば!」
ハルカが遠目でクマ吉の近くにいる人物を探す。するとクマ吉に続き人影が立ち上がった。
「か、体が動く? これって?」
リンは魔方陣の放つ温かな光を浴び、体に起こった変化に気がつく。さっきまでまともに動かなかった体が動くことに。
「クマー!」
復活したクマ吉はリンに『来るよ!』と警告の声を上げ、再び壁となって立ちふがると――
「グォォォォォォッ」
異常を察知したカオスドラゴンが、チャージが終わるや否や咆哮を上げ、大爆発を行おうと立ち上がった。
その時……リンの視界に虹色に輝く、『神獣召喚』の文字が浮かび上がる。
「……⁈」
その文字を見たリンは確信する。
この神獣が誰なのかを……。
いったいなにが召喚されるのかを……。
それは少女が困ったとき、必ず助けてくれる存在……。
「コタロウ〜!」
リンは迷わず愛犬の名を叫び、ボタンを押した。
「ワオォォン!」
「グギャー!」
狂える竜の咆哮が広間に響き渡り、身体中の
広間の中を爆炎とウロコがズタズタに引き裂くなか、魔方陣から現れた巨大で硬質なそれは、ご主人様を破壊の奔流から守るように立ち塞がる。
次々とボディーにぶつかる爆炎とウロコ……だが鈍い銀色めいたメタルボディーは攻撃をものともしない。
爆発の衝撃と爆風に晒されても、その圧倒的質量で微動だにせず、分厚い装甲にウロコや爆炎が当たっても傷すらつかない。
すべての攻撃を、ガッチガチなボディーが弾き返してしまう。
洞窟内を破壊していく中、リン達が立つ一角だけは無傷だった。
やがて破壊の奔流が
そこには……。
鋼鉄の硬さだった肉球をガッチガチに!
鋼鉄のようにたくましかった足もガッチガチ!
鋼鉄の鋭さをもった牙までガッチガチ!
鋼鉄みたいに頑強だったメタリックボディーも、やっぱりガッチガチ!
赤柴犬独特の明るい茶色と白のツートンカラーはそのままに、背中にバイクに似たハンドルバーとシートを備えたガッチガチの巨大な犬がお座りしていた。
「コ、コタロウ⁈」
「ワン♪」
鋼鉄を超えたガッチガチ……神獣コタロウが召喚された!
……To be continued『ライドオン! 後編』
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